試算(将来の”お試し”)

[はじめに] [目次]

試算は概念的な”お試し”だ。たとえば、受取年金額の試算や、生命保険の支払い保険料、保険に限らずローンや定期預金の利息など、多くの金融商品の取引では、試算という"お試し"をしているはずだ。

試算

金融商品の試算なら、だいたいは営業の人が計算して示してくれる。最近は試算用のサイトを開設しているところもあるから、指示に従って条件を回答していけば、自動的に計算結果を出してくれる。ファイナンシャルプランナーのような人が代行してくれることもある。利用者がみずから計算式を組み立てるなんてなことはあまりない。

とは言いながら、試算は売り手側に提供されるだけがすべてではない。みずからする場合も意外と多い。将来のライフプランで出入りするお金もそうだし、今月の出入りのお金も頭の中でなんとなく考えることもある。スーパーで籠を抱えながら今日の買い物代を計算していることもある。

試算は、モノや人的サービスの様に即座に商品の良さに直接手を触れることはできない。つまり、体感ができない。しかしお金でいえば、金銭感覚というのがある。数字にすることで、その感覚が感知することができる。それに、よくわからなかったものや、なんとなく頭で想像していたものを、数字として目に見せてくれるのだから、可視化することで視覚に訴えているとも言える。時には目が飛び出そうなこともある。体感と言えなくないのかもしれない。

見積

見積も試算である。「見積書」という言葉に引っ張られて、一般的には支払う費用の話は試算というより見積という方が多い。特に、支払う具体的な相手がいて、よりリアリティがある場合はそうだ。けれども、本来の意味はだいたい一緒だ。内訳の具体性やリアリティがやや下がる場合は概算見積だ。

家を建てる時の見積も、キッチンはあれにして、床材はこれにして、と選んで計上していくと実際に発注した時に必要な金額がおおよそわかる。この場合は積算と言った方がいいのかもしれない。これも試算だ。

ネット上にはさまざまな見積サイトがある。複数の事業者が参加している場合は見積比較とか一括見積と言うことが多い。引越しなどが代表的だったけれど、定価設定がむずかしいサービス業を中心に幅広く活発だ。B2B分野でも旺盛だ。ユーザーが指定の条件を入力するとシステムで自動的に見積もる場合と、参加業者が個別にと回答する場合とがある。後者の場合は、営業担当者が「こでれどうですか?」とプッシュしてきている場合もある。保険料の試算用サイトも、見積サービスと称しているところも多い。

見積は支払うばかりではない。お金をもらう方でも見積してくれるサービスは多い。車の買取や家を売るときなどだ。この時は査定という言葉の方が馴染み深い。メルカリの様なフリマアプリでも大量の出品取引データをもとに、自動的に査定してくれる機能もある。

お金以外の試算

試算の対象は、お金に換算できるものだけではない。試食の対象である食べ物にだって試算はある。たとえば、カロリー計算も一種の試算だ。そして、そのカロリー計算を反映したダイエット計画をもとに、3か月後にはマイナス〇kgを実現しているという決意じみた試算をしている。もっとも、個人差のあるところであって、この試算は捕らぬ狸の皮算用のことも多い。

得られる効果や便益が数字ではない時はどうしたらよいのか。この時は自分で数値化してしまうという手もある。たとえば、テレビを買おうとしていて、いくつか候補がある時、お店で試したり店員さんとのやりとりを重ねながら、映り、音響、デザイン、サポートなどを良い、普通、悪いの3段階評価にして、3点、1点、0点と割り振り、集計してスコアにする。購入価格と割ってコスパを計算してもよい。こういったことも一種の試算だ。工夫次第だ。

シミュレーション

よく、金融商品の試算サイトなどでは、試算と同様にシミュレーションという言葉を見かける。「試算シミュレーション」とくっついたタイトルもある。たしかに、試算とシミュレーションは似通っていて被るところが多いし、特に区別をせずに使っている。シミュレーションを辞書で調べると、

1 ある現象を模擬的に現出すること。現実に想定される条件を取り入れて、実際に近い状況をつくり出すこと。模擬実験。「市場の開発をシミュレーションする」「マーケティングシミュレーション」

2 コンピューターなどを使用して模擬的に実験を行うこと。実験内容を数式模型によって組み立て、これをコンピューター処理することによって実際の場合と同じ結果を得ようとするもの。

とある。試算はというと、

だいたいの見当をつけるため、計算してみること。ためしに行う計算。

とある。当然、保険などの試算も現実的に貰えるお金と乖離があっては問題があるから、「現実に想定される条件を取り入れて、実際に近い状況をつくり出した」計算式である必要がある。シミュレーションにおける数字や計算の部分に絞り込んだものとも言える。そして、その最終的なアウトプットである試算結果に視線が注がれ、判断や意思決定に資することにウェイトが置かれている。

シミュレーションも試算も現実化していないものだから、将来についての”お試し”なのだ。起こりえない将来について、もしこうだったら、こうなるという"お試し"のこともある。たとえば東京に隕石が落ちた場合のシミュレーションやシナリオなんかがそうだ。逆に蓋然性の高い予測のこともある。むしろ、用途としてはそちらの方が多い。それは、シミュレーションや試算のひとつの産物として生まれる。天気予報や経済成長予測、美容整形のbefore/afterイメージなんかはそうだ。

シミュレーションの領域や用途の幅は実に広い。日々の暮らしに密着していない、我々の知らない世界でも様々なシミュレーションは行われている。学術や研究の世界はもとより、職場でも経営側は収支計画、商品開発部門は性能試験、マーケティング担当者は需要予測、営業担当は営業計画などの形でシミュレーションをしている。

シミュレーションも、もちろん意思決定のためのものが多い。ただ、シミュレーションの価値の対象は、算出された数字だけではない。数字で表現しない結果もあるし、その連続したプロセスが重視されることもある。コンピュータが寄与していて、技術や学術、ソフトウェア、ハードウェアの進化に負うところが大きいから、そのこと自体が主役のこともある。

コンピュータを活用したシミュレーションには、専用のプログラムが、時には専用の機械装置も必要だ。この際のモデルやロジック、計算式が肝になる。精度をあげるために。高度な分野になると各専門分野や工学的、統計学的な知見をもとにかなり大がかりなシステムになることが多いけれど、意思決定という目的に役立つなら大袈裟でなくてもよい場合も多い。エクセルでつくる簡単な計算式や表でも済むことも多い。電卓で済むことも。会社や日常生活では、特に意識することもなくシミュレーションをしていることがままある。

★図表:シミュレーションの領域

AR

数字で表現しないシミュレーション結果の一例がARだ。もちろん、その結果のプロセスは電子計算機を利用している以上、計算はされている。直接目にする画面も、計算結果がイメージとして表現されているに過ぎない。

住宅建築や家具のレイアウト、試着などでもARは利用されているが、メイクから増毛まで、美容の分野では幅広く利用が進んでいる。ARは意思決定の支援ツールでもあるが、将来図を見せてくれる希望の星でもある。増毛の未来予想図は、悩める中年の希望の星だ。事例:アデランス

しかし、ARは受け身だ。条件さえ設定してしまえば、あとは結果を待つだけの身だ。

シミュレーター

その点、シミュレーターは能動的だ。

フライトシミュレーターというものがある。大きな画面に飛行機の目の前の視界が映し出され、操縦桿がついている。たまにテレビなどでも見ることがあるかもしれない。パイロットになる人が訓練で利用している。シミュレーターはコストや安全性の面で実際のテストが困難な場合などに利用される大事な装置だ。子供や航空ファンにも利用できる機会や施設がある。

シミュレーションには将来の予測と、将来に備えた訓練疑似体験)とふたつの側面がある。シミュレーターにも、その2つの要素が備わっている。フライトシミュレーターの訓練の用途は今書いた通りだけど、もし操縦に失敗してしまうと最悪こうなってしまう、という予測も試しに示してくれる。それはあってはならない予測だ。それにより、訓練も余計身が入る。

シミュレーションが持つ疑似体験の性質は、試算というよりはあとで述べるお試し体験のくくりだ。この意味でのVRも同様だ。シミュレーションゲームもお試し体験の様に思えるかもしれないが、これは"お試し"ではなく、基本的には自己完結型の非日常体験だ(ただし、そのゲームの"お試し"体験は、"お試し"だ)。

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