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魔女子との出会い

30歳の時、まだ独身で管理職になり施設を立ち上げていた

この仕事が自分のなかでの黒歴史、思い出したくない

いつか書くかもしれないが、寝ずに休まず働いていた

大会社の幹部にプレゼンしたり、論破したり、看護の幹部に半沢直樹並みに直訴したり、上司をリストラしたり・・・

多分、周囲に何だ!あいつ!?と噂されていたと思う

私も、もちろんしたくはなかったが、やれる人がいなくて仕方なくやるしかなかった

前の職場の上司が、私の経歴に傷がつくと職場を離れて異動してきてくれた。前の職場のスタッフも大変な中、私を助けるために上司を送り出してくれた。

その人は、とても優秀な人で尊敬していた。ターミナルの人に寄り添いたいという夢も知っていたが、それを捨て助けにきてくれた。

頭があがらない。

仕事の話はいいとして、ま、何とか形に出来て軌道に乗せることができたのですが。とどのつまりは気づけば、心身共にボロボロになっていた。

家の状況も改善していなかった。看護の仕事以外にらバイトしてなるべく沢山仕送りしていた。

本当に疲れているとき、疲れている自覚がない。

目の前に起きてきた問題にただひたすら取り組んでいた

どうやって、この状況を打破していいか見つからないでいた。

友達から7年ぶりに突然電話があった

数日前に、私が面接して落とした人が、私の友達と学生時代の同級生で、面接で友達の話になった

その落とした相手が友達に連絡したようで、友達が久々に電話をくれたのだ

落としたのは悪いとは思ったが、友達に正解だったねと言われた

その人は友達と私を引き合わせる役だったのかありがとう感謝

久々に会ったのに、私は友達に引き抜きの話ばかりしていた

友達が引越しをするからと、私は友達の家の床と壁を直しに駆り出された

吉祥寺ですぐ近くに住んでいたにも関わらず、一度も会わなかった

そして、再会してすぐに友達は引越しをする

その時、魔女子の話を初めてされたのだ

西荻の有名なのらぼう(のちによく通う店に)という店に行く途中に亜細庵と言う怪しいお店があった

友達はそこによく通っていた

魔女子はその店の隅にいつも座っていた

友達がいつものように楽しく飲んでいると、その魔女子が動き出し、「ごめんね~、あなたのお腹全然動いてないからちょっと見てもいい?」と言い、
腰の周囲に手をかざすと,キュ~ルルルルル~と突然激しくお腹が動き出し、3日間下痢だったと。

友達は超代謝が悪く、1週間便がでないのは普通で、尿の回数もものすごく少ないのだ。それは昔からで。今、魔女子の所に通っていると話した
魔女子はいつも、その店に来た人だけ、部屋の隅に座り望診して、必要な人を治していた

私はすぐに「教えて、すぐ行く」と言った

西荻のマンションの一室で施術していた

部屋に入ると、何だ、この空気と思った

初めての場所は苦手だったがそこはリラックスできた

その人の本職はジュエリーデザイナー。自身が目のガンで自分で氣でガンを治したそう。

守護霊や前世をみたり,除霊などもしていた

迎え合わせで座り,氣で見ながら私の悪いとこを言われた

ただ、はーと言うだけでそれがそうなのかは私には分からなかった

別室に移り、うつぶせに寝て施術が始まった

「じゃ、始めるねー、宜しくお願いします」と背中のマッサージが始まった途端、気持ちよすぎて、眠くなった

タダのマッサージでなく、氣を入れながらのマッサージだった

その一発目で、元気になれるな、そう思えた

最後に沈静。遠くから遠隔で大量に氣を送ってもらう。

みんな寝るらしいけど、私は寝なかった

その晩は久々に爆睡した、というより家に着いた途端、バタンキューで朝までそのまま寝ていた

週に一回通うようになった

初めの2~3か月は好転反応で、喘息が酷かった。体の中に溜まっていた毒素が出始めた。

1年後、急に顔中に酷い真っ赤な湿疹が大量に出て、ジュクジュクして黄色い浸出液が出て、ものすごく痒かった

職場で「どうしたの?何かにかぶれた?」と険しい顔をされた

私はこれまでに顔が荒れたことはなかったし、
ニキビもできたことがなかった

にもかかわらず、初めてケロイドのようになった

とにかく痒くて何もできない、と魔女子に言うと

「うーん、1か月くらいすれば消えるから、めぐちゃんがーんば」

と言われた

えー、血まみれになるくらいかきむしりたいのに・・1カ月も耐えられない

電車や外を歩くとみんなが見ていた

とにかく痒くて、痒くて何もできなかった

1カ月経つと、湿疹が徐々に徐々に消え、本当に跡形もなく消えた

どんだけ、毒素ためてたの?私・・

排毒はまず、上部から。それが出たら段々下の層に行き、

最後、奥深くにあった強烈な毒素が出る

毒出しは強烈だった。もう溜めたくない、強く思った

ただ、魔女子は塩と水の大切さは語ったが特に食事については特に何もなかった

真弓先生やのんちゃんの考えに出会うまでにその後、10年以上の歳月を要した

でも、排毒の必要性と実体験は強烈に自分に残っている

それから、自己管理法を追求する旅が始まった

この頃は、体調が悪くなると魔女子のところに行っていたが、

私は、自分で治す方法、管理できる方法がきっとあるはず、それが知りたいと思っていた

それが食事なんじゃないか、とも考えていた

真弓先生やのんちゃんに会うまでは、色々な食事を試した

でも、今一つ力のある効果はみられなかった

それから、私はすっかり元気になり、人に食べることで元気にしたいと思うようになった

昼間看護師として働きながら、調理師学校の夜学に通うようになった

それから仕事を辞め、2年間程、料理の仕事をした

調理師学校に行き始めたころ、久々に魔女子のところに行った

沢山のパワーストーンが飾られ、雰囲気が変わっていた

私は以前と同じ値段だったが、施術料金が上がっていた

魔女子はひたすら一方的に自分の話をし、施術が20分程と短縮された

周囲に神格化され始めていた

何か宗教っぽくなっちゃったな。ここも、もう卒業だな、と思った

魔女子にらめぐちゃんのことはソウルメイトだと思ってると言われた

違うと思うよ、前の感じがよかったのに・・私は心の中で言った

それ以来、魔女子とは会っていないけど、排毒の感じと氣が入る感じ、癒される感覚はしっかり残っていて、その後の判断基準に繋がってると思っている

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