犬 3 人が犬のために生きる

(読了目安7分)

◎人が犬のために生きる


昔、犬は人間の役に立つために飼われていましたが、今は一部の場面で逆の状態になっています。
なんと、人間が、犬の生活のために生きているんです。
それをするのは主に女性です。
高価な食事、高価な服、そして高価な犬グッズ・・・そして犬が病気になったときの医療行為も含め、犬のために収入の全てを使い、犬のために借金をする女性もいます。
それらは全てペットビジネス業界が流す情報に左右されていますから、たどりつく先は、「愛」とは反対の世界です。


理想の人間関係が作れるなら、人は犬を飼うことはありません。
現代人は、人間関係がうまくいかなくなり、寂しさを癒すために犬を飼うんです。
そして、人との関係をおろそかにして犬を飼うことは、大きな視点から見れば、人類の絶滅を意味します。
人間は「人を絶滅させる行為」から、本当の愛を感じることはできないようになっています。
「生物・本能」という面から見ても、人が本当に欲しいものは人ですから、人が犬のために生きても、人が求める愛にはたどりつけないということです。


「ペットのために生きてなにが悪いの?」、こう感じる女性は、ぜひ一度このnoteを全部読んでみてください。
犬を飼うかどうかは、今後の人生を決める大切な出来事です。



◎犬友 (いぬとも)

犬を飼うと、犬関連の友達を作りやすくなります。
犬を飼っているだけで、すでに分かり合えたような感覚になるのかもしれません。
マスターの生活で、似たようなものを挙げると、「バイク」があります。
バイクに乗っていると、観光地や道端で出会ったとき、「どこからですか?」とか、「(ナンバーを見て)○○からですか!」と、とても間単に声を掛け合えるんですが、その感覚と似ています。
(マスターは昔、バイクに乗っている女の子に声をかけてナンパしたこともあります)


犬を飼っているだけで友達は簡単に作れる・・・これはほぼ間違いありません。


・・・しかし。


やっぱり犬を通すと、結局は表面的な友達であって、心と心が触れ合うような深い関係にはなかなかなれません。
人間同士の直接の会話ではなく、ほとんど犬関連の会話しかできないからです。
犬がいないとその先が続かないわけです。
※バイクも出会いのきっかけはすぐに作れますが、その先は自分の「人間力」です


「かわいいよね~」


「うんそうだよね~」


「着せるならこんな服がいいんじゃない?」


「そうかも、でもこっちもかわいくない?」


「いいよねそれも!」


「でしょ?」


「こんど犬に服を着せて一緒に出かけようよ」


「うん、そうしよう!」


「楽しみだね~」


「そうだね~」



「犬友」は、こんな感じで表面的な付き合いになりがちです。





◎大人は子どもよりやることがやっかい
子ども同士のケンカで死者が出ることは、まずありませんよね。
しかし大人同士のケンカは死者が出ることもあり、戦争などでは大量の死者が出ることがあります。


大人は怖いです・・・


上記のような「犬友」の会話は、着せ替え人形で遊ぶ子ども同士の会話とほとんど変わりません。
しかしやっかいなのは、犬を飼う大人は「人形」ではなく、「命」を使って遊んでいる、というところです。


やっぱり大人は怖いです・・・


犬を飼うということは「命を扱う」ということです。
この意識が低い大人が犬を飼うと悲劇が生まれます。


◎ポチなのか犬なのか


その犬の名前がポチだとします。


「私はポチが大好き、ポチのためならなんでもできる」


こう言う飼い主は、ポチという「個体」に愛をそそいでいるんでしょうか。
それとも犬という動物が好きなんでしょうか。


・・・それは、ポチの死後にわかります。


ポチの死を悲しんだ後、すぐに次の犬を飼うのであれば、その人はポチではなく犬が欲しいわけです。
言ってみれば「ペット依存症」です。
ポチを愛しているのか、犬を愛しているのか、わからない飼い主も世の中には多いようです。


◎信念だけじゃ・・・

犬が人を傷つける事故についてです。


「うちの犬は大丈夫、絶対に人に対して吠えないし噛み付かないわよ」


こんな信念が、犬による人身事故(ケガ)の原因になります。


「自分の犬は安全」と信じている人もいるみたいですが、これは傲慢で無責任な考えだとわかるでしょうか。


他人の気持ちを100%わかる人がいないのと同じように、犬の気持ちが100%わかる人なんかいるはずないんです。
犬による人身事故は後を絶ちませんが、その原因は、「私は犬の気持ちを100%わかっている。わかりあえている」、主にそう信じたい飼い主の甘えがあるからです。


信念だけでは犬による人身事故は防げません。
必要なのは、信念ではなく行動なんです。


ひどいパターンになると、「あいつがうちの子を脅かしたからビックリして噛み付いただけ、叱られてかわいそうな私の子、怖かったわねえ、ああよしよし」


となります。


この場合、責任は犬の「飼い主」にあり、噛み付いた犬も、噛まれた人も被害者です。
飼い主は、自分の価値を下げ、他人から嫌われ、犬の社会的地位を下げます。
飼い主のしつけ不足・油断・傲慢が重なると、こうなります。



◎人間がペットになったら・・・


人間の中に「ペットブーム」があるように、仮に宇宙人の中で、人間を飼う「人間ブーム」が訪れたとします。
そんな中、「人間の中でも日本人が従順」という噂が立ち「日本人ブーム」が起こりました。
宇宙人のペット業者は、日本人を増産するために、日本人を手に入れようとします。
日本人はことごとく増産のために捕まり、望まないセックスをさせられ、出産を続けます。
また、効率よく増産するため、人工的に双子・三つ子を産まされます。
産まれた子どもはすぐに母親から引き離され、保育器に入れられて育ちます。
そして子どもたちは「いま流行りの日本人」として高く売られますが、売れ残った子どもや、飽きて捨てられた子どもたちは、人体実験に使われたり、
最終的に保健所で殺処分されたりします。


・・・短く書きましたが、これって人として幸せでしょうか。
子どもを産まされるあなたや、子どもたちは、幸せでしょうか。


マスターは、犬の喜怒哀楽は、人間と同じような感覚ではないと思ってますが、犬好きな人の中には、


「犬は人間と同じか人間以上に感性が豊かなのよ」

とか、

「動物は、わかっていないようでわかってるのよ」


なんて言う人もいます。


しかし、もし本当にそう思っているとしたら、「ペットブームの中、流行で産まされ、やがて捨てられていく犬は、実はとても苦しんでいるかもしれない」、こう思うこともできるはずです。


宇宙人のペットになるために生産されたい人はいませんよね。
犬の立場になってみればわかるように、犬はもともと人間に飼われることは望んでいません。
「犬は人間の利益のために生まれ、死んでいく」、このことを忘れないでください。
そしてそのことが本当にわかったとき、ペットを飼いたいという気持ちはなくなるはずです。


保護犬などは話が変わる場合もありますが、ペットショップで意図的に「生産」された犬については、「犬を愛しているから犬を飼う」というのは愛ではないとわかるはずです。
逆に、犬に愛情をそそごうと思ったら、「犬を愛しているから犬を飼わない」・・・こうなりますし、本気でそう思えたとき、あなたは犬に愛をそそいだことになりますから、気分は心から晴れやかなはずです。


「犬を愛しているから犬を飼わない」

「直接的であれ間接的であれ犬を増やす行為は愛ではない」

これが本質です。


「人間がペットになったら」と考えてみれば、そのことがよくわかると思います。



次回も以下のような内容で続けます。

◎殺生をしないことが目的のベジタリアンがペットを飼うということ
◎ペットブームの裏で
◎人はムリだから
◎運命の出会いなのか
◎心を満たす
◎おいしいもの依存症
◎ビジネスのターゲット
◎本当に犬を愛しているなら
◎長く愛されるか
◎生きるために
◎悪循環

・・・

投稿タイトル一覧は以下です。