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"試みる"とは、自分を知ることだ

自分を知る。というと、なんだかカッコいい気がする。己を知るとか我を知るというのもそうだ。ネットで検索すると色んな格言が出てくる。就活や研修の自己分析の話からはじまり、心理学や哲学的な話もあれば、孫子の兵法や孔子の論語にも出てくる。奥の深い話だ。しかし、ココロミル論の場合は、そこまで難しい話ではないので安心していただきたい。

“試みる”をしていると学ぶことが多いということは前にも書いたけれど、学ぶまでには至らなくても、何かと気づくことも多いはずだ。特に自分を知る機会は何気にある。

まずは能力を知ることだ。英会話学校に通おうとして、体験レッスンに行ってみたら、まったく喋れなかった、ショックだったといった話だ。しかし、能力の問題は克服できる場合もあるかもしれないから、簡単に諦めてはいけない。能力がないからこそ、挑戦することだってあるわけだから。

それから、合う合わないの問題だ。適性や相性を知ることだ。相性はとても大事だ。お試しで確かめないといけない最も大事な要素だ。クチコミとか比較とか「情報」ではわからない事柄だからだ。服なんかは、特にそうだろう。試着して、サイズ的に着れるか否か(あるいみ、それも能力)もそうだが、似合うか似合わないか、他の服と合うかどうかなどを確かめるのは不可欠だ。英会話学校もそうで、習い事などの対人サービスやコミュニティがあるものは、その辺の相性も確かめないといけない。ただし、これも時が経つと変わっていることもあるし、その時の偶然の問題もある。洋服も、流行や趣味の変化によって似合うようになっているかもしれない。

それよりも見落としなのが、自分が本当に好きなのかどうかを知ること、本当に欲しいものなのかどうかを知ることだ。そんなことは、試みる以前の問題として、確かめなくても解りそうなものと思われるかもしれない。

しかし、以前は憧れてやってみたかったものや欲しかったものでも、やってみたり手に入れてみたりすると、そうではなかった、急に気持ちが冷めたという経験がある人はいるのではないだろうか。前から勉強したかった英会話も、前から欲しかった洋服も、いざ申込んだり購入したりしてみると、そんなに気持ちが盛り上がらないというか、飽きたというのか。

こういうことが生じる原因は色々ある。最初から自分の気持ちを誤解していることもある。一瞬の思い付きや衝動との混同だ。もうひとつは時間の経過の問題だ。興味を持ってから、試みるまでにタイムラグが生じている。人間の好みや関心は結構、移ろいやすい。たしかに最初は好きだったのだ。

それでも、人はその残像に囚われる。なかなかその価値観やイメージを捨てられない。好きではなかったということを自ら認めるのは意外と簡単なことではない。囚われて続ける間、その時間やお金を浪費する。だから、それを確認するためにも、まずはやってみる、早めに“お試し”することは大事だ。

年頃の女の子が、ある男の子のことを好きで好きでしょうがなくて、頑張ってアタックして落とすことには成功したけれど、付き合いはじめてみたら「やっぱり好きじゃなかった」なんてことを言いだして、すぐにポイーーこういうのは、男性としては残念なことではあるけれども、ありがちな話だ。男女交際もある意味“お試し”といえばお試しだが、相手を完全にその気にさせるまでに、デートあたりで自分の気持ちに気づいてあげてほしい。

こんなのはまだかわいい話かもしれない。高額の買い物など、一生ものの場合はそうはいかない。ようやく手に入れて何年ものローンを組んだものの、別にそれほど欲しいものでもなかったというのは、毎月の明細書を見るのも苦痛になる、私も学生時代に苦い経験がある。

そうならないためにも、即決せずに“お試し”の機会を持つ努力は必要だ。お試しの機能は、試す対象を知ることと、確認することだが、自分の気持ちを知り、確認する場でもある。ただ、それに気づかない場合もあるし、それを認めようとしない場合もある。自分の直感や心の声を聞き逃さないことだ

付け加えるならば、"試みる"を通して、最初に好きだと思い込んでいたものではなくて、別のものが本当に好きなもの、欲しい物だったということに気づいてしまうことも往々にしてある。女の子が別の男の子に本当の恋心が芽生えるように。その意味でも、やはり"試みる"や“お試し”は大切だ。

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