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思い出カメラ

街なかを歩くのは楽しい。

別に、そこがにぎやかで活気に満ちているから、楽しいというわけではない。

一人で歩くと心が軽くなるから楽しいのである。そこでは、人にあまり気を使うこともなく、ふりをしたり気取ったりすることもない。それにいろいろと自分の思ったことを空想するのにもさほど支障はない。

歩きながら、イマジネーションの世界に浸っていられる心の爽快さである。

男女のカップルがときたま通り過ぎるが、あまり、気に掛かることもない。

たしかに、僕には彼女はいないのでうらやましい気もしないでもないが、気を使うのが苦手な僕にとってはこうやって一人歩きしている方が似合っているということであろう。

ああ、若い頃に出会ってもう別れてしまったあの彼女は今は何をしているのであろう、などと自由に空想しながら歩いていると、前方から人が近づいてきた。何か僕の方に向かって歩いてくるらしかった。よく見ると男の人であった。あまり背は高くなく、小柄でまだ若そうであった。なかなかのハンサムであったので、僕は少し劣等感を感じてしまった。

何か僕に用事があるのかと思ったが、そのまま通り過ぎて行ってしまった。

彼が去った後、僕の心は少し渇きを感じた。そうして、辺りを見ると目に映るものといえば、白黒であった。それにマンガの一コマ一コマのようでもあった。

僕はどこに迷い込んでしまったのかと、この不可解な出来事に戸惑った。どうしたのだろうと、近くのベンチに腰を下ろした。

しかし、よく目を凝らしてみると目の前はまた、カラフルさを取り戻した。そして、ほっとしながらかばんからタブレットを取り出し、スイッチを入れた。

その後、少したつと後方からカメラのシャッターの音がかすかに聞こえた。

そのとき、僕は右手に一枚の写真を持っていた。

昔、別れた彼女が微笑んで写っていた。


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