或る夜

 病院の夜間事務員なんて仕事をしてますと夜間救急の患者様ばかりではなく、容態の急変した入院患者様の御家族を病棟スタッフが呼び出しをかけますのでそちらの対応もしなくてはいけませんでね。

 その夜も、仮眠しているもののそろそろ起きなきゃいかんかな、というタイミングで院内連絡用のPHSが鳴りまして、容態急変の患者様御家族をよびました、と。
 「高見沢良子さんという患者様です」
 こうした連絡が入りますとすぐに起き出して玄関口から病棟へつながるエレベーターまでのルートの照明を点け、エレベーターを起動させて御家族の迎え入れ準備をしておく訳ですが、連絡を受けてその作業に入る為に起き上がろうとした矢先、もう一度PHSが鳴った。
 画面の発信者番号を見るとそこは空白。
 ん?とは思いましたがとりあえず出て見ると、明らかに病棟スタッフのではない老婆の声で、

 「めし!……高見沢ですけど」

 実はこの電話を受けて僅か数分間ですけど、私、気を失ってしまいましてね。
 意識を取り戻した後も電話の“その後”の記憶が一切無い。
 もう一つ気になりましたのが御家族到着の予定時間で、2時間後だと。
 私が病棟から連絡を受けたのが午前4時45分で、そこから2時間かかるとすると北は栃木県群馬県、南は神奈川県……自家用車を飛ばして来るならその辺り、時間も時間ですから高速道路にしろ幹線道路にしても空いているでしょうからね。
 御家族が実際に到着されたのは6時半を少し過ぎた辺りでしたが、後で知ったのですがこの御家族、病院のあるKa市から二つ隣のS市から来られている。
 市区町村単位で言うとKa市の隣がKo市で、その隣がS市。車での話は言うに及ばず電車でも片道30分あれば、な距離です。

 結局、御家族が到着され病室に駆け付けた直後に、患者様は息を引き取られた。
 そうなりますと、御家族にはお気の毒な話ですが、悲しみに暮れる、感傷に浸るより前に御家族の手で葬儀社を手配して頂かなくてはなりません。
 事前に互助会や葬儀社に入会されているならそこへ連絡して頂く、そうした準備がされていない御家族には病院に置かれているパンフレットなどをお見せして選んで頂いて……病院側として出来るのはそこまでなんです。

 で、御家族が選びましたのが御自宅から近い葬儀社さんでありまして、“お迎え”の到着予定時刻が午前9時半~10時。
 御自宅から近いという事はS市にある葬儀社さんで、御家族がそこへ手配してからおおかた3時間かかる事になります。
 私の経験上、そのくらいの距離感ですと殆どの葬儀社さんは連絡を受けてから1時間~1時間半後には病院に駆け付けてくれるんです。
 御自宅が病院からとんでもなく遠方であったりして、そちら方面の葬儀社さんをお願いした場合は例外ですけどね。

 病院からの距離からしますと御家族到着にしろ葬儀社の到着予定時刻にしろ妙に長い。
 それにしてもその間のあの「めし!」言う電話は何だったんですかね?

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