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二人だけの秘密

「おかあちゃん」

物心ついたときには母のことをそう呼んでいた。
5つ年上の姉も同じように、
母のことを「おかあちゃん」
父のことを「おとうちゃん」
と、呼んでいた

幼い頃はそれが当たり前だったけれど
小学校にあがり、
だんだん学年があがってくると
同級生たちが「おとうさん」「おかあさん」と呼んでいたことで、
それが一般的な呼び方なのだと知った

「おかあちゃん」 
母のことを人の前でこう呼ぶのが
非常に恥ずかしくなっていた
なんだかとても幼稚で変わった感じに思えて
仕方なかった

だけど他の子たちのように
「おかあさん」と急に呼びかけることは
もっと勇気のいることで
どうしてもできなかった

なので他の人がいる前では
親に声をかけるときは
「あのさ」と呼びかけたりするようになった

「おかあちゃん、おとうちゃん」
家族の前だけではそれまでどおり呼びかけた

そのことについて姉と話をしたことはないが
同じ思いだったようで
気恥ずかしさを感じていたようだった

なんでもっと普通に
「おとうさん、おかあさん」
と呼ばせるようにしてくれなかったのだろう
その思いは長年心の中でくすぶり続けていた

大人になったある時
姉が結婚することになった

それまで気恥ずかしさを感じながらも
姉は母のことを
「おかあちゃん」と呼んでいたのに
結婚が決まった頃から急に家庭内でも
母のことを「おかあさん」
そして父のことを「おとうさん」
と呼ぶようになった

わたしは姉の急な態度の変化に驚いたが
両親も驚いたようで
なんだかバツの悪そうな表情で
呼びかけにこたえていた

姉が「おとうさん、おかあさん」
と呼ぶたびによそよそしさが漂った

その嘘っぽいよそよそしさを感じてでも
姉はこれから始まる新しいステージのために
自分と自分の生まれ育ったイメージをよりよく整えるのに必死だったのだろう

今は父も母も他界して
声に出して呼びかけることはなくなった

父と母への呼び方を無邪気に口に出すことができなかった、
それは私たち姉妹がともに感じてきた
複雑で酸っぱい思い出である


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