悪漢⑭~最終章~

 Aさんが就職したアクリル板製作工場で悪戦苦闘していた間、例の“鉄橋ミンチ事件”は着実に動いていたんであります。
 川底を捜索しますと根元から指先までが綺麗に残った薬指が見つかりまして、その指にはエンゲージリングご嵌まっていた。
 エンゲージリングと指紋から身元が知れて、“その筋”では有名な闇金融会社の社長である事が判明した。
 有名な闇金融会社の社長ですから、殺害するに足る『動機を持つ者』は警察が絞り込むに困る程居る訳で、指を発見してから身元が判明したにもかかわらず、捜査は余計に混迷を深める事になった訳でありましてね。
 まぁ、“ミンチ”になってしまった事で〇因は分からず、という事は少なくとも薬物中毒〇の類ではない訳で、そうなると他〇か自〇か、はたまた事故〇かすら特定出来ない、と。
 いずれにせよAさんは本人が意図しない上での事後共犯者という事にはなります。
 闇金社長とAさんに直接の接点はありません。社長の〇後に接点が濃厚にあるとは言え、社長の周辺を捜査したところでAさんが捜査線上に浮上する事は無い。

 さて、Aさんが勤めるアクリル板製作工場はその後、更なる倒産の危機を迎えます。
 三重化学の某重役と工場の社長が、Aさんや工場長の知らない間に大喧嘩となり、怒った重役氏が取引停止命令を出したからでありましてね。
 Aさんはそれを三重化学の有志による警告メールで知りまして、慌てて工場長を問い質す事となりました。
 「今、三重から切られたらウチはアウトですよ」
 「だよな。それにしても喧嘩の原因がよく分からんのだよ」
 ま、社長さんというのは経営者というよりは生粋の金型職人ですんで気が短い。その上、自分の腕一本で独立し、仕事を取るに必要だからと会社組織にして社長となった人ですから相手が有力取引先の重役だろうと頭を下げる事なんて考えもしないタイプです。
 結局、会社存続を大命題に工場長とAさんとで社長さんを説得し、代表権の無い名目だけの会長に退いて貰いつつ、三重化学に取引継続を嘆願する流れとなります。
 新たな社長には工場長が座り、後任の工場長には……。

 まぁ、ここまでの出自からして後ろ暗い所しかありませんし、そもそもの気質からして地位の座にドッカリと安寧するタイプでも無い訳で、
 「スーツなんて絶対着ませんよ!作業着一本!!それでもよければ」
などと一風変わった条件を付けて、Aさんは新工場長となったのであります。
 

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