不正

 ダイハツさんの車輌認証試験での不正ですけど、私も十年近く前にデータ改竄という不正行為を行った事があるんです。

 全くの未経験でアクリル板製造の町工場に就職しまして三ヶ月の試用期間の終盤だったんですがね。
 新規取引先は某巨大家電メーカーS社……イニシャルで勘弁して下さいな。私の口からは言えませんよ、プレイステーションがどうたら、なんて事は……の系列会社でありまして、言うなれば本家S社からのれん分けされた独立採算の子会社なんです。
 つまり社員の殆どがS社出身の方々。
 こっちは零細も零細な町工場ですから“文化”がまるで違うんでありますよ。
 口約束レベルで取引する事の同意は出来ていますけど、契約書の作成から実務の細かい取り決めに至るまでとにかく紛糾しましてね。
 こっちの社長は元々は職人さんなものですから段々とイライラが募りまして、ついに取引第一号の製品を納品する段になってそれがパーンと弾けてしまったんですな。
 製品には出荷前の自社検査をした結果シートを添えて納品せにゃならんのですが、どれもこれも基準値をオーバーしてましてとても納品に耐える出来ではありませんでね。
 納品も製品検査も私が担当だったもんですから社長に報告すると、
 「そんなモン、基準値に収まるよう数字を書き換えたら済む話だろうが!」
と。

 困りましてね。
 ただ、こちらは試用期間中…言ってみればまだ正規に雇用される前の見習いですから社長に逆らうなんて事が出来る立場でもありません。
 そこで考えましたのは、バレた時に向こうがこちらのやり口を完全再現出来るような見え透いたやり方では駄目だろう、と。
 ……まぁ、詳細は控えますが、改竄した私ですら後から再現出来ないよう、サイコロ二個を使ってデータの切り貼りを行ったんですよ。

 まぁ、そりゃあバレるというか「やったのと違うか!?」的な疑いは持たれますわな。
検査結果と実際の製品が丸っきり違うんですからして。
 で、私としてはいつバレるか、先方が怒鳴り込んで来るんじゃないか、と気が気でない日々を送ってたんですが、反面でそうなった場合のシミュレーションを何度も重ねていたりもしてたんです。
 それより以前の職場では話し合いや交渉のプロ“タフネゴシエーター”で通ってましたしね。

 ある日、取引先の『エグゼクティブ・シニア・マネージャー』とかいう偉いんだか偉くないんだか……じゃあエグゼクティブ・ジュニア・マネージャーってのが直属の部下なのか、とか……な方が来社されまして、私一人だけ社内で最も狭くて機密性の高い製品検査室に連れ込まれ、尋問が始まったんであります。上司も社長も助け船を出せない状況に追い込まれたんですな。

 ここで私が考えましたのは「改竄したか否か」では争えない。私が“実行犯”な訳ですし。
 そこではなくて、私の関心はただ一点「敵はこちらにどれ程のペナルティを課そうとしているのか?」なんですよ。金額的なのもあれば今後の取引に於ける圧倒的主導権を要求してくるとか、事によったらこちらの製造工程にも土足で介入してくるケースも考えなくてはなりませんから。
 それで私は考えたんです。
 「金銭的に『この位ならまぁまぁ何とか』な金額で済むようなら潔く『ごめんなさい』しよう」
と。金銭面以外の条件なら徹底的にしらばっくれてやろうと思ってましたけどね。
 幸い、最初の五分間の会話で、敵にこちらが想定している以上の科学的根拠だとか捏造の物的証拠だとかが皆無である事は丸裸になってましたので、これはいくらでも粘れるぞ、と。

 交渉事というのは言い換えると情報戦なのですが、そこが決定打になり得ない場合は結局当人同士の体力気力の勝負なんですよね。
 ……粘りましたよ。三時間。
 向こうさんは気持ち悪かったと思いますわ。
 押しても引いても曖昧な笑みを浮かべ、媚びる訳でも反発するのでも無く、かといって黙秘権を主張するのではなく可も無く不可も無いレベルでなら会話には応じてくる。
 挑発的に煽ってみても手応えは無い……当たり前ですわな。アチラは「改竄したか否か」を問題にしてるのであって、こちらは「ペナルティは如何程か」が問題。全盛期のアンジャッシュのネタぐらい論点がズレとるんですもん。私が堪える筈が無い。

 そこで三時間が経過したところで、あまりに私が平然としているのを「何かこの状況を引っ繰り返す隠しワザを持ってるんじゃないか」と疑心暗鬼に陥ったらしく、
 「では今回はやむを得ない事故製品だったという事にして、取引価格の60%でこちらが買い取る、というのはどうですか?……勿論、始末書的な“事故製品報告書”というのは提出して戴きますが」
と折衷案を提示してきたんです。
 本来は基準値に満たない1円の値打ちも無い製品を40%引きで買って貰えるんですから、願ったり叶ったりとはこの事ですわね。

 まぁ、先程は“タフネゴシエーター”なんて格好の良い表現をしましたが、実際は、
 「お前って、法に触れて無いだけで“完全な詐欺師”だよな」
と上司や仲間内では言われてたんですけどね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?