ハスキーヴォイスの女王

 私的にはファンという程存じ上げている訳ではないのですが、八代亜紀さんがお亡くなりになられた、と。
 ブレイクなさった『なみだ恋』がリリースされましたのは1973年の事。私はまだ8歳になるかならんかの頃です。
 ただ、八代さんの存在は『なみだ恋』以前から認識しとりましてね。

 当時の私の家は祖父母宅の隣にありまして……というか祖父母が自宅を新築したので空いた旧宅にウチの家族が移り住んだんですけど、その旧宅に風呂は無く、隣の祖父母宅の家風呂に入らせて貰っていたんですよ。
 そこで入浴後の団欒が始まりまして、そこで流れておりましたのが『全日本歌謡選手権』。この番組で10週勝ち抜きを達成しましたのが、まずは五木ひろしさんで、その次が八代さんだったと記憶しとります。
 司会は“ながさわじゅん”さん……見た目といい声の感じといい、今の中居正広さんに似てますわ。

 さて、ブレイクを果たした八代亜紀さんは瞬く間に“トラック野郎のマドンナ”に祭り上げられる事になります。
 ちょうど『なみだ恋』がヒットしたのと時を同じくして映画『トラック野郎』シリーズが大当たりしましてね。菅原文太さんと愛川欽也さん主演の長距離トラックの運転手さんを描いた作品です。
 当時はスマホどころか“電話=黒電話”な時代ですし、CDではなく(アナログ)レコード盤の時代です。運転中に音楽を楽しもうとすると車載ラジオかカセットテープレコーダー(ラジカセ)を持ち込むかしか無かったんですな。
 同様に飲み屋さん界隈でもカラオケなんてのは影も形も無い時代で、どこのお店にも有線放送が流れていて、お客さんは聴きたい歌を一生懸命電話でリクエストしたものです。
 今でも歌謡曲の賞レースに『日本有線放送大賞』というのがありますが、あれは当時の名残です。

 当時はアイドル歌手全盛の時代でもありましたがトラックの運転手さん達の好みには合いませんが、とは言えいかにも“おばちゃん”なベテラン演歌歌手にもなかなか……そんなニーズに八代さんはバッチリ応える存在だったのでしょう。
 ブレイク当時はまだ23~4歳だった筈ですがそれにしては“大人”を感じさせるハスキーヴォイスですし、濃い青色のスパンコールのドレスが如何にもセクシーで、当時は「彼女の瞳が良い」と評判でした。
 まぁ、人気が定着した頃からは「化粧(メイク)が濃い」代表格として結構イジられてもおりましたが。
 ま、メイクが濃いとしてもそれで美人さんに見えるかどうかなんて、結局は“土台”が良くないといくら塗りたくったって駄目なものは駄目なんですがね。

 でも当時8歳だ9歳だのお子ちゃまな私に彼女は大人過ぎましたんで、今この歳になって彼女の歌声であったり容姿の妖艶さがようやく理解出来た気がするんであります。
 
 晩年……という言い方は好きではありませんので後半生、八代さんはジャズシンガーとしての新境地を開拓します。
 TVCMのBGMとしてさり気なく流れているジャズボーカル曲に「おッ!」と思うと画面の左下隅に『唄 八代亜紀』なんてテロップが入っていたり、そんなのが何曲かありましたな。

 いずれにせよ八代亜紀さんという方は大人好みの歌い手さんであり、大人好みの美女であった、という事です。

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