鶯谷の水玉婆ァ

 高校を卒業しまして専門学校へ進学するというんで上京して来たんですがね。
 学校の最寄り駅が鶯谷駅。
 この駅、小さいながらに北口と南口がありまして「鶯谷と言えば」でお馴染みのラブホテル街は北口。私の学校がありましたのが南口なんですが、南口界隈というのはキャバレーとパチンコ屋さんしかない!と言って良いくらい狭くて、それらが一塊に密集してましてね。
 そういう言い方はしてませんでしたけど、所謂“駅前通り”をチョイと抜けますと大きな幹線道路『言問(こととい)通り』に出るんですが、通りに向かって左手が北口、右手が南口につながってまして。

 シトシト嫌~な雨が降ってる夜早い時間でした。何の用事があったのかは忘れましたが、私、傘さして北口方面から南口方面へ向かって言問通りを歩いていたんですよ。
 何しろ今から四十年も前なんで記憶もまばらなんですが、随分荒んだ心持ちで歩いてたのは確かで。
 そんな私にどこからともなく嗄(しわが)れた声がかかった。

 「お兄さん、遊んでかない?」

 お世辞にもディスカウントショップとは呼べない中古家電屋の隣が何故か家一軒分だけ凹んでおりまして、凹んだ先に小さいながらに立派な店構えの鮨屋がありその店先、白地にパステルカラーの水色とピンクの水玉模様が佇んでおります。
 さしてる傘も着込んだレインコートも長靴までも全部それ!
 ……すごいコーディネートもあったもんだ。妙に感心したりしましてね。

 「俺の事かい?」
 「他にいないじゃないか」

 これが鬼平犯科帳でお馴染みの【梶芽衣子】さんとか、芸者さんや愛人役でお馴染みの【大地喜和子】さんならこっちもオッギンオギンになりようもあったんですが、あいにくと声をかけて来たのはどッからど~見ても八十代のお婆さんでありまして。
 八十過ぎのお婆さんがそんな派手な傘さして、レインコート着込んで、長靴まで揃いのパステル水玉……こんなん『異形』以外の何物でもありませんわ。

 こんなもの、ハナから相手にしなければ良いんですが、先程も言いましたけどこの時は荒んだ心持ちで歩いてたもんですから試しに、
 「ナンボ?」
と訊いてみたんであります。
 本気で誘いに乗る気じゃないですよ。
 商談が成立すると婆さんの後ろから色っぽい女性が出て来るとしても“病気”が怖いですし、ましてド直球にこの婆さんがお相手だとしたら、こんな痩せさらばえた身体じゃ私の『東洋の大砲』に耐えられる訳がない!
 あくまでも冷やかし、です。
 そうしましたら婆さん、

 「じゃあまず“お部屋代”が2万5千円で~」
 「お部屋代が2万5千円?お前は不動産屋か!?」



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