仕事だけが社会貢献じゃない

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社会貢献というのは、「仕事をすること(ボランティアも含む)」だけではありません。
場合によっては、「仕事をしないこと」も社会貢献になります。
たとえば、とても忙しい調理の現場に子どもが入ってきて、やる気満々で「なにか手伝います!」と言っても、現場を効率よく回すためには、子どもがなにもしないでくれることが一番ありがたい場面があります。


その場合、大人たちは、子どもの機嫌を損ねないように配慮しながら、うまく子供を現場から退出させようとします。


子どもの「やる気」は、大人に対して「忙しくお客様の食事を作りながら子どもの気持ちに配慮して退出させる」という高度な対応を要求することになります。
しかも子どもは、自分のやる気を台無しにした大人に対して、「せっかく手伝ってあげようと思ったのに」と不満が残ります。
実力がない人間が頑張りすぎると、社会貢献どころか社会の負担になり、しかも、自分も相手もストレスになるわけです。


社会貢献の実力がない人は、その実力に気付き、納得した上でなにもしないことが、社会貢献と言えるわけです。
「なにもしないことが社会貢献になる」と信じられない人は、自分の「小ささ」をまだ理解していないからです。
「自分は一人前だ」と信じたいと焦りが出てしまい、その焦りがまた自分を追い詰めてしまいます。



大人たちが子どもに対して望むことは、「即戦力になる実力を身につけること」です。
同じように、社会があなたに対して望むことは、「即戦力になる実力を身につけること」です。
自分に実力、つまり社会への適応能力があるかどうかは、仕事をしてストレスを溜めているかどうかで判断できます。


ストレスを溜めている人ほど適応能力がないということですから、社会に出るには、適応能力を身につける必要があります。


社会には、あなたを傷つけないように配慮しつつ、あなたの実力を引き出せるような余裕がある人はほとんどいません。
あなたが自分を自立させ、即戦力にならない限り、積極的な社会貢献はできないわけです。
だから「今は仕事をしない」ということが、社会貢献になることがあるんです。
とは言え、自己啓発セミナーや宗教をやったり、お金でどうにかなる民間の資格や検定にコストをかけるのはほとんど無駄です。
極論すれば、それらでは、体臭や口臭、悪いクセ、子どもの思考などは改善されないからです。


就職で焦った時は、「仕事だけが社会貢献じゃない」ということを忘れないでください。
焦ってしまうと、実力がないまま忙しい現場に足を踏み入れ、「なんでも手伝います!」と、はりきっている子どもと同じになります。

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