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Why思考でいることの難しさ

新たにインターンを探し中の小松です。
転職活動をしていて、最近ふとした時に「あれ、全然世界のこと考えて無くない?」とよく感じます。「人生100年かけて世界をよくするのが夢なんです!!」といろんな面談で言いまくり、なんだか言葉に軽さが生れてしまっているのかな、と。今回はそんな頭の中をアウトプットしてみます。

ベクトルの話

ある方とベクトルの話をしました。
かなり簡潔に言うとベクトルが外(=世界)に向いているのが善だよねといった話。どんなときも世界に何か良い影響を出そうとすることがあるべき姿だよね、と。その時は「共感しますー」なんて言っちゃいましたが、内心おろおろ汗。ベクトルでいうと最近の私は中にしか向いてないんじゃないか!?そんな焦りが生れました。
最近の私の頭の中は「自分にとっていいインターン先を見つけたい」「リラックスする時間が欲しい」「ビジネスパーソンとしてあと2年で周りと差をつけたい」などなど。自分のことばかりなのです。

自分のことばかり考えて、世界の情勢に最近は疎いし、スタバでは普通にプラスチック製品を使っちゃう。面接帰りの電車でポーっとしているときも、紛争地の子供のことなんか頭になくて。そしてそんな自分でいると、なんだか惰性で生きている気がして、自信が無くなります。普段は自信満々でいるのに。
あれ、大丈夫か、私!!

Why思考でいること

私は常にWhy思考でいることがどんな場面でも必要だと感じています。何をやるか、以前に、なぜそれをやるのか。何が起きた、の前に、なぜ起きたのか、に焦点を当てる。自分自身、この考え方で生きているし、Why思考でいることが自分の人生の意味をクリアにしてくれていると信じています。

しかし。毎日カジュアル面談やら面接をこなし、家事もしないといけないし、ていうか早くインターン先決めないと金銭的にも危機。たまには今の時間意味あったか?という面談もあってストレスだし、都内に行くのも正直大変。そこにランニングの時間もねじ込みたいし、犬の散歩にも行く必要がある。おまけに低気圧で頭は重い。久しぶりに負荷のかかる生活をするなかで、だんだんと焦点がWhyに行かなくなっていました。

そこでさっきの頭の中のWhatをWhyに戻してみると
「自分にとっていいインターン先を見つけたい」→優秀なビジネスパーソンになって世界に貢献したい
「リラックスする時間が欲しい」→夢の実現に向けて自分が持続的に100の力を出せるように今は身体を大切にしたい
「ビジネスパーソンとしてあと2年で周りと差をつけたい」→大学行かないなら自分で価値ある4年間を作りたい、という自己目標→早く行動を起こして世界に価値を還元したかった
⇒「人生100年かけて世界をよくしたい」という夢
といったようにBigWhyとしてはベクトルは完全に外に向いているのです。

Why思考でいることの難しさ

いろんな本にも書いてあることですが、常にWhy思考でいることはとても難しいことです。働く人でも学生でも、毎日取り組んでいるのはWhat。Whyはその裏に隠れてしまって、意識しないと見えてこない。忙しいとそこに意識を向けるのを忘れてしまう。何かする度にWhat-How-Why-BigWhyなんて紙に書きだしたりする時間はありません。

だけど、たまには頭の中をWhat-How-Why-BigWhyで整理してみることって視界をクリアにするのにとても役立ちます。今回noteを書いて、整理してみて、また自分の人生の方向性がクリアになり、また頑張ろうと力をもらえました。これがWhy思考のパワーです。

まとめ

ミクロ視点で見るとベクトルが中に向いている。
でも、マクロ視点で見るとベクトルは外。

Why思考でこれに気づかせてもらい、また改めて、夢に向かって頑張ろうと思いました。
Whyに重点を置くってとても大切!


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