あまいすっぱいにがい

私は人より嗅覚が優れていると言われています。

季節の変化は植物の色よりも空気の匂いで感じますし、雨が降りそうだなということも匂いで判断します。

高校生の頃までは、家に着いた瞬間に晩ご飯のメニューを当てられたし、強い香水をつけた人のたどった道を追うこともできました。

ここまで来るともはや犬です。

だからなのかわかりませんが、ありとあらゆる記憶が匂いと結びついています。


最近、私のマンションのエントランスにユリの花が生けられています。

とても甘いにおいがするユリの花。

そこを通るといつも同じことを思い出すんです。

中学生のとき、一番見てた舞台のDVDのワンシーンを。


私は中学生のときオーケストラ部でホルンを吹いてました。

年末にある大きなオーケストラの舞台に向けて練習をしていたある日、急に舞台から外される宣告をされました。

オーケストラでのホルンは基本的に4人が定員です。

しかし私は年齢順で数えると5番目でした。

当時、顧問からは「キミは先輩よりもホルンうまいからね、オーケストラ乗りなよ」と謎に認められいました。

実力は認められているのに、顧問の許可ももらってるのに、ただただ年齢で決められたことが本当に悔しくて。

先輩に5番目でいいから、どんなパートでもいいから出してくれと懇願しました。

でも、一番偉かった先輩は出してくれませんでした。



結果、病みました。

ストレスで手が荒れやすくなり、ハンドクリームと綿の手袋が必需品になりました。

それまで部活にかけてきた熱量を、勉強と舞台に向けるようになりました。


手の荒れを心配した父親は、インド出張のお土産に「ヒマラヤクリーム」という保湿クリームを買ってきてくれました。

私は両親が寝静まった暗いリビングで、大好きな舞台のDVDを見ながらそれを全身に塗りました。

その「ヒマラヤクリーム」から香ったとっても甘いユリの匂い。

悔しい思い出と大好きな舞台と一緒に記憶されているこの匂いは生涯忘れられないでしょう。


エントランスにあるユリの甘いにおいは、今日も私の苦くて酸っぱい記憶を刺激するのです。



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