秒針
今朝方の事なんですがね。
入院されていたとあるおばあちゃまがなくなられて、病棟スタッフによる死後処置も済んでご家族と一緒に霊安室に移られた。
あとは葬儀社が“お迎え”に来るのを待つばかり、という事になりまして。
時刻は午前3時40分。
葬儀社が示唆した病院到着予定時刻は4時50分との事ですが私はもっと早くに来るだろうと思っていました。
葬儀社の、特に名の通った大手は待たせる事を嫌います。ですので依頼された時間帯で、ある程度道が渋滞していた場合を想定して「どんなに遅くなったとしてもこの時間にはお伺いします」という時間を示唆してくるものなんであります。
ましてその葬儀社は病院と同じ市内に会社があって、しかも亡くなられたおばあちゃまも市内在住の方。1時間以上も到着にかかる要素がありませんのでね。
さて、こういった場合の夜間事務員として最後の役割は葬儀社到着を病棟スタッフに知らせる事ですんで待つしかない。
事務所の電話の前に座りますと電話の向こうが衝立でありまして衝立の向こうが外来の受付カウンターでありますがこの時間はシャッターが降りている。そのシャッターの上、天井に近い辺りにまん丸いアナログ時計があります。
その時計、電池で動く極めてオーソドックスな何の変哲もないものですが見易さだけが取り柄で、1分1分長針が動いたのが良く分かるんでありますが……
「ん?」
何気なく見ているうちにある異変に気が付いた。
アナログ時計ですから長針と短針、それに秒針がありますわね。
その秒針が“てっぺん”即ち数字の12の所を指したまま固まって動かずにいる。
「こんな時に止まっちまったのか?」
ところがその“止まっちまった時計”その後何度見ても、何分経っても長針と短針が示す時間が私の腕時計のそれと寸分違わず一致する。
「どうゆう事だ?」
あまりの事に事態を呑み込めずに時計を凝視していると、1分が経過したらしく長針が振り幅大きく動いて次の目盛りへと移動した。
「止まってなかった、のか?」
でも秒針は相変わらず12の所から微動だにしていない。
「そんな都合の良い壊れ方って……」
そんな時インターホンのチャイムが鳴って応対に出てみると、
「○○葬祭です。△△(亡くなられた患者様のお名前)様のお迎えに参りました」
……病院が亡くなられた患者様のご遺体を葬儀社に引き渡し“退院”して頂く儀式を『お見送り』と言うのですが、それが法的にも正式な呼称なのか所謂業界用語というやつなのかは私にも分からんのですが、ただ私の知り得る限りどの病院でも異口同音にそう呼んでいるのは間違いありません。
入院患者様が亡くなった場合は病棟スタッフが一列に並び、ご遺体を載せた葬儀社の車が走り出して視界から消えるまで深く頭を下げたまま見送る…これもどこも同じのようです。ただ、私のような夜間事務員に関しては各病院それぞれに違いましてね。「手が空いている時はお見送りに参加…ま、陰ながらではありますが…して下さい」という方針の所もあれば「そこは一切ノータッチで」という所もあります。
で、今私が勤務している病院は後者の方。
でも時間が時間ですからお見送りが済んだ後にエレベーターを休止させ照明を全消灯させなくちゃいけない。
なので事務所の防犯モニターでチェックをしとかにゃならんのですがね。
病棟スタッフが戻って来たのを確認し、各所の後始末を終えて事務所に戻って来た時、何気なく例の時計をフッと見上げてしまった。
「なんで?」
思わず声が出る。
秒針が、何事も無かったように、コチコチと周回を重ねていたから……
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