『映画監督 神代辰巳』刊行縁起

遅ればせながら小社もnoteを始めることになりました。新刊・近刊・過去刊を問わず国書刊行会の本について編集・営業担当者が綴ります。どうぞよろしくお願いいたします。    

 まずは新刊ではないですが、今回キネマ旬報〈映画本大賞2019〉の第1位に選ばれた『映画監督 神代辰巳』(2019年10月刊行/リンク先には目次も掲載)を取り上げます。B5判・704頁・1.6キロの大著で、編集側としては語りたいことが厖大にあります(それがnoteを始めたキッカケでもあります)。評判良いらしいが、めちゃ高いし、どういう内容かわからないとなあ……と迷っている読者の方に読んでいただきたいと思います。
                  文=樽本周馬(編集部)

神代本カバー画像

0.神代辰巳プロフィール

 まずは神代監督のプロフィールを簡単に記します。
 神代辰巳は1927年佐賀県生まれ。53年に松竹京都撮影所に入社(同期に蔵原惟繕、松尾昭典がいる)、55年に日活へ移る。同年、大スター島崎雪子と結婚。助監督として主に斎藤武市監督の”渡り鳥”シリーズのチーフをつとめたあと、68年『かぶりつき人生』で監督デビュー。しかし、未曾有の不入りで低迷、71年に日活がロマンポルノを開始してから72年の『濡れた唇』で復活、その後日活ロマンポルノを代表する人気監督となる。代表作に『一条さゆり 濡れた欲情』(72年)、『四畳半襖の裏張り』(73年)、『悶絶!! どんでん返し』(77年)、『赫い髪の女』(79年)など。74年には東宝の一般映画で萩原健一主演作『青春の蹉跌』をつくり70年代を代表する映画作家としても後年知られるようになる(その後ショーケンとのコンビでは『アフリカの光』[75年]、『もどり川』[83年]、『恋文』[85年]、『離婚しない女』[86年]を発表)。80年代後半より入退院を繰り返しつつ、94年『棒の悲しみ』で大復活を遂げるが、翌年ビデオ作品『インモラル 淫らな関係』を遺して死去(1995年2月24日)。享年67。

1.いまなぜ神代辰巳なのか?

 いまなぜ神代辰巳の本を刊行するのか? それは本書オビにデカデカと載せたように〈オズ、クロサワ、オーシマ〉に並び称される、日本が世界に誇る映画監督であるクマシロの書籍が今までになかったからです。正確には『世界の映画作家27 斉藤耕一 神代辰巳』(キネマ旬報社、1975年)がありますが、ムック的な造りで、刊行年代からも〈神代辰巳・人と仕事〉の紹介としては物足りないものでした。映画ファンなら誰もが知る巨匠である神代の全仕事を紹介する本がなぜこれまで出ていなかったのか………それは明確な理由があります。神代監督没後すぐに出た「映画芸術」の神代辰巳追悼号(95年夏号)があまりにも充実した内容だったからです。
 関係者・スタッフインタビュー、神代映画女優座談会、そして神代全作品についてのレビューとテレビ・CM作品についても網羅した特集で、これ以上のものは作れない、あるいはこれで充分だ、と出版関係者が思ったのは仕方ありません(私もその一人でした)。しかし、神代組のスクリプターとして活躍した白鳥あかねさんの自伝『スクリプターはストリッパーではありません』(2014年)を小社で刊行したあとに、やはり神代辰巳の本は作るべきではないか、という思いがフツフツと湧いてきたのです。でも映芸追悼号があるからな、あれを超える内容は難しい……そうして数年経ち、2017年、『笠原和夫傑作選』(全3巻、2018年)を準備していた時に「映画芸術」神代追悼号の編集者だった高橋賢さんにお会いすることなりました。高橋さんは『映画監督増村保造の世界』『三島由紀夫映画論集成』(共にワイズ出版)『昭和の劇 映画脚本家笠原和夫』(太田出版)を作ったスゴイ人です。そこで神代本の話となり、上記のような感想を漏らすと「追悼号はあくまで雑誌だし、いまは入手できないんだから、本は出せばいいんじゃないですか」という明快極まりない返事がかえってきました。そうだ、「映画芸術」をそのまま本にしてそれに足りない要素を追加していけばいい……そこから企画は始まりました。

2.本書の構成について

 本書の構成は大きく4つのセクションから組み立てました。①「映画芸術」追悼号をそのまま再録 ②それにプラスして神代作品に関する記事を集める ③関係者インタビューの新録 ④神代脚本の掲載 です。刊行にあたっては、まずは神代監督の著作権継承者である長女の神代律さんに許可をいただき、つぎに「映画芸術」編集長の荒井晴彦さんに相談、企画について快諾していただきました。5本の神代映画(テレビ作品も入れると6本)の脚本を手掛けた神代組の荒井さんには関係者の紹介やインタビューなどでも協力していただき、本書では監修者的な存在となりました。
 本書の構成を紹介すると、最初に「”せつなく、やるせなく、つらく、しきりに、ねんごろに”」という神代監督自身の文章があります。これは『神代辰巳オリジナルシナリオ集』(ダヴィッド社、83年)のあとがきに当たるもので、神代監督が自作について書いた一番良い文章と思われるので冒頭に据えました(本書の背の言葉もここからの引用です)。つぎに白井佳夫さんによる神代辰巳ロングインタビュー、これは先述の『世界の映画作家27』収録のもので、『宵待草』(74年)までですが、神代監督への長いインタビューとしては唯一のものです。

神代インタビュー


 その後続くのが本書のメインとなるセクション〈神代辰巳全作品〉です。「映画芸術」追悼号掲載の全作品レビューに加えて、作品データ(スタッフ・キャスト、あらすじ紹介)と各作品の公開当時の記事や批評、インタビュー、座談会などを集めました。かつて『鈴木清順全映画』(立風書房、86年)や『kihachi フォービートのアルチザン 岡本喜八全作品集』(東宝出版事業室、92年)の全作品紹介頁に公開当時の記事や批評、インタビューが引用掲載されていたのを思い出し、本書では引用ではなく面白い文章を選び、その全文を掲載しようという試みです。

全作品


 今も昔も、公開当時の紹介記事やスタッフ・スターのインタビュー・座談会が、その後単行本に収録されることは稀です。しかし、面白いものがたくさんある。批評にしても、優れた批評は時代を経てもやはり優れていて、新鮮なものです。そこで今回、過去の優れた批評を厳選して再録し、それで足りないと考えられる作品については新原稿を書き下ろしで入れる、という方針をたてました。結果、過去と現在の批評の混在がまったく違和感ないものになっているのは、資料性がある等の理由で「つまらない」文章を入れるのを禁じたことによるものと自負しています。
 それぞれの作品頁で多いもの、少ないものとバラつきがありますが、これは傑作だから増ページというわけではありません(ただし『一条さゆり』など代表作は興味深い資料が多いので結果的に多めになりました)。たとえば『四畳半襖の裏張り しのび肌』は大傑作ですが、掲載は桂千穂さんの作品評と脚本家・中島丈博さんの製作ノートの2本のみです。これは桂さんの作品評が明快かつ完璧に『しのび肌』の魅力と素晴らしさを書きつくしているので、これ以上は必要ないと判断したのでした。
 称賛する文章だけでなく、批判する文章も選びました。『壇の浦夜枕合戦記』の矢島翠さんによるレビューです。「迷作」とも言えるあの映画の問題点を、これも明快かつ完璧に評しています。あわせて国文学者の松田修さんのデモニッシュな文体で綴られる徹底的なシナリオ分析を読んでもらい、もうひとつの『壇の浦』を夢想できるのでは、と思います。
 映画のみならずテレビ・CM作品もふくめた〈全作品〉のなかに、スタッフ・キャストのインタビュー〈神代組に聞く〉、神代執筆のシナリオ、そして神代監督の文章〈神代辰巳エッセイコレクション〉が入ります(「フランス映画のいい女」などはあまり知られていない名文ではないかと)。

神代エッセイ

そして、作家論をあつめた〈神代辰巳とは何か〉、未映画化シナリオ2本、最後に〈追悼・神代辰巳〉、神代監督の長女律さんへの初インタビュー、年譜と続きます。

3.〈神代辰巳全作品〉について

 〈全作品〉における書き下ろし作品評(と依頼した理由)は以下のとおりです。

・『かぶりつき人生』港岳彦(『あゝ、荒野』『宮本から君へ』などで大活躍する気鋭脚本家港さんに、脚本家神代のデビュー作として論じてもらいたかった)
・『濡れた唇』高木希世江(絵沢萠子をひたすら褒め称える文章が本書には必要と思い、「ロマンポルノ・リブート」のプロデューサーでもある日活の高木さんに依頼)
・『恋人たちは濡れた』城定秀夫(エロVシネの鬼才・天才JOJO監督は、かつてロマンポルノベスト3に本作を挙げておられたので。そして城定映画には神代的瞬間がたくさんある)
・『やくざ観音・情女仁義』高橋洋(高橋さんは神代作品では『地獄』をオールタイムベストに入れている方。本作の田中陽造の世界を論じられるのは高橋洋しかいない)
・『宵待草』真魚八重子(以前一緒にお酒を呑んだ時に神代作品だとどれが一番好きですかと尋ねたときに出たのが本作。愛するがゆえに寂しく侘びしく思う点も書いてもらえた)
・『櫛の火』篠崎誠(篠崎監督の神代フェイバリットとどこかで知り、一般的に失敗作といわれる本作について徹底的に論じてもらった。依頼した分量の倍の原稿の熱さたるや!)
・『悶絶!! どんでん返し』柳下毅一郎(かつて日活100年記念のロマンポルノ特集上映が開催されたとき、『どんでん返し』が入っていない!と一緒に憤った記憶があり依頼)
・『遠い明日』高橋洋二(依頼した時点で高橋さんは本作は観ていなかったのだが、〈なぜ自分はこの作品を今まで観ていないのか?〉という観点で論じるというアクロバティック論文。これも神代的と思える)
・『嗚呼!おんなたち 猥歌』安田謙一(裕也さんのロック映画を論じられるのは本書としてはロック漫筆の安田さんだけ)
・『傷だらけの天使』相澤虎之助(他の作品について執筆依頼をすると、ぜひ傷天について書きたい!ということでテレビ作品セクション唯一の新原稿に。竹内好の言葉が引用される、ずっしり重い論考)


 書き下ろし作品評とは別に長めの作家論を上野昂志さんと青山真治監督に依頼しました。長めの神代論は絶対に上野さんに書いてもらいたい!と企画当初に心に決めていて、さらに青山監督は以前から神代論を書かねばならぬ、という宣言(?)をされていたので、今回書いてもらわねば機会を逃すと思いお願いした次第。偶然にも上野さんが神代前期について、青山監督が神代後期について執筆、良いバランスになったと思います。

画像12


 作家論を集めたセクション〈神代辰巳とは何か〉は上野さんによる「成熟しない神代、その捉えきれない作家性」に迫る評論から始まり、山根貞男による神代インタビュー、山田宏一の官能的神代映画世界礼賛、蓮實重彦による海外向け啓蒙文という、映画評論の四聖者というかビートルズというか、この4人がその人ならではのスタイルでひたすら褒め称えるクマシロとは本当に何なんだろう、という気分になるのではと思います。つづく筒井武文評論はおそらく今まで書かれた神代論で最も充実した濃厚な内容で、中条省平「神代辰巳論・序説」は笠原和夫と大島渚とともに〈神代辰巳の新しさ〉が論じられ、題名どおり来たるべき本格的神代論を期待するしかありません(なお、笠原和夫による一条さゆりを称える文章も笠原エッセイ集の『破滅の美学』まえがきから収録しました)。田中千世子「新しい神代辰巳」はなんと斎藤正治論! おそらく神代作品評をいちばん多く書いた映画評論家であり、神代監督とも深い交流があった斎藤正治を論ずることが神代論になるという摩訶不思議。田中さんは本書の年譜の構成・執筆者でもあります(斎藤正治については神代による追悼文も収録、斎藤作品評は記念すべき神代ロマンポルノ第1作『濡れた唇』を再録しています)。最後に、青山真治「「交通」と「密着」」、私は青山真治による神代ドキュメント映画として味わいました。最後の「余談」に至るまでのスリリングな神代論を体験してほしいと願うばかりです。

 再録した記事・批評・インタビュー・座談会について、すべてを紹介するとなると相当な量になるので、いくつかピックアップします。まずは神代作品の名プロデューサーだった三浦朗による「神代辰巳との出会い」。〈神代辰巳全作品〉は三浦プロデューサーの存在から始まるべきだというのは最後まで本書を読んだ方には必ずや理解してもらえると思います。『一条さゆり 濡れた欲情』についての田中小実昌エッセイ、これは単行本未収録です。

画像15

本書ではなるべく単行本未収録の文章を蒐めることを目論みまして、『女地獄 森は濡れた』のトンネルを論じた阿部和重、『黒薔薇昇天』の衝撃を綴る黒沢清、『櫛の火』の原作者の弁を語る古井由吉、各氏のエッセイはどれも単行本未収録です。「原作の言葉はできるだけ少くしてほしい」で始まる古井氏の文章は、あの神代作品の中でも特に摩訶不思議な『櫛の火』を観たあとに読むといろんな発見があることでしょう。『ミスター・ミセス・ミス・ロンリー』の双葉十三郎評、これもおそらく単行本未収録で、発見したときには驚きました。双葉さんが神代を褒めている!と。
 新藤兼人と神代の対談「禁を犯したい作家の映画・性・正表現」は新藤監督が脚本家としての視点から神代作品を評して、それに対して畏まりながらも素直に意見を述べる神代監督とのやりとりが新鮮。同じ監督同志でも『赤い帽子の女』公開前の若松孝二(本作プロデューサー)との対談はお互いに「クマさん」「若ちゃん」と呼び合うリラックスしたものです。
 2019年に逝去したロックンローラー内田裕也には『少女娼婦 けものみち『嗚呼!おんなたち 猥歌』という2本の神代主演作があり、本書でも新規インタビューを掲載したいと熱望していました。しかし、打診したときにはもう間に合わず……『猥歌』公開時の神代との対談のみの掲載となりましたが、完成直後の高揚した裕也さんの肉声が記録されています。
 座談会では『アフリカの光』公開前の神代・萩原健一(主演)・長谷川和彦(助監督)・姫田真左久(撮影)の「知床放談」は、撮影時の盛り上がり・悪ノリを真空パックしたような面白さで、『快楽学園 禁じられた遊び』公開時のひさうちみちお(原作)・太田あや子(主演)・立花あけみの座談会は「平凡パンチ」掲載のもので、なかなか資料として残らないものなので貴重でしょう。なお、ひさうち氏による原作マンガ(「職員会議」)も2頁分縮小掲載し、映画と比べられるようになっています。同じように、『棒の哀しみ』公開時の北方謙三(原作)との対談頁でも原作の一部分を引用掲載しているので映画との比較が楽しめます(これは初出の「週刊ポスト」掲載時からこの形なのでした)。

北方

4.神代組キャスト・スタッフインタビュー

 本書で作品論・批評とともに重要な柱となるのが神代組のキャスト・スタッフへのインタビューです。「映画芸術」追悼号を中心に既出のインタビューを集めて、そこに新規インタビューを追加しました。

*神代組女優たちの座談会
〈神代映画の女優たちによる監督神代辰巳〉
伊佐山ひろ子×絵沢萠子×芹明香×中川梨絵 司会:白鳥あかね

女優座談


*作品公開時のキャストインタビュー
永島暎子(女優)「装っている人間、装っている女がハダカにされた時から自由が生まれてくる」聞き手=後藤岳史
奥田瑛二(男優)インタビュー 聞き手=野村正昭

*神代組スタッフインタビュー
姫田真左久(撮影)「神代映画を語る――『パン棒人生』より」聞き手=池田裕之
前田米造(撮影)「神代監督はトンネルが大好きでしたね」 聞き手=筒井武文
鈴木晄(編集)「神代組は編集が楽しかった」インタビュアー=荒井晴彦
橋本文雄(録音)「音がどう生きるかが大事だった」インタビュアー=田中千世子
白鳥あかね(記録)「神代辰巳とともに――『スクリプターはストリッパーではありません』より」聞き手=高崎俊夫
鴨田好史(助監督)「監督がクマさんだったから生涯助監督でいいと思った」取材・構成=「映画芸術」編集部
高田純(脚本)「人間にしか興味がない人だった」取材・構成=河田拓也

*新規インタビュー
根岸吉太郎(助監督)「とんでもなく自由で実験的な」聞き手=伊藤彰彦
長谷川和彦(脚本)「神代辰巳、撮り続けて死んだ幸せな男」聞き手=伊藤彰彦・寺岡裕治
宮下順子(女優)「神代さんは撮影中キャメラの横じゃなくて、私の横にいました」聞き手=高崎俊夫

宮下順子


田中収(プロデューサー)「クマさんは本質的にセックスというものを中心にものを考えていたと思う」聞き手=高崎俊夫
荒井晴彦(脚本)「とにかく全部映画の人なんだ」聞き手=伊藤彰彦

画像13


桃井かおり(女優)「映画の現場に立つと風が吹く……」メール・インタビュー
本調有香(スクリプター)「師弟関係、共犯関係」聞き手=高崎俊夫
酒井和歌子(女優)「神代監督に出会って人生が変わった」聞き手=高崎俊夫

 既出インタビューの中で中川梨絵、姫田真左久、鈴木晄、橋本文雄、鴨田好史、高田純の各氏は鬼籍に入ってしまわれたので、そのほとんどのインタビューを掲載した「映画芸術」には感謝せずにはいられません。
 新規インタビューでは、ロング・インタビュー集『水のように夢のように』(杉浦富美子・山田宏一・山根貞男編、講談社、1984年)以降ほとんど取材に応じていなかった宮下順子さんに「神代監督の本ならば」ということで特別に許可をいただきました。さらに幻の神代監督撮影の宮下順子グラビアもカラーで掲載可能に! 

グラビア

これはかつて神代監督が行きつけだった新宿ゴールデン街のバー「出多羅目」のママ伊沢暁子さんが教えてくださった雑誌に載っていたもので、こちらはまったく知らない資料でした。おかげで〈全作品〉に”カメラマン”神代の作品も掲載できることになった次第です(バー「出多羅目」については神代エッセイ「タワーリング・インフェルノ」[P181]にも言及あり)。
 酒井和歌子さんが神代組?といぶかる方も多いでしょう。そのとおり、酒井さんは神代映画には出ておらず、テレビ作品のみの出演でした。ただし、全5本、そのうち4本は主演で、神代組ヒロインとしては最多となるのです。その酒井さんが人生が変わった神代演出についてじっくり伺いました。最後には驚くべきエピソードが語られるので必読です。
 白鳥あかねさんが神代作品の前期スクリプターの代表者ならば、後期から遺作まで担当したのが本調有香さん。彼女へのインタビューは本書でなんとしても実現したいものでした。スクリプターだけでなく脚本執筆でも共同作業している本調さんの回想は、今まで聞いたことがない新事実が満載です。なお、本書カバーの一番大きな写真は本調さんにお借りしたものです。曰く「役者がいい演技をしているときに見せる神代監督の笑顔」。これは神代組のキャスト・スタッフの全員の記憶に残っている笑顔なのだと思い、カバーに掲載させてもらうことにしました。

 新規インタビューの聞き手は、数々の映画本や映画人インタビューを得意とする、小社では白鳥あかね『スクリプターはストリッパーではありません』の企画・編集担当の高崎俊夫、そして『映画の奈落 北陸代理戦争事件』著者で、松方弘樹のインタビュー本『無冠の男』(講談社)も出した伊藤彰彦のお二方にお願いしました。結果、すべてディープで読み応えのある原稿に仕上がりました。神代組の皆さんは、どなたも神代監督・クマさんの話になると、どんどん盛り上がり話が止まらず、予定していた頁数も超過し続け……本書が分厚くなった理由はここにもあるのです。

5.特別な〈萩原健一トークコレクション〉

画像15

 昨年惜しくも亡くなったショーケンこと萩原健一。神代辰巳とは5本の映画を作り、組んだ監督としては最多であり、神代にとっても5本の主演作はショーケンのみです。まさに最強コンビといえるでしょう。本書では、もちろん企画最初期にインタビュー・取材を申し込みましたが、返事をいただくまえに逝去。その後、過去のインタビュー・座談会や写真などの掲載の許可をご遺族からいただき、特別な〈トークコレクション〉ページを実現することができました。『アフリカの光』座談会(ショーケン・神代・丸山健二・姫田真左久・岡田裕)で神代は「ショーケンとやっていると、てめえが役者になったような気がしますね」と語り、ショーケンによる神代弔辞では「私にとってたった一人の大切な、大切な師匠でした」と語っています。CMコーナーでは、あの「ワンカップ大関」の製作ノート(舟木文彬)とともに、神代監督秘蔵のスナップ写真も掲載しています。いずれも単行本では本書でしか見られない貴重な資料です。

6.神代シナリオの魅力

 本書には神代による映画シナリオが3本、そして未映画化シナリオが2本の計5本が収録されています。

『一条さゆり 濡れた欲情』
『濡れた欲情 特出し21人』(鴨田好史と共作)
『濡れた欲情 ひらけ!チューリップ』(岸田理生と共作)

『泥の木がじゃあめいてるんだね』
『みいら採り猟奇譚』(原作=河野多惠子

みいら


5本収録は多いでしょうか? しかし、当初は神代執筆脚本のすべてを収録したいと思っていたのです(無理でした)。日活ロマンポルノでは監督が脚本兼任することは大変珍しく(他には山本晋也、石井隆ぐらい)、脚本家としての神代を掲揚したい意図がありました。
 シナリオ選定の流れは以下のとおり――まず『一条さゆり』は絶対に入れる。『特出し21人』は冒頭の数ページを読んで、シナリオ時点で完璧に映画が完成されているのに驚き、収録決定。そして『ひらけ!チューリップ』は、本作の助監督だった池田敏春が本書収録のエッセイで「本当に素晴らしい脚本でした」「織田作の短編を読んでいるような気がしたものです」と書いていて、そこまで言われれば読者は読みたくなるだろう、と予測して収録(実際傑作なのです)。3本とも「濡れた欲情」シリーズで、どれも関西弁のシナリオ。どれかを『四畳半襖の裏張り』と差し替えようかと思いましたが『四畳半』は映画のほうが断然傑作で、シナリオより面白い。「濡れた欲情」の3本はシナリオと映画が同じレベルで面白い、と考えた結果です(以上すべて編集担当の私独自の判断ではあるのですが)。
 未映画化シナリオも他にたくさん候補がありましたが、頁数の関係でこれも厳選せざるえず、最終的に「一番最初と一番最後のシナリオ」を掲載することになりました。『みいら採り猟奇譚』は神代監督が晩年最後まで映画化を願って脚本を何度も改訂していました。当初の想定キャストの沢田研二・荻野目慶子主演で実現していれば、どんなに凄い映画になっていたか? シナリオ最後、快楽死に至る男を照らす「狼火のような煌々たる灯り。十秒だけ」のあとの少しの空白を経て〈追悼・神代辰巳〉頁となります。

7.本書の体裁・デザインについて 

 〈追悼・神代辰巳〉、つづく神代辰巳長女の神代律さんへのインタビュー(これもここで初めて知る事実が満載です)、そして田中千世子さん作成による〈年譜〉。年譜は「映画芸術」追悼号にかなり加筆したものになっています。 

年譜

 ざっと以上のような内容で構成された本書は、企画当初から普通の本のサイズ、つまりは四六判やA5判では1000頁を超えることが予想されたので、大判のB5判を採用しました。B5サイズは、映画本の名著『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』(山田宏一・蓮實重彦訳、晶文社、81年)を始めとして『映画監督 中川信夫』(滝沢一・山根貞男編、リブロポート、87年)、先述の『映画監督 増村保造の世界』も同様で、映画本ではスタンダードなサイズでもあります。増村本が528頁で、これと同じぐらいの厚さになるかな?と思いきや、作業が進み次第どんどん膨れ上がり、最終的には704頁。ヒッチコック本や中川信夫本と比べると、2倍のページ数となりました。

 そして、この厖大な量のテキストと写真を見事にデザインしたのが、映画本のマエストロたる鈴木一誌さんです。映画本の名作『マキノ雅弘自伝 映画渡世 天の巻・地の巻』(平凡社、77年)、先述の『鈴木清順全映画』『映画監督 中川信夫』、すべて鈴木さんのデザインで、鈴木デザインの映画本を作るのは映画本ファンとしての夢でもありました。今回の神代本のデザインは絶対に鈴木さんに頼もう、というか鈴木さんしか出来ないであろう、と。本作りにおけるビジュアル部、主に写真の使い方が、過去と異なり、極度に制限されてしまう、というハンデが、まるで無かったようかのように乗り越えられているのには驚嘆しました。多くの作業は鈴木事務所のデザイナー下田麻亜也さんが担当し、こちらの度重なる指定変更(場面写真の入れ替えや、テキストの追加が永遠に続く……)に応えてくれた結果、〈究極の映画本〉が出来上がったと思います。また、鈴木さんは映画批評家としても活躍しており、『インモラル 淫らな関係』についての優れた論考があったので、それを〈全作品〉最後に収録させてもらいました。本の最重要セクションをデザイナーが文章によってがっちり締めています。

 掲載写真の多くは、神代映画のほとんどを製作・配給した日活に協力していただき、同社の高木希世江さん、谷口公浩さんには大変お世話になりました。場面写真の選定について――日活本社におもむき、各作品のスクラップブックをめくり、掲載するべき写真を指定していきます。一般的にスチールと呼ばれる場面写真は、スチールカメラマンがババっと撮影したものから選んだもので、それが公開時や作品紹介時に使用されるわけですが、今回、定番のスチールはなるべく避けて、今まで公開されたことのない写真を多く選んでいます。また神代監督が写っているスナップも多めに。そういう意味でも本書は写真を見るだけでも楽しめる本になっているかと思います。
 また写真については、撮影スナップや神代監督が使っていたシナリオなど神代家所蔵のものも多く掲載しています。これらの資料は、神代監督の没後、地元の川崎市市民ミュージアムに寄贈されたものでして、例の台風被害の前に資料の多くを撮影していたので掲載可能となりました。川村健一郎さんによる『恋人たちは濡れた』の演出台本を分析した論考での、監督の書き込みがある台本はミュージアム所蔵のものです。

川村

8.最後に

 かくして『映画監督 神代辰巳』は、世にも珍しい巨大な体裁の高価格本として完成しました。本書を一言で説明すれば「一人の映画監督をめぐる資料を可能な限り掲載した本」となり、そういう本は理想的な映画本であり、今まで無かったと評されました。なぜ今まで無かったか?というと、これも答えが簡単で「でかすぎる本になるし、製作費がかかりすぎて高価格になるから」となります。本書も相当な製作費がかかり、当初は定価は18000円ぐらいにしないと赤字になるとされ、なんとか12000円に抑えたという経緯があります(利益が出るかどうかはこれからの売れ行きにかかっています)。12000円はたしかに高いですが、一生モノの服や鞄、靴と同じもの、貴重な舞台を特等席で観たと同じもの、と思っていただきたい。小社と同じく映画本を多く刊行していた洋泉社の在庫はいまほぼ絶版となり入手困難となっています。「いつまでもあると思うな親と出版社」という言葉の通り、本は見かけたときに入手していただきたい。学生の方は図書館で借りて、じっくり読んでもらい、その後でお金を貯めて購入していただきたい。というか、買わざるを得なくなる、そのような本になっているはずです。以上、本書ご購入のガイドとなれば幸いです。(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?