愛は先払い ―姑を殺したいほど憎いとき―


(読了目安7分)

今回は、「姑を殺したいほど憎いとき」というちょっと不吉なタイトルですが、人生論・恋愛論の基本の話で、マスターが昔読んだ話の記憶から書いてみます。

今から100年前の話です。
あるところに、姑(しゅうとめ)からいびられ、うんざりしている嫁がいました。
よくある「嫁姑問題」です。


それまでなんとか我慢していた嫁でしたが、ある日ついに心が限界に達し、姑に対して「殺意」が芽生え、信頼しているお坊さんに相談します。
当時お坊さんと言えば、頭も良く人脈もあり、多くの問題を解決するスペシャリストだったからです。


以下、嫁とお坊さんの会話です。



嫁「私、姑にいびられてうんざりしています。ここだけの話ですが、憎くて殺したいぐらいです。どうにかならないでしょうか」


お坊さん「そうですか、本当に殺したいぐらい憎んでいるんですか?」

嫁「ええ、できるなら今すぐにでも。でも私が犯人になるのはイヤなんです」

お坊さん「そうですか・・・」


嫁「早く死んでくれればいいのに・・・お坊さん、なにか方法はありませんか?」


お坊さん「・・・ないこともないです」



嫁「はい、ぜひ!」


お坊さん「あなたは自分が犯人にならず姑さんを殺せるなら、なんでもできますか?」



嫁「はい、なんでもやります」


お坊さん「お気持ちはわかりました。ところで、家族の食事は誰が作っているんですか?」


嫁「私です」



お坊さん「姑さんも、あなたが作ったものを毎日食べるんですね」



嫁「そうです」


お坊さん「わかりました、ではお手伝いしましょう。もちろん条件がありますよ、必ず守ってください」


嫁「はい、約束は必ず守ります」



お坊さん「いまからお伝えするのは、あなたが誰からも疑われることなく、姑さんを殺すことができる確実な方法です」


嫁「はい」


お坊さん「いま、大切なものを持ってきます、少し待っててください」


(お坊さんは奥の部屋に向かい、白い粉を持ってきました)

お坊さん「この白い粉は、時間をかけて人間を弱らせ、死に至らしめるための毒です」



嫁「は、はい」


お坊さん「この毒を毎日姑さんの味噌汁に入れて飲ませなさい。今から半年後には毒が効き始め、姑さんの体調は徐々に悪くなります。そして1年後には確実にこの世を去るでしょう。毎日このぐらい、ほんの少しずつですよ。今、あなたが姑さんを憎んでいることは周りの人も気づいていますよね。姑さんが急に死んでしまうとあなたが真っ先に疑われてしまいますから、1年はかかりますよ」



嫁「たしかにそうです。必ず言われた通り、時間をかけます」



お坊さん「そしてこれが大変重要なことなんですが、あなたが疑われないために、姑さんと仲良くする演技をしてもらいたいんです。1年間演技をすれば、姑さんはこの世からいなくなり、あなたは晴れて自由の身になります。どんな演技でもできますか?」


嫁「はい、もちろんやります、1年後に死んでくれるならなんでもやります。どんな演技をすればいいんでしょうか?」


お坊さん「今後徐々に、姑さんの言うことを聞き入れ、なんでも率先して明るく行動してください。頭に来ても、“あと数ヶ月の我慢”、と自分に言い聞かせ、決して姑さんをにらみつけたり反抗したりしてはいけません。姑さんはやがて死ぬんです、あなたも死ぬ気で最高の嫁を演じるんですよ、わかりましたか?」



嫁「はい、そんな演技、これまでの苦痛と比べたらなんてことありません、やり通してみせます」


お坊さん「あなたの演技が素晴らしいほどあなたは完全犯罪を達成できます。わかりますね?」


嫁「なにがあっても絶対にやり通します」


お坊さん「では、この毒を持っていきなさい」


嫁「本当にありがとうございます。1年間がんばります。これでようやく私の人生は楽しくなります」


・・・それから半年後のある日、あわてた様子の嫁が、お坊さんのもとにやってきました・・・



嫁「お坊さん!お願いがあります!」



お坊さん「どうしたんだい? もう毒がなくなってしまったのかい?」



嫁「いえ!違うんです。毒はまだあります」


お坊さん「それじゃそんなにあわててなにをしに来たんだね?」


嫁「解毒薬をください!」


お坊さん「解毒薬? 間違えて夫に飲ませてしまったのかな?」



嫁「いいえ、毒は姑さんしか飲んでいません。お願いです、姑さんが死んでしまったら、私、どうしたらいいのか・・・」



お坊さん「ほう・・・殺したいほど憎かったんじゃなかったのかい?」



嫁「憎かったです、本当に殺してやりたかった・・・でも、この数ヶ月間、少しずつ様子が変わってきて・・・以前の姑さんとは別人のように私をかわいがってくれるんです。こんなに優しい人だったなんて、いまになって気が付きました。毎日が楽しくて、実は、もうムリな演技もしていないんです。姑さんがいてくれないと私・・・」


お坊さん「今の気持ちは本心なのかな?ずいぶん心境が変わったようだけど」



嫁「はい、本心です。だから解毒薬が欲しいんです。」



お坊さん「そうかい・・・でもね、解毒薬は、ないんだ・・・」


嫁「そんな! お坊さん、どうにかならないんですか!お願いします!」


お坊さん「もう一度確認するよ、・・・解毒薬が欲しいという気持ちは本心かい?」


嫁「はい本心です。お願いです・・・姑さんを助けてください!」



お坊さん「解毒薬はない・・・でも、あの白い粉ははじめから毒ではないんだ。ただの塩だ。安心しなさい」



嫁「え?」


お坊さん「あなたが死ぬ気で演技をしたら、姑さんが変わることはわかっていたんだよ」



嫁「・・・」


お坊さん「人はみんな愛されたいんだ。あなたもそうでしょう?」



嫁「・・・はい」


お坊さん「だけどね、愛をくれって言い合うだけでは憎しみしか生まれない。愛されたいならまず愛をそそぐことが必要なんだよ」



嫁「はい・・・私は愛が欲しくて、愛してくれない姑さんを憎みました」



お坊さん「自分が先に愛をそそぐ・・・これはとても大切なことだけど実践するのは大変だ。あなたは命がけで演技をしたよね、よくがんばったね」



嫁「はい」



お坊さん「憎んでいる人に対して優しい演技をするのは大変だったよね」



嫁「・・・うっ・・・うっ」



お坊さん「演技とは言え、姑さんは愛を感じたんだ。それだけ愛に飢えていたのかもしれない。この半年間、あなたが努力を続けたから姑さんが変わったんだ。いま、あなたも姑さんも幸せだろう。よかったね」



嫁「はい」



お坊さん「人の心はこうやって変わっていくものなんだよ。愛してくれたら愛してあげるとか、謝るまで許さないとか、意地の張り合いなんかどうでもいいんだ。あなたは・・・ただ愛しなさい」



嫁「・・・わかりました」



お坊さん「これからは演技ではなく、本当の愛をそそいで生きなさい。もっと幸せになれるはずだよ」



嫁「はい、ありがとうございました」




以上です。


「愛は先払い」という話でしたが、現実問題としては、話はこんなに単純ではありません。
現実社会には、愛が欲しくて悩んでいるお坊さんもたくさんいますしね。
上記はあくまでも「例え話」として解釈してください。


この話に登場する「嫁」は、演技として「愛」をそそぎ、それが姑の心に響いた結果、状況が好転しました。
実際は、双方が歩み寄りながら実践していくことが本質的かもしれません。


その後、この「嫁」と「姑」の関係はどうなったんでしょうか・・・この事件を教訓にできれば、子どもや孫に恵まれ、お互いに助け合いながら幸せな人生を送ったかもしれません。
逆に、不完全な人間らしく、またいろいろな問題を抱えて悩み続けた人生かもしれません。


みなさんの人間関係がうまくいかないとき、この話を思い出してください。


◎まとめ

大人の愛は「先払い」です。
赤ちゃんのように、「愛をくれ!」と泣き叫んでも、大人になってしまったら、愛をくれる人はいません。
大人になっても「愛をくれ!」と叫んでいると、「これが愛だよ」と、「愛のようなエサ」をチラつかせる人にひっかかり、寄り道をすることになります。
愛は、要求することでは絶対に手に入りません。
愛はそそぐことで返ってくるものです。

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