アメリカと日本の言語感覚の違い。ローコンテクストとハイコンテクスト
言語依存指標でアメリカと日本は真逆のところに位置されています。
ローコンテクストのアメリカ🇺🇸(共通認識や文化背景など前提とせずその時言われた言葉だけをそのまま受け取る)と
ハイコンテクストの日本🇯🇵(言語以外で表情や声のトーン、体のしぐさ、文化背景や共通認識などから相手の気持ちを読み取る)
日本特有の、暗黙の了解、空気を読むは、このハイコンテクストの文化から。
なぜこんな単語を知ってるかというと、一時期各国の言語依存度についてめーちゃくちゃ調べました。
アメリカ人の夫と会話する度、すべてのことを1から100まで言葉にしないと、話が通じないことに頭を打ちまくったので。(笑)
日本人の私からしたら、アメリカ人の夫は本当に何でもかんでも言わないとわからないのが意味がわからない!
こないだこうだったから今回もこうかな?っていう応用編がない。
毎日It's a Brand New Day〜♪で生きてる。
うちの夫ってあほなのか?とわりと真剣に思い悩んでいた時に、アメリカと日本の言語感覚の違いを勉強しました。
私自身も昔、大学生の時アメリカで1年ほど留学していてアメリカのローコンテクストの文化にガッツリ染まって帰ってきたことがあります。(海外かぶれと周りにたくさん言われました😂)
日本の本音と建前の感覚がわからなくなって、建前をそのまま受け取っていたり、周りとの価値観が合わなくなり、ハイコンテクストに慣れなおすまでだいぶ苦労しました。
例えば、、・"嬉しい""楽しい""悲しい"などははっきり言ってくれないと、その人の気持ちとしてちゃんと伝わらない。
・会話量が少なくて驚く。久しぶり!元気?"と友達に聞いた時に"久しぶり!元気だよ!Miaは元気にしてた〜?"だけ返ってくると話したくないのかなと感じる。(アメリカでは"元気?"と聞くと、誰であろうと相手がある程度たくさん話をしてくれていたため)
・はっきり言い切らない話し方だと察することができない(ex, "そういえばこれあとでコピーしなきゃなぁって思ってるんだけどさ〜"と上司に言われて意図がわからずスルーしてしまう。)などなど。
今も日本の縦社会の組織の中で働いているので、家の外に一歩出れば、日本の社会で日本人としての振る舞いを求められている感じはヒシヒシあります。
それもあり今の環境では夫と同じようにローコンテクストの感覚に慣れてしまうことは怖くてなかなかできません。
といいつつ空気を読むのはめんどくさくてあんまりしてない。とりあえず、静かにしてます(笑)
家ではローコンテクスト、外ではハイコンテクストなので、すごく中間にいて時々自分のアイデンティティーがごちゃごちゃになって迷子になる。
ローコンテクストに慣れると何も私が言ってないのに勝手に気持ちを推測されて動かれるとちょっと気持ち悪いというか子ども扱いされているように感じるときもあるし、
察してもらえるハイコンテクストに慣れると、察してくれないローコンテクストの夫にちょっとイライラするし空気読めない。気が利かない。なんて思っちゃいます。
うまい具合にバランス取れるようになりたい🥹
ついこないだも満員電車に乗っていた時のこと。
私が席に座っていて夫が私の前に立っていたんですが、5歳くらいの小さな女の子とお母さんがあとから乗ってきました。
その親子は夫のすぐ後ろぐらいに立っていました。
すぐさま夫に目配せをして、その子と私の席を交互に指差し、"席譲るからその子のお母さんに教えてあげて!"とジェスチャーをしたつもりだったんですね。
ところがどっこい。
つ!た!わ!ら!な!い!!
何回かトライするも「Huh? What?🤷🏼♂️」の彼。
頭の上にクエッションマークが並んでるのがみえる。
結局自分で立ち上がってそのお母さんに声をかけにいく私。
「席を譲りたかったの?そうやって言ってくれないとわからないよ」とあとから言ってくる夫。
(私視点)
①あんな小さな子どもが満員電車で立ってるの大変なのわかるやーん!
②しかもお母さん大きなリュック背負ってたやーん!
③あなたのがお母さんに近いとこに立ってたんだから私の代わりに声かけてくれたらいいやーん?
「あの子に席譲りたいから私の代わりにあなたの後ろにいるお母さんに声かけてくれない?」と私も一言言えばいいだけですが、
なんとなく察してくれ!!!満員電車だし!!(無理)
確かに、彼が席を人に譲る時は「あのおじいさんに席を譲るから声かけてくるわ!座ったほうがあの人楽だよね」と言って、サッと立って自分でその人のところに行っちゃいます。
なんで何でもかんでも言わなきゃわからないのよ〜めんどくさい〜!と言う私に、ただ言うだけなのになんでそんなに大変なの?なんで?という夫。
それがめんどくさいの!
"まぁその察してほしいっていう日本人の価値観もちょっとずつわかってきてはいるけどね〜♪"と言いつつ
「僕の価値観だと、アメリカでは自分のことを言葉で誤解がないようにすべてクリアに伝えるのは自分の仕事。もし誤解されたらそれは自分のせいだし、"相手が察してくれなかったから"じゃない。アメリカ人ってこっちが聞いてもないこと自分から何でもかんでも話したがるでしょ?自分のことを人に間違って誤解されるのを本当に嫌うんだよ(笑)」
きびしい〜。言わなくても察してほしい〜。自分から色々アピールしたくない〜(笑)
この文化のバランスが取れなくて本当に苦しくて苦しくて苦しかった(どんだけ)
やっぱり一つの文化に帰属しているということは、自分が何者かもわかるし、違いにも苦しまないし、精神安定でもあるんだな、と感じる日々です。
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