試住(空間の"お試し")

[はじめに] [目次]

「試住」という言葉は、まだまだ聞き慣れないかもしれない。比較的新しい分野の試〇だと思う。前々から不動産の世界で時折使われることはあったけど、最近メディアでも見かけるようになったと思う。定義は明確ではない。文字通り、試しに住むで、「住む」ことの"お試し"だ。衣(試着)、食(試食)と続いたので住をとりあげてみた。ようにも見えるかもしれないが、そうではない。

試住の意味

試住が試着や試食と違うのは、対象がモノではなく空間だ。空間の"お試し"だ。住宅もたしかにカタチがありモノだけれど、服や家電、食べ物とは趣がやや違う。空間の居住性に価値と意味がある。

試着、試食の様に通販で送ってもらうことができないから、現物を自宅で触れることはできない。出向かないといけないから、移動の手間や時間はかかる。

もうひとつ、試住が重視されるようになったのは、住宅は一般的に高額だからだ。高額だから気軽に買えるものではない。賃貸だとしても、敷金礼金手数料、引越し代などそこそこ掛かる。買ってみたものの気に入らないから明日は別の服を着よう、ということは住宅ではしにくい。だから、じっくり確認したいという思いは根強い。

体験宿泊

では、試住とは何か。たとえば、住みたいと思っている家があるとする。そこに試しに住めるようになった。当たり前の様に聞こえるかもしれないけれど、意外とそう簡単ではなかった。

街中によく住宅展示場がある。そこに、モデルハウスがある。そこに泊まることで住宅を体験することができるようになった。体験宿泊などと呼ばれている。大手をはじめ、多くの住宅メーカーが取り組んでいる”お試し”だ。だいたいは無料だけれど、共通の仕様があるわけではなく、メーカーによってスタイルは異なる。

対象は、買ってくれそうな人が前提で、旅館・ホテルの様に誰でも泊まれるわけではない。調理はできないなど、利用に制限がつくこともある。宿泊も1日とか、せいぜい2,3日で、春夏秋冬の季節の移ろいまでは体験できない。それでも昼間の見学よりも、生身の住宅を感じることができるはずだ。朝目が覚めた瞬間に感じるものもあるだろう。

体験宿泊は、展示場のモデルハウスだけではない。新築分譲マンションや寮、シェアハウスなどでも、そんなにはないけれどやっていることはある。寮やシェアハウスの場合は、建物のこともそうだけれど、共同生活やコミュニティの”お試し”の色彩もある。共同生活の"お試し"という意味では、ルームシェアの試住をマッチングさせるサービスもある。同棲や半同棲も一種の試住かもしれない。

街の”お試し”

しかし、家を体験しても、住宅展示場に住むわけではない。展示場の土地ごと買うといった特殊なことをしない限り、気に入ったからってそのまま住み続けることはできず、家は違う土地に建てるのが普通だ。

どんな家に住むのかも大事だけれど、どこに住むのかも大事だ。確かめておきたいのは、家の中だけには限らない。まだ、家を建てる土地が見つかっていないなら、どの街やエリアに住むかからだ。

住宅メーカーも不動産屋さんも、そこまでの"お試し"サービスは提供していないから、自分で工夫して確かめるしかない。Airbnbを活用して、気になるエリアの物件に1週間宿泊して生活してみるというやり方もある。もう少し時間をかけて吟味するなら、賃貸で試しに何か月かどこかの部屋を契約して住んでみて、気に入ったらそのエリアの土地を物色する。そういうことはできる。地域は限られるけれど、街の試住を支援するサービスもある。※事例:マイクロステイ

しかし、住みたい具体的な土地があったとしても、試しに家を建てて住ませてもらう、というわけにはいかない。マンションや戸建てを買う場合でも、その物件に試しに住むというのはなかなかハードルが高い。

賃貸で"お試し"

そんな中でも、試住に果敢に取り組むところも登場してきていて、違ったアプローチで色々なサービスや仕組みも生まれている。

購入を検討するものの、実際に住んで物件や周辺環境を体感した上でじっくり考えたい、そういう人のために、マンションを賃貸して住み、購入したいとなった場合、それまでに支払った家賃の一部を購入資金に充当できる仕組みだ。ちょっと数年前にあった試みで、その後を聞かないけれど、その名も「試住(タメ/スム)」という。※事例:タメスム(リビタ) 

一部充当ではあるし、引っ越しに掛かるお金もあるから、無料"お試し"とは言わないけれど、それでも普通にマンションを借りればお金もかかるわけであり、購入になるともっとお金がかかるところ、そのリスクや負担はいったんは回避できるわけだから、結構大きい。洋服や家電をレンタルして、気に入ったら買い取ることができるサービスに似ているかもしれない。

逆に、購入してみて、嫌なら売るのを手伝う、そういう仕組みもある。90日間、試しに住んでみて、住むのが難しいなとなったら売却する、買値の9割で買い取ってもらう、そのサポートや保証をしてくれるサービスだ。購入して"お試し"というのが、購入前の"お試し"とは勝手が違うけれど、それでも実質的には負担を回避できるという意味では同じともいえる。「タメ/スム」と比べると、アフターサポートを手厚くするアプローチと言えるかもしれない。※事例:カウトキ(条件は当然あるので要確認) 

もっとも、高い買い物で、お金も大きく動くし、手間暇や色んな負担がかかってくるから、気軽に「ちょっと試しに住んでみます」とは言いにくい。不動産は衣類や食品などと比べると、資産価値のことや取引の複雑さや難しさもあるから、こういった試みもそう簡単ではない。だから、期待したい。

移住の試住

どこに住むのかという点では、もう一つの視点がある。それは、移住だ。移住の界隈では、住宅購入とは違ったかたちの試住が盛んだ。最近の通信インフラ整備やリモートワークの普及で、住処の選択肢も広がりつつあるから、注目も高まっている。

人口減少が課題になっている地方自治体では、Uターン、Iターンなど移住での流入を促している。移住での試住は、家を試すというよりも、地域のくらしを試してもらうことが目的なので、生活体験としての試住だ。しばらく生活をして地域の魅力を知ってもらう、合う合わないを確かめてもらうというものだ。

★図表:移住の試住の事例

なにしろ移住は、仕事や人生そのものを変える可能性が高いから、移住希望者も慎重にはなる。街や家だけではなく、地域の人間関係も確かめたい。夏はよくても冬は、こんなはずじゃなかった、ということも避けたい。遠いところからの移住が多いから、簡単に試しには行きにくい。

そのため、自治体もさまざまな移住促進のための試住・体験生活の機会を提供している。地域によっては、空き家の有効活用もそうだし、農業漁業体験など地域のしごとの"お試し"や、コミュニティとの交流の"お試し"もサポートされている。気長に試せるようにしてくれているところも多い。

素敵な地域は全国津々浦々にある。意中の場所がある人は別として、移住に憧れてはみたものの、どこに住んでいいかわからないという人も多い。試住の募集にも、応募するのも腰が重い。そういう人には、逆に受け入れ側からのスカウトサービスというのもある。要はマッチングだけれど、それもひとつのキッカケだ。体験生活など自治体ごとにプログラムを用意しているので、さらに敷居は低い。事例:SMOUT  

しかし、それでも距離や移動という負担は残る。だいたい移住したい先は遠いところになりがちだ。そういう人向けに、旅行会社主催の移住体験ツアーもある。ツアーの良さはなんといっても見ず知らずの小さな街や人々の輪へ、座ってるだけで運んでもらえることだ。それも効率的に。第三者的なサポートもしてもらえる。

ショールーム

もちろん、泊まらなくても、住空間は体感できる。住の全体については、モデルハウスやモデルルームに行けば、見せてもらえる。宿泊する方がかなり少数だろう。

住宅の一部、たとえばキッチンとかバスルームとか住宅設備機器に絞ると、ショールームがその役目を果たしている。ショールーミングストアではなく、本来のショールームだ。家具や家電もショールームがある。でも、そっちは選択肢の多い小売店に足を運ぶ人が多い。

ショールームは買い手にとって、商品に触れられる体感の場である。買う買わないに囚われなくていいから、本来、敷居が低い。気軽に入りやすいし、気軽に相談もできる。

売り手側はショールームのことを、商品だけではなく企業自体のPRやコミュニケーション、時にはメセナの場として位置付けているところもある。洗練された格好良さがある。そのために、買い物にある生々しさがあまりない。だから、逆にリアリティに欠けるかもしれない。なので、キッチンを確かめるにしても、錯覚も生じるかもしれない。

ショールームも従来の型の殻を破ろうとしている。たとえばシステムキッチンメーカーでは、ショールームのキッチンで料理教室を開くなど体験型コンテンツを提供している。その料理教室を主宰できる人を組織化して教室につかってもらい、生徒さんに気軽に足を運んでもらうことで、メーカー側もキッチンのメインユーザーであり財布を握っているであろう見込み客(生徒さん)に接触する機会も獲得している。※事例:クリナップ 

コラボ

しかし、ショールームはあちこちにあるわけではないから、足を運ぶ負担が生じる。服の様に宅配レンタルできるとありがたいけれど、システムキッチンは大きいから難しい。家具もレンタルできるところもあるけれど、ソファやベッド、大きな家電は場所を取るから、そのたびに搬入して設置し、気に入らなかったら戻すというのは大仕事になる。大変だ。

とはいえ、お金になりにくいショールームをあちこちに出店・設置するのは、売り手としても大変だ。大きなものだから場所もとる。その分、スペースも賃料も必要だ。対象を絞ると、足を運んでくれる人も限られてしまう。

そこで他の施設とコラボするケースも多い。たとえば、ホテルの寝室にベッドや枕を置かせてもらい、大勢の宿泊客についでに寝心地を試してもらう。基本的にはPRのための設置だけれど、本気で試したい人は、宿泊代はかかるが、一晩泊まって寝心地を確認できる。『貸会議室×インテリア』、『カフェ×照明』、いろいろな組み合わせがある。家具と家電も、ありそうでなかったコラボだったりする。

メーカーではなく流通が運営するショールームがある。「蔦屋家電+」だ。“次世代型ショールーム”と銘を打つ。もともとある「蔦屋家電」の中にある”プラス”だ。元祖の方は、カフェと本と家電という業態融合で敷居が低い。コーヒーを飲みにいったついでに、本を買いにいったついでに、家電にも気軽に触れることができる。コラボレーションは、場所代節約というよりは、敷居や垣根を取っ払うバリアフリー効果もある。事例:蔦屋家電+

ARとVR

ただ、キッチンや家具だって、ショールームで機能性や使い勝手がわかったとしても、家に置いてみないとわからないこともある。部屋や他のインテリアとのデザインの調和はどうか。設置スペースは十分か。

試着のところでもARのことに触れたけれど、住設機器やインテリア、家電、家に置くものでもARの活用は盛んだ。ショールームでも確認できるところもあるし、スマホで利用できるアプリも提供されている。ただし、レイアウトのイメージの確認で、機能や使い勝手は確認できないから別途の"お試し"が必要だ。あくまでも、モノの"お試し"ではなく、空間の"お試し"の一環としてということを忘れてはいけない。

★図表:AR活用事例

ARは傍から見たイメージで、中に入り込んだイメージとしては弱い。立体感とでも言うべきか。住空間は「傍」ではなく、「中」のことでなくてはならない。そこで活躍するのがVR(バーチャル・リアリティ)だ。

VRをきちんと説明するのは大変なので、とりあえず右に倣えで「仮想現実」としてみる。VRゴーグルとか、ヘッドマウントディスプレイで体感するあれでよいと思う。映像や音で作られた仮想の世界に入り込んで、あたかも本当にそこにいる様な錯覚にさせてくれる技術だ。空間のことには持ってこいだ。

VRはまだ建っていない新築の家を確かめることもできる。「こういう家はどうですか?」という存在しない家を仮想の空間に建ててもらって、その中を“歩く”ことができる。

試住の進化があるにせよ、オーダーメイド住宅となると簡単に体験宿泊というはいかない。一から設計して建てる新築1軒家のために、同じ1軒のモデルハウスを作るのは厳しい。これまでなら作り手は、間取り図、パース、よくても模型で見せていたんだと思う。しかし、それでは、中に入った体感は得られない。なので、VRは一線を越えた。

作り手は設計図をもとに「こういう家はどうですか?」という新しい家のVRコンテンツを作成し、買い手はVRゴーグルをつけてその家の玄関をくぐり抜け、廊下を進み、リビングに入る。そんなことが仮想空間上はできる。

VRを活用した事例はたくさん出てきている。新築注文住宅に限らず、リフォームでも利用できるし、戸建てであれマンションであれ、既にある販売・賃貸物件の内覧にも利用できる。遠路はるばる足を運ばなくてよい。

ただし、VRも一種のシミュレーションだ。生の体感という意味では宿泊体験には及ばない。売り手にとってもVRコンテンツの作成も費用が掛かるので、そう簡単ではない。機器類も負担だ。そこで、VRゴーグルを用いない簡易なVRモデルハウスも増えている。スマホやパソコンのブラウザ上で見ることができる。物件情報とともに閲覧できる。仮想空間に入り込むあの錯覚による"お試し"からは遠ざかるけれど、それでもそれなりにイメージは沸くし、専用機器が要らないから敷居が低い。

旅の”お試し”

VRの活用は、住居に限らない。空間の体験は場所を選ぶことはない。たとえば、学校や職場の体験にも使われている。職場やキャンバス内を仮想空間上で歩くことができる。インターンシップやオープンキャンパスのチャンスでなくても見学ができる。もちろん、確かめるべきは空間だけではないから、気を付けなくてはいけない。

空間という意味では、旅やホテルも同じだ。旅行業界でもVRの活用が進んでいる。VRゴーグルをつけて、観光地やホテルなどを覗くことができる。VRで旅そのものを済ます新しいサービスもあれば、どの旅行先にするか、どのホテルを選ぶかの判断材料として販促手段としても利用される。

★図表:旅行業界でのVR活用事例。

後者の場合は、気を付けなければならないことがある。それは、旅は非日常だということだ。飲食店と同様に、その1回の貴重な体験こそが価値だ。住居や職場、学校の様に繰り返される日常の世界ではない。初めてだからこその驚きや感動がある。それを確かめるために"お試し"体験をすると、実際に訪れた時の喜びが半減してしまう恐れがある。旅先や宿泊先を決めるときに悩むことは多いけれど、どこまでを確かめて、どこからを「行ってからのお楽しみに」するかは線引きが必要だ。



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