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結局自己満足だったはなし

月曜日、会社をやすんだ。

金曜日から胃の調子がおかしくて、食欲はむしろおかしいくらいあるのに、吐き気がおさまらないし頭痛はすごいし、とにかく苦しい。

なんとか頑張って行くために、自分の中身を整えようとしたけど、すればするほど辛くなった。気付けば夜になってしまい、あ、これはちょっと今はダメかもしれないと思うほどの気持ちの不快感。不愉快感。全身からの訴え。何か特定のことが悲しいわけではないが(職場は好きではない)、自分の中にそのまま存在しちゃダメな正体不明な何かが、限界までわたしを蝕んでいて、ギリギリまで溜まりに溜まって、これ以上の情報を入れたら爆発しますというような危機感。

それが私の呼吸を殺しにかかっていた。あぁ苦しい。息が上手くできない。何かに追われている感覚。ちゃんとやらなきゃ。でも何をしたらいい?わからないうえに、何もしたくない。行き止まりなのに、動けない。でも後ろから追われている。助けて欲しいけど、それもできない。倒れてしまいそうな不安感。どうしよう。

慌てているうちにあっという間に夜になった。これはどうしたらいいか。落ち着く音楽でも聞こうと思ってYouTubeをつけて、ためしに、「疲れた時」と検索してでてきた「お文具さん」のショートアニメ。何となく見始めたら、これは、、と思うくらい胸にきてしまった。結果、ずっと泣いた。どれだけ泣いても収まらなくて、何に悲しいのか、分かってはいた。限界なんだと思う。何に対してかというと、「このままの自分でいること」である。

きっとずっと前から限界がきていた。仕事が限界とか、コロナに対する疲れが限界とか、いつ行かれるかわからない留学に対しての不安が限界とか、そういう特定のものじゃない。この涙は、そろそろ今までの自分だと持たないよという警鐘だと思った。

私は子供の頃から、学校という場で、「常にいい子でいなくてはいけない」、というふうに刷り込まれた。素直で優しくてかわいい子だと思われなくては。と、それだけが大事だったし、それがなければ生きていかれなかったし、それがあれば立っていられた。

そして頑張って頑張って、一生懸命生きてきた。常に周りの目を気にして、誰にも嫌な思いをさせないようにした。常に場の空気を読んで和ませようとした。親に対しても、絶対がっかりさせてはいけない。愛情をこれでもかというほど与え、育ててくれた親だけは、絶対不孝はしてはいけない。病気になって(後述)、人より色々遅れてるんだから、早く周りの皆みたいな人生を歩んで、安心させなければいけない。

友達といる時だって、彼氏といる時だって、全力で気は抜けない。疲れた時でも人といる時は気を抜いてはいけない。せっかく一緒にいる相手に失礼だから、ちゃんと話題をふろう。話そう。相手は疲れた時は遠慮なしに疲れているけど、私はそんなことしちゃダメ。

「ちゃんとしなきゃダメ」

子供の頃に染み付いた根っこの部分は、相当根深くて闇深いようで、この癖は大人になったいまも手放せない。前述にある病気だが、体の病気ではなく心のもので、私は高校生の時にうつ病になっていた。

そこから約10年たったが、自己肯定感について考えなかった日はなかったと思う。毎日毎日、どうしたらラクに生きていかれるか?なぜこんなに生きづらいのか?私は生きるのが周りより下手なのか?ずっと考えていた。

何かいい言葉に出逢えば忘れないようにメモしまくり、これだ!と思う生きるヒントやポイントを見つければ、自分の言葉を加えながら、なんとかモノにしようと文字として残しまくった。

でも、どれをやっても、突破口にはならなかった。ずっと辛かった。結局それは自分自身がそうしていると今ようやく気がついたけれど、そんなことは分からなくて、紛れもなく、ひどく辛かった。心から力が抜けた日は1度もなかった。

そしてそのままいつの間にか27歳になっていて、高校生の時初めて、生きることをやめてしまいたいと思ったときから、10年たっていた。その間に色んなことはあった。2年前くらいからやっと薬を飲まずに毎日仕事ができるようになった。これは本当にすごいことで、まさか自分が毎日働けるようになる日が来るなんて、思ってもいなかった。そして、英語を話せるようになりたいという夢もできた。コロナで延期にはなったが、留学も決まった。

ただ、基本的な生きづらさや息苦しさは毎日あるし、振り返ってみれば、肩の力が本当に抜けた日は、やっぱり多分これまで、1日もなかったと思う。

そしてここへきて、何回目かは忘れたけれど、また病み期が到来し、冒頭にもどる。

思えばここ最近本当におかしかった。終わりに近づいたわたしが、死ぬ間際に最後に足掻いているような、集大成(?)といったら変だけど、そんな感じだったのだ。全てが度を越していた。何をしていてもこれまで以上に常に全神経を張り巡らせていたし、常に全力でまわりに気を使っていた。全然面白くない話にもいつも以上に必死で笑って顔は疲れたし、騒がしい職場で限界まで色んな人の目や感情を気にして仕事してたら、簡単に気が狂いそうだった。とにかく全力だった。今までずっと必死にやってきたことを、最後の力を振り絞って、擦切れるほどやってやる!というような感覚。

これまで頑張って頑張って頑張って、必死で築き上げた私のイメージを守らなくては。みんなから、他の人より大事に特別に扱われなくては。ちゃんとした子だと思われなくては。迷惑かけずに頑張れる子だと、皆を癒せるような存在でいなくては。

だって私は真面目で誰より頑張ってて、立派で、こういう努力は絶対いつか報われるから。苦しんだ分だけ、きっと幸せになれるから。そういう努力はみんな見てるから。これまで頑張って築き上げた努力家のわたし、一生懸命な私、ミスをしない私、迷惑をかけない私、素直でかわいい私。

これを全部、守っていかなきゃ、と、今の今まで、恥ずかしげもなく本気で思っていた。

でも気がついた。一生懸命やったところで病気になるし、胃はおかしくなるし、頭は痛いし、一生懸命が報われる日は、もしかしたらないのかもしれない。多分ない。10年たってやっと少し分かってきた。実は今までやってきたことはすべて誰も関与してなくて、自分ひとりで自分の中だけを走り回っていたのかもしれないと思った。だから、ひとりよがりの努力は報われないし、一生懸命やることも、人の目を気にしての結果ならなおさら、何も偉くなかったのかもしれない。

こんだけ苦労したんだからきっとこれくらいのものが待ってる、と思ってたけど、多分待ってない。だって私がやってきたことはすべて、「自分への評価や態度」を良くするためのもので、少なくとも、「他人のため」にやったことではないから。

きっと本当の私は、他人のことなんかどうでもいいし、私が良ければいい。そう思ってる。だから現に、「会社で関わる人」と「すれ違うだけの人」への態度や沸点は天と地ほど違うことに最近気がついていた。

会社で関わる人には120点でいい子に思われたいと渇望するのに対して、すれ違うだけの赤の他人には、私は異常に沸点が低かった。そんな人達がどうなろうと、どうでもよかった。電車に遅れようが、嫌な思いをしようが、私には関係ないと思った。イライラしている時は平気で蹴落とせるくらいの勢いだったかもしれない。

こうして書きながら、わたしはそんな人間だったんだなぁと思った。わたしの、「いい子でいる」は、ただの自己満足で、あくまでも、「自分のため」「自分がよく思われるために」だったと、痛感する。

認めたくない気持ちと、認めて楽になりたい気持ちが混ざりあった。でも多分、それが事実だと思う。

自分のためにやっていたことだから、もしかしたら他人の評価だって実はそもそも全然良くないかもしれない。

そう思ったら、そこまで緊張せず、会社に休みの連絡ができた。

「知っている人にだけ、自分をよく見せよう」、そのために、「一生懸命、神経をすり減らそう」は、もううんざりだ。そんなことする自分には、もううんざりだ。

わたしはこんな人間だし、知ってる人が見てない時にはこんなに汚くて、全然いい子じゃない。けど、それでいい。それが私だ。

ただ、もっと力を注ぐべきところは別にあるような気がした。「自分の評価」のためじゃなく、「人のため」に使えることはできないだろうか。それはどういうものなのだろうか。

でももう昨日から考えすぎたので、今日はこれで終わり。せっかく休めたから、こんな辛気臭いこと考えたくない。楽しいことがしたい。

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