恋愛の助言を聞けないのはなぜ?

(読了目安5分)

包丁の使い方と車の運転の練習を例に挙げながら、人が恋愛の助言を聞けない理由について考えてみましょう。


たとえば、料理に関して、

「包丁を使うとケガをしてしまう」

「包丁でケガをするのが怖い」

「料理に時間がかかる」

「料理が好きになれない」

こんな悩みを持っている人がいるとします。
マスターにはその悩みの理由や解決方法がわかりますから、マスターが助言をして練習すれば、その人の悩みはほとんど解決します。
これまでにマスターと一緒に包丁の使い方を練習した人は、みんな「切るのが楽しいです」「料理が好きになりました」と言います。


また、車の運転に関して、

「車の運転が怖い」

「不安しかない」

「駐車ができない」

「車を頻繁にぶつけたり、こすってしまう」

こんな悩みを持っている人がいるとします。
マスターにはその悩みの理由や解決方法がわかりますから、マスターが助言をして練習すれば、その人の悩みはほとんど解決します。
包丁の使い方の練習より時間がかかりますが、やはり練習をしたすべての人が、練習前と比較して、自分の成長を実感します。
そして、車の運転が楽しくなり、積極的になることができます。


これはバイクの練習も同じです。
バイクについて何も知らなかった人も、しっかり練習することで、ベテランライダーも驚くような運転ができるようになります。
また、日曜大工でも同じで、以前「いつか友達のDIYの手伝いをしたい」、と言っていた女性は、マスターと一緒に様々な工具やハケの使い方を勉強し、ウッドデッキの組み立てや塗装を体験して自信をつけました。
そして後日「日曜大工の楽しさを知りました」とメールをくれました。


包丁の使い方、車の運転の練習、そしてバイクや日曜大工などは、みんな素直に助言を聞き、ほぼ全員が目に見えて上達し、楽しめるようになっていきます。


いま、恋愛に関して、

「彼氏ができない」

「人を好きになれない」

「恋愛が長く続かない」

「結婚したいのにできない」

こんな悩みを持っている人がいるとします。
マスターにはその悩みの理由や解決方法がわかりますから、「生きる練習」をすれば、その人の悩みはほとんど解決します。
助言を聞いて練習をすればどうなるか・・・そう、恋愛も結婚もできるようになります。


しかし・・・


不思議なんです。


たとえば包丁の使い方を練習している人に、「今は料理のコンテストに出ても優勝できないから、もう少し練習した方がいいよ」と助言すれば、素直にその助言は聞けるんです。


車の運転も同じで、「今レースに出ても優勝できないから、もう少し練習した方がいいよ」と言えば、きっと素直にその助言は聞けるんです。


ところが、「いま恋愛しても長く愛されないから、もう少し練習した方がいいよ」という助言になったとたん、多くの人が聞きません。
マスターから見れば、「その実力では絶対に破綻する」とわかる人が、「そんなことはない」と信じて男性と付き合い、別れてしまうんです。
愛をそそぐ実力がない人の恋愛や結婚の行く末は明確にわかるものなんです。


・・・にもかかわらず、「恋愛」については、先人の言葉を素直に聞く人は少数です。


みなさんは、包丁も車も、楽しく効率よく扱えるようになったら嬉しいですよね。
ケガや事故なく過ごすことは、自分に対してだけでなく、周囲に対しても愛ですからね。
人生も同じで、楽しく効率よく生きることができれば、それが愛です。
「私には私のやり方があるの、私は山あり谷ありでいいの」と言う人もいますが、本当にそう思っているなら、ストレスなく生きられるはずです。
しかしそう言っている人も、結局ストレスを溜めてしまうんです。
理由はもちろん「本意に反した生き方をしているから」です。


ストレスが溜まっているというのは、なにかを間違えている状況証拠です。
包丁の使い方で言えば、頻繁なケガは、なにかを間違えているという状況証拠ですし、車の運転で言えば、頻繁な事故やドキッとする出来事も、なにかを間違えている状況証拠なんです。
これらは、包丁が悪いわけでも、他の車が悪いわけでもなく、自分の問題です。
人生も、ストレスが多いなら、それが「なにかを間違えている」という状況証拠です。


「状況証拠」があるにもかかわらず、人はなぜ人生の問題になると、「自分の考えが正しい」と信じようとするんでしょうか・・・
「自分が間違えていた」と認める勇気のある人が、成長できるのかもしれません。



◎恋愛の助言を聞けないのはなぜ?


みなさんは、明らかにダメな男と付き合っている友達に対して、「あんな男、やめておきなよ」と言った経験があると思います。
そして、その助言が無駄だった経験がほとんどだと思います。


人が恋愛の助言を聞けない理由はなんなのか・・・


キーワードは「多様性」と「少数派」です。
遺伝子が「存続・生存」を目的とするなら、人の判断基準や行動が、「一様」では絶滅の危険があります。
また、多数派が100%を占めてしまったら、多数派に致命的な間違いがあったときに人類は絶滅しますから、大きなミスからでも復活できる程度の少数派が常に必要です。
包丁や車の技術には、目に見える「上手・下手」があるため、助言を聞き入れやすい状況ですが、「人生・幸せ・愛」などには、目に見えるものも数字で表現できるものもありませんから、人間それぞれの「感じ方」が大きく影響します。
そもそも愛の定義もあいまいですし、やはり恋愛の助言というのは、なかなか聞けるものではないのかもしれません。
また、先人の意見は、9割は正しいとしても、1割は間違えていますから、その1割に賭けてみたくなるのが若者の特徴とも言えます。


包丁や車の練習なら、お金を払ってでも先人の助言を聞こうとする人が、分野が恋愛になると、急に先人の助言を聞けなくなります。

人が恋愛の助言を聞けないのはなぜか・・・

みなさんも自分の経験から考えてみてください。

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