白黒画像の男

 先日の天皇誕生日、私、夜勤だったんですが。
 出勤しますと昼間勤務されていた日直の事務員さんから引き継ぎを受けます。で、引き継ぎ事項の最後に事務員さんから、
 「洪さん、これ何ですかね?」
と言われたんです。
 事務員さんが指さしていたのは防犯カメラのモニターで、4台分のカメラの映像が四分割に映っている。その内の診察室前の待合ロビーを映している画面。
 最近、防犯カメラが新機種に更新されましてね。カメラから送られてくるリアルタイム映像は従来通りなんですが、例えばそのカメラの所を誰かが通過しますと「今、ここを通過したのはこの人です!」と言わんばかりに通過した人の顔が静止画像で、リアルタイム映像の四分の一位の“小窓”で表示されるようになっているんです。
 事務員さんが「これ何ですかね?」と言ったのは、その“小窓”に表示されている白黒画像の男性でありまして。
 でも、これは昼勤務の事務員さんからすると珍しくて不気味なのかもしれませんが夜勤者である私からすると普通の事なんです。
 防犯カメラというのは周囲が暗闇の状態だと白黒画像になるんです。問題の白黒画像が撮影されたのはその日の午前4時半頃。そんな時間に外来の患者さんや出勤してくる職員さんなど居ませんから、入院病棟でもない1階フロアは照明を完全に落とした暗闇状態。なのでその時間はリアルタイム映像にしろ画像にしろ白黒なのは当然なんですわね。

 まぁ、そんな時間に暗闇の中、診察室前の待合を歩いとる“そいつ”は誰なんだ?という疑問は残りますが。

 さて、この“小窓”の画像には特徴がありまして、一度人物を映し出すと次の通過者が現れるまで固定表示されたまま消えないんです。真上には撮影された時間も表示されているんですけど。

 ところが、今まで述べた説明がこの後、根本からひっくり返される事になります。

 その夜遅くに入院患者さんがお亡くなりになりまして、担当の先生がお書きになった死亡診断書を御家族にお渡しする前にコピーを取らせて頂くんです。
 業務記録用兼万が一のトラブルが発生した時に備えてのバックアップ用として。それをファイリングするんですが、そのファイルには直前に亡くなられた方の診断書のコピーも保存されている。
 その日の早朝にもお一人亡くなっておられて、その死亡時刻が午前4時半少し前。例の画像が撮影される五分前の事です。

 病院の1階フロアは遅くとも夜11には全消灯し、平日ならば院内清掃の業者さんが作業を始める午前6時までそのままです。
 でもその日は天皇誕生日という祝日ですから病院はお休みで、清掃の業者さんも同じく。
 しかし、午前4時半少し前に患者さんがお亡くなりになったという事は、容態が悪化…即ち危篤状態になる前後あたりで病棟スタッフがその患者さんの御家族に「すぐ来て下さい!」とお呼び出しをかけ、その事は夜間事務員たる私にも知らされます。
 知らせを受けた夜間事務員はエレベーターホールの照明を点け、エレベーターを起動して御家族の到着を待ち受ける事になります。

 ざっくり病院の1階フロアをブロック分けして説明しますと、正面玄関を入ってすぐが受付と会計の待合ロビーで、そのすぐ隣がエレベーターホール、そして診察室前の待合室となります。
 エレベーターホールのすぐ脇にはレントゲン室やリハビリテーション室、そしてその先には職員通用口へとつながる狭い廊下もありますが、その廊下もせいぜい幅2メートルあるか無いか。
 更に言うと、エレベーターホールとこの廊下全体の照明は一つのスイッチで連動しています。
 そしてその廊下から待合の天井に設置された防犯カメラまでは5~6メートルほどの距離。

 ……つまり、問題の“白黒画像の男”が撮影されたその時間、カメラが撮影していたその範囲は「白黒画像になるような暗闇では無かった」という事になるんです。
 少なくとも午前4時頃にはエレベーターホールや廊下の照明が点灯されていて、充分な明るさとは言えないまでも、その光は撮影範囲まで届いていた筈ですから。

 更に不思議な事に、この“白黒男”の画像は私が勤務中の、確認した中では午前6時40分まで……つまり撮影されてから26時間余り……ずっと表示され続けていたんです。
 その間に私が当直の先生へ食事を届けたのと2度の院内巡回との計3回、それと午前6時には院内清掃の業者さんが5人、そこを通過しているにもかかわらず、この間誰の顔画像も撮影されなかった、という事になるんです。
 7時からは通常の通過者の顔画像に“いつの間にか”切り替わってましたけど。

 あの“白黒画像の男”……何だったんですかね?

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?