津久井やまゆり園事件

 8年前。知的障害のある方を支援する施設『津久井やまゆり園』が夜間に襲われて入所者さんや当直勤務のスタッフに多数の死傷者が出た事件、であります。
 賊は、こうした障害を持った方を「生きる価値の無い連中」と切り捨てる“偏った考え”を持った同園元職員の男。

 まぁ、世の中に衝撃を与えた事件ではありますが、多くの人には記憶に残る大事件の一つ、程度の認識なのかもしれませんがね。
 しかし私のような病院の夜間事務員なんて仕事をしている者にとってはこの事件、現在進行形なんであります。
 というのも、障害者施設と病院の違いはあれど多数の“宿泊者”を抱えているという共通点により、この事件発生直後から施錠時間と管理が厳格化され今なお徹底されているからです。
 多くの病院では財政状況から複数の屈強なガードマンを毎夜配置するなんてのは不可能で、とは言え日本の法律上対抗出来る強力な武器防具を備えて置く事もままならず、そうなれば患者さんやスタッフを守る残された唯一の方法は“賊を院内に入れない”という事に尽きる訳でありましてね。
 面会時間を過ぎますと即座にありとあらゆる出入口を施錠し、その後の来訪者に関しては身元もしくは来訪する必然性が確認されるまで中に入れない事を徹底したんであります。
 ……これが入院患者さんの御家族を中心に「不便だ」などとすこぶる評判が悪い訳ですけれど、考えてもごらんなさいな!
 24時間フルオープンで、どんな素性かも分からぬ人間が大手を振って出入りするような病院、御自身もしくは大切な家族の生命を安心して預けられますか?という話でありましてね。
 ……まぁ、その後のコロナ禍によって面会そのものが不可能、もしくは厳しく制限されて余計に不便にはなっておりますが。

 一つの病院、施設あたりで考えますなら『やまゆり園事件』のような事が起こる確率は万が一否億が一にも満たないでしょう。
 しかし、【ゼロではない】のです。
 そして一度起こってしまえばその被害は【皆殺しに近い】甚大なものになります。
 一昔前よりも病棟に勤務する男性スタッフの数が増えたとは言え、前述の通り対抗出来る武器防具を持たない丸腰の人間しか居りません訳ですから、それはそうでしょう。
 ……加えて、『やまゆり園』は建物が変わった造りをしておりました故に、事件当夜宿泊していた入所者さんとお世話にあたる当直スタッフの総数からしますと「あの程度で済んだ」とも言えなくはないのです。
 それに比べれば建物の造りがシンプルで“経路”が単純な分、殺意と武器を持った賊に襲われた時の病院の被害は「その比では無い」事になる予想が容易に立つのです。

 ですから、夜間の施錠管理を任されている私のような人間は毎夜、数百人の患者さんやスタッフさんの命がかかっているのだという意識で事にあたっている訳です。
 やり甲斐等ではありません。ただただ押し潰されそうなプレッシャーの中で、です。



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