うちくるセット

 今は2020年10月。もうすっかり秋になり衣替えのタイミングを逃したことに少しの敗北感がある。歩くと汗ばむくらいの日差しに少しあててから、冬服を着たいという妙なこだわりが私にはある。

 もうずいぶんと前の話に感じるが、2020年4月12日から5月30日までの約1か月半、淡路島の野菜や朝じめの地魚などをセットで配送するサービスを企画し、福良マルシェで販売をさせてもらった。新型コロナウイルスの影響で外出を自粛する人や飲食店の休業が増加している時期に、「家庭の役に立ち、島で奮闘する生産者を応援する手だてになれば」という理由で始め、このセットのことを「福良マルシェがおうちにやってくる“うちくるセット“」と名付けた。

 最初は友人や近しい家族に送れたらと、ごく小規模にやってみるつもりだった。上司もそのくらいの冒険ならとOKをしてくれたのだと思う。初回の注文は5件。友達が1件、あとは身内ばかりだった。実はこの友人がMBA漫画家で東京在住だったので、最初に「そっちの様子はどう?こんなことしたらどう思う?」と聞いてみていた。彼女が「まず小さくやってみたら?」と背中を押してくれたのがきっかけだった。

 つくづく、私はたくさんの良縁に恵まれていると思う。次に「こんなセットをやろうと思う。」と伝えた友人の旦那様が「そんな良いことをするなら、新聞社の知り合いに連絡しておきましょう。」と即座に動いて下さり、神戸新聞さんが開始3日後には記事にしてくださった。それを私のFacebookに投稿すると友人たちがシェアしてくれ、その日中にネットニュースで拡散された。実は、私はこれまでもプライベートで色々なチャレンジをしては失敗を繰り返していて、友人からは「結局何者なん?」と言われている。だからきっと「また何かしようとしてるから、ちょっと応援してやろうか」と思った人が多かったのだろう。いや、ほんと、落ち着きなくてすみません。温かく見守ってくださって、ありがとうございます。

 話を戻して、この神戸新聞の記事は自粛やマスクのニュースばかりの中の、珍しい明るいニュースだったことで目立ち、その翌日から注文の電話が鳴りやまず、福良マルシェのスタッフさんたちは対応に追われまくった。

 もし、うちくるセットに反省点があるなら、完全な見切り発車だったことだと思う。ただ準備万端整えてからでは、ニュースにはならなかったし、たくさんの方に情報も商品も届くことはなかったと断言できる。こればっかりは「大変な思いをさせてごめんなさい」と言うしかない。

 福良マルシェのパート・アルバイトさんたちの対応力には本当に驚かされた。宅配サービス自体これまでなかった作業なのにも関わらず、アイデアを出し合い、日に日に梱包のスピードは速くなり、丁寧で、ミスの発見も的確になっていた。

 集荷にきてくださる郵便局の方も、配達中にマルシェの中を覗いて「あと何分ぐらいで準備ができそうか。集荷は何時くらいにいけばいいか。」を計算してくださっていたし、島外の郵便局では局員がコロナになり休業する所も出ていたけれど、最終チェックは郵便局がやってくれるから大丈夫。という強い信頼感で、鮮度が命の刺身の入ったうちくるセットを全国に発送することができた。

 それでも遠くは北海道から注文があり、通常でも発送から到着まで3日はかかるので、もしもの時に魚が腐ってしまうのは怖いからと、その時はさすがにお断りしようと思ったけれど、クボタ水産の大将が「寝かせた方がおいしい魚(ヒラメやオコゼだったかな)」を選んで用意してくれて、またお客様も本当に良い人で「大丈夫。大丈夫。楽しみに待ってますよ。」と言ってくださり、送らせてもらうことができた。

 こんな風に、多くの方の温かい協力と寄り添う心のおかげで、大きなトラブルなく野菜が端境期に入るのと、夏場に刺身を送るのが怖くなってきたことから1か月半で一旦終了することになった。

 うちくるセットをやって印象的だったのが、「自粛を余儀なくされて買い物に出れず困っている人を助けたい」と始めたつもりが「生産者さんが困っているだろうから助けたい」と注文してくださったお客様が本当に多いことだった。オンライン注文の仕組みが間に合わず、すべて電話注文で、本社の社員さんまで巻き込んで対応しなければならなかった(ほんと、予定外のことで申し訳ありませんでした。)が、おかげでお客様から「頑張ってくださいね!!」「乗り越えましょうね!」と直接お声がけいただけて、私もスタッフもコロナで大変な時期だったにもかかわらず、心底幸せな気持ちになれた。

 こうしてうちくるセットは、1か月半という短い期間に強烈な思い出だけを残して終了したのだけれど、いまだに「あれに比べたらな(笑)」とクボタ水産の大将や郵便局の局員さんと笑いあったりしている。間違いなく私が将来子供や孫とコロナの話をするときは、この話をするんだろう。

 それから、せっかくこんな稀有な経験をさせてもらったので、どうせなら私らしいやりかたで恩返しをしたいと思っている。そのスタート前の記録として今日の記事を残しておくので、これに懲りずに「また何かやろうとしてるな(笑)」と温かく助けてください。お願いします。