「齢73」制作エピソード・杉山直樹

編曲:杉山直樹

 「73」というタイトルがこの曲について聞いた最初だった。
 
 一体何の意味がある数字なのかとしばらく考えていたところ、それが作詞者で歌手の田勢代表の年齢だということを打ち明けられた。

 それから数日が経ち「齢73」と銘打たれた、歌詞、楽譜、デモ音源が送られてきた。その間幾度の作曲変更があったことは後に知ることとなる。早速音源を聴いてみるとその歌声はそれなりにこなれた感じのそこそこ上手な歌唱とは違い、素朴ではあるが切々と思いを歌い上げるものだった。今出来る限りの力を精一杯歌うというその歌唱からは、ある種の「いさぎよさ」とか「力強さ」を感じさせられた。

 「ドラマチック」な歌にしたいというアレンジの要望があり、そのひとつの象徴としてあの冒頭の導入部となった。

 レコーディング前のリハーサルでの出来事だが、スタジオで何度か歌い、録音した歌を聴きながら田勢代表が「もう少し力を抜いて語るように歌うのはどうだろう?」と自ら提案された。そのあと歌った歌は肩の力が抜けて言葉そのものが立ち上がり、伝わってくるものと変化した。いわゆる「歌い過ぎ」ていたことに自ら気付かれたのである。レコーディング現場においてちょっとしたきっかけで「歌が変わる」という瞬間に出くわすことがよくあるが、これは本当に面白い体験である。

 世の中にまだ出ていないオリジナル曲の作成というのは、作曲家や仮歌手のデモ歌唱がある場合もあるが、基本的には目指すべきお手本となる歌がない。なので歌手はその「お手本」となるものを作らなくてはならない。ひとフレーズごと、時には言葉ひとつごとの「歌いかた」について何度もやり直して作り上げることもある。その場にいる誰かのひと言だったり、何かのきっかけで一瞬にして歌に「説得力」が出ることがある。この瞬間「歌が変わる」のだ。

 話はそれたが「齢73」というこの歌の真の意味はその年齢に至っていない自分には到底分からない。ただ想像することや部分的な解釈は出来る。「身を立てず 名を上げず それほど汚れず ここまで生きた」この冒頭の歌詞は年齢問わず自分のことを言われてるような気になる人は少なくないのではと思う。


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