試し読み(コンテンツの"お試し")

[はじめに] [目次]

本や音楽、それに動画(映画)、ソフトウェアなどのコンテンツ分野は、デジタル化やオンライン化によって、”お試し”の機会が一番広がった分野のように思う。そして、デジタル・コンテンツは、“お試し”を装置として仕掛けやすい分野でもある。

★図表:コンテンツ分野の"お試し"

立ち読み

デジタル化が進む前は"お試し"の機会が今よりも限られていた。本・書籍でいえば、代表的なのは立ち読みだ。立ち読みというと、一昔前はあまり歓迎されなかった。それこそ、よくマンガで本屋のおじさんが、立ち読みしている子どもの近くで嫌味にハタキをかけて追い出そうとするシーンがよくあった(ある意味、著者の本心が表われているかもしれない)。いつからか、書店のマンガにはフィルム(シュリンクパック)がかけられ、立ち読みできなくなった。

本屋さんにとっては、あまりいいものとは捉えられていなかった。一冊読み切られると商売にならないとか、通路の邪魔になるとか理由はいろいろいある。分厚い専門書だとレアケースだと思うけど、コミック類は一日中粘る常連さんがいた様だ。立ち読みは、ブックオフなどに移っていった。

電子書籍・コミックの”お試し”

ところが、インターネットの普及や携帯端末の進化によって、電子書籍や電子コミックの普及が徐々に進んできた。その普及に一役買ったのが、デジタルならではの"お試し"機能かもしれない。

書籍の”お試し”なら、たとえばアマゾンKindleのサンプル機能で、読んでみたい本の冒頭部分を無料で読むことができる。読んでみて面白かったら、正規購入すればよい。コミックの場合は、「無料コミック」や「0円漫画」といった仕組みを用意しているプロバイダーがよくある。無料といっても、1話や1巻を無料で読めるというもので、書籍同様、続きが読みたかったら、コンテンツ取得用のポイントを購入するなどする。書籍と異なり、コミックは連載漫画特有の1話単位なので、面白くて読み進めていると、ついつい結構なお金を払ってしまうことがある。広告に捕まって、私はそれでかなりやられた。

★図表:試し読みの事例

限定利用

デジタル化によって電子書籍の方は立ち読みが進んだのは、もちろんオンライン化の普及とその手軽さもあるけれど、技術的に「限定利用」をしやすくなったからだ。

そのコンテンツのすべてを無条件に無償で利用できるのではなく、一定期間もしくは一部分を試しに利用して、よければすべてを利用するために支払い(課金)の手続きを行って、制限を解除してもらうというステップが踏めるようになったことだ。

それは書籍に限らず、音楽、動画、コンピュータソフトなど様々なソフトウェア・コンテンツに当てはまる。制限や制御の方法はシステムとコンテンツの利用形態に応じて、色々な方法が考えられる。

制限の代表的な様態は2つだ。

ひとつは部分試用だ。コンテンツやソフトのすべてを無償で利用できるようにして試してもらうのではなく、一部に絞るか、一部は使えなくすることだ。書籍の場合は、その本の最初の方だけ読めるようにして、それ以降は読めないようにするか、あらかじめ省いてある。

もうひとつは、時間制限だ。ダウンロードやインストール時から一定の期間、あるいは一定の回数までしか利用できないので、それまでに試してくださいということだ。なかには、特定の時間帯しか試せないという方式をとるところもある。
事例:

時間制限に加えて部分試用をかけるという強い利用制限の場合もある。時間制限は動画類やコンピュータソフトの方で用いられる傾向にある。

ただし、これはコンテンツ単体で成立する話ではない。紙の書籍なら、どこの紙で誰が製本したものでもよいが、デジタル・コンテンツは、ある仕様やファイル形式をもった基盤・プラットフォーム上で成立する。だいたいは互換性はない。コンテンツというよりは、そこでしか成立しないひとつのサービスやシステムの世界として捉えないといけないし、時にはそのプラットフォームごとの"お試し"の場合もある。

紙の本でも限定利用がなかったわけではない。袋とじというものがある。また、昔はフィルム(シュリンクパック)を途中のページから背表紙までかけて、冒頭は読めるようにしていた書店もあった。今は、流通の段階でかけられるから見れないのかもしれない。

NOTEもそうだ。有料記事の仕組みにも、部分試用の視点が盛り込まれている。

試着や試食で部分試用という考え方はなじまない。たとえば、パンツの試着をするのに、片足は試着していいけれど、もう片足は試着できないということはない。スーパーで餃子の試食をするのに、皮は食べられるけど、具は食べさせてくれないということはない。

一方で、時間制限の仕組みは、コンテンツ・ソフトウェア分野以外でも見受けられる。家電などのお試しレンタルは無期限ではないし、専門家への初回無料相談はあくまでも初回だけの"お試し"だ。

試聴

曲の試聴という意味では、CD全盛時代は店頭で試聴機を置いているところもあった。しかし機械の値段もそこそこする。いくらでも設置できるわけではないし、CDの費用や管理の問題もあるので、お店にあるすべてのCDを試聴できるわけではなかった。聞けるのはだいたい売れているアーティストやレコード会社イチオシの作品だ。CDをレンタルショップや家族・友人から借りて聞くという方法もあった。

今は、楽曲提供サービスの専用アプリやダウンロードサイトに試聴機能がだいたい付いている。ほとんどの曲が試聴の対象だ。ただし、無料で試聴できるのは曲の冒頭やサビなどの一部で、すべてを聴きたいのであれば、あらためて正規のものを購入する必要がある。

ただし、こういった試聴が意味をなさない場合も増えてきた。ストリーミングのサブスクリプションが普及しつつあるからだ。もちろん、毎月定額の利用料は発生するが、ストリーミング対象の曲を、いくらでも全編聞いても課金されないのなら、途中だけで留める必要はない。書籍でも同様の動きはある。

試聴の場合、対象はコンテンツだけではなく、イヤホンやスピーカー、あるいは再生機もある。しかし、これらは試着などと同様、耐久財の試用の範疇なので仕組みは違う。

試写会

映画の場合は試写会というのがある。しかし、”試の字がついていても、これは実体的には"お試し"とはいいにくい。劇場公開前に、ファンや希望者を無料で招待して開く上映会だ。メディアも招待して、プロモーション・イベントとして行われる。参加者は無料で全編見れてしまうので、改めてお金を出して見る必要がない。だから"お試し"ではない。

映画における通常の”お試し”は、予告編だろう。昔なら映画館やせいぜいテレビの宣伝でしか見れなかったが、今はネット上の特設サイトや動画サイトで見ることができる。もちろん、続きは映画館でだ。

公開後なら、DVDを借りて見るという選択肢もあるように見えるが、音楽と違って一度見てしまうと、よほどハマって繰り返し見ようとか、出演者の熱狂的なファンとかでない限り、改めて購入して見ようとは思わないだろう。売り手にとっては"お試し"の役割にはならない。

それに、オンライン化の進展によって、映画というコンテンツの領域や境界もぼやけてきた。Amazonプライム・ビデオやNetflixなどの有料動画サイトで閲覧できるが、映画以外の動画コンテンツと横並びだ。個別課金が発生する場合もあるが、音楽同様にストリーミング&サブスクリプション化が進んでいて、その場合はいくらでも見放題だから"お試し"は省略される。

お金のことは気にせず、冒頭から見てつまらなかったら、途中で見るのをやめるだけだ。これは無料動画でも同じだ。この場合の"お試し"は、せいぜい有料動画サイトのサービスを「初月無料」の期間限定で、無料で見放題するくらいだ。

コンピュータソフト

インストールするタイプのコンピュータソフトに限らず、スマホのアプリ、クラウドサービス、WEBサービスなどのオンラインサービスもそうだ。ゲームもそうだ。電子書籍や音楽などと比べると、コンテンツ(ソフトウェア)毎のお試し版の形態の自由度が高い。ソフトの個性に応じた設定をしているところも多い。

書籍や音楽、動画などと違って冒頭という観念はないから、一旦は無料でソフトウェアの全体を導入する。ただし、他のコンテンツタイプと同様に、機能が一部制限されているほか、一定の期日や回数を過ぎると使えなくなる。コーポレート利用の場合は利用人数が制限されることもある。

中にはすべての機能を無期限に利用し続けられることもある。その代わり、表示され続ける目障り(?)な広告を有料で表示させなくするとか、オプションは別料金にするとか、ゲームだとアイテム課金であるとかの、但し書き付きだ。

売り手は、制限をかけてユーザーにいじわるをしたいわけではなく、収益を図ることが大事なのだから、目的が達成できるのであれば、なんとしてでも使わせないというものではない。ただ、ユーザーへの公平性も大事にする傾向にはある。

ベータ版

ソフトウェアの世界にはベータ版という概念がある。正規版を公開する前にユーザーに試しに使ってもらうための一種のサンプルだ。不完全を前提に提供者側もユーザーも利用する。そこであがったフィードバックや発見されたバグを踏まえて改良を加えて正規版を公開する。ユーザーに"お試し"を提供するというよりも、作り手にとっての試作品といえる。

書籍の場合だとベータ版という考えはなじまないように思う。初版から第2版、第3版と版を重ねるごとに修正されたり加筆されたりしてることもある。だからといって、初版は"お試し"の扱いではない。しかし、最新版に対しての初版は貴重なものとして、マニアの間では高値で取引されることもある。

座り読み

一方で書店でも、立ち読みを歓迎する店も増えてきた。立ち読みどころか、椅子を置いて座り読みさせてくれているところもある。どうぞゆっくり読んでくださいと、店舗開発の段階から座り込みのコンセプトを設計に組み込んでくれている。蔦屋書店なんかだと、併設のカフェに持ち込んで読める場合もある。座ってじっくり読みはじめると、どうしても続きを読みたくなるものかもしれない。ついつい、買ってしまうのかもしれない。

出版社も立ち読みを書店に働きかけている。そのためにフィルム(シュリンクパック)をはずすことを書店に推奨している。本屋に人がいなくなったからだ。本屋に人がいないと本屋も出版社も売れない。そこで、1巻だけシュリンクパックを外して立ち読めるようにすると、売れるようになったという。1巻は見本(サンプル)の扱いだ。これを出版社は無償にした。※まだ出版社と書店の実証実験段階で、これも一種の"お試し"だ。事例:小学館

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