迷惑電話撃退成功例2選

 これに悩まされている方、滅茶苦茶多いと思いますけれど。
 大学病院とかの救命救急の現場はどうか分かりませんが、一般病院の夜間救急ではイタズラと言いますか迷惑電話が割と多いんです。

 数年前のちょうど今頃の時期、出勤しますと担当の課長さんからA4の用紙5枚からなる書類を渡された。

 『Nッ目(ここはボカしてます)対策マニュアル』

 毎年3月の終わりから4月、5月一杯ぐらいまでの時期にかけてだけなんですが番号非通知の厄介な電話が掛かってくる。
 自分はそちらのかかりつけの患者である、処方されている薬について訊きたい事があるから看護師につないで欲しい……とまぁ、出だしは決まってこんな感じ。

 休日や夜間の救急診療に対応する病院には2パターンありまして、事務員が患者さんの症状を詳しくお聞きして当直医にお伺いを立てる場合と大雑把に……例えばお腹が痛いですとか頭をぶつけて出血しているといった……症状を聞いて担当看護師に電話をつなぎ、詳しくは看護師が聞き取って当直医にお伺いを立てる場合とがあります。
 その時に勤務していた病院は後者のパターン。
 で、どちらのパターンでも電話を掛けてきた相手が「かかりつけの者です」或いは一度でも受診歴があるとか言って来た時にはその病院の患者識別番号(ID)をお伺いするんです。
 休日・夜間の救急診療に対応している病院の診察券には患者様のお名前の上段もしくは下段に“患者番号”とか“カルテ番号”といった名称で番号が書かれています。それが識別番号。
 それが分かると迅速に患者様の電子カルテを見る事が出来て、病歴ですとか飲んでいる薬などが分かり、症状の度合ですとか対応策の判別が出来て診察可能か否かの判断が出来る訳です。
 手元に診察券をお持ちでない場合は患者様のお名前と生年月日をお聞きすれば事務員の方で番号を検索しますので問題はありませんけれど。

 という事で件の電話でも識別番号を伺う訳ですが、
 「なんで事務員ごときにこっちの個人情報を教えなきゃいけないんだ!」
と怒り出す。
 いえいえ、申し訳ありませんがそれが当院の決まりになっておりまして、お分かりにならなければお名前と生年月日をお教えいただければこちらでお調べ致しますので、と言っても「だからなんで個人情報を……」の押し問答が始まる。
 しまいには「俺は大学病院にいた事があるからそういう事に詳しいんだぞ」とやってくるんですが、そこで語られるのは病院の待合室で長時間座っていれば自然と耳に入ってくる情報ですとか、ネットの薄っぺらい知識の盛り合わせなんですわ。

 『ハハ~ン、こいつは単に絡みたいだけの、それで病院を困らせて溜飲を下げようって輩だな』

 それが毎晩のように掛かってくる訳ですから、こちらも人間ですからカチンと来ますわね。
 で、対策マニュアルを読みますと、それはこれを問題視した病院上層部が弁護士を伴って警察に相談に行き、対策を協議した上で作成したものなんですが、そこは私も“交渉百戦百勝”の男ですんでマニュアルを踏まえつつ、ある夜“Nッ目討伐”に乗り出した訳です。
 とは言えやる事は簡単で、向こう……即ちNッ目氏から何を言われようが、どんな罵声を浴びせて来ようが、ノラリクラリとかわしまくるのみ。
 まるでモハメド(ムハマド)・アリが伝説の“キンシャサの奇跡”に於いて、時の最強王者ジョージ・フォアマンの猛攻をロープの反動を利用してかわしつつ「どうしたお前はそんなモンか?」「そんなへなちょこパンチで誰が倒れる?もっと打って来い!どうした?もっとだ!」と耳元で挑発し続けたかのように。
 
 エキサイトさせるだけエキサイトさせた結末はと言いますと、ガチャーン!と電話を切ったNッ目氏が次にダイヤルしたのは警察に、でありまして「病院の対応があまりに非道いから抗議に行く。でも揉め事になりそうだから念の為警官についてきて貰いたい」と要望したんだそうな。
 それで地元の警官が病院に来たんですが、こちらには例の“対策マニュアル”がありますし、そもそも警察に相談した実蹟もある訳ですから、要望してきたその主こそ迷惑電話の常習犯だという事がすぐに露見して逆に『厳重説諭』を喰らった、と。
 その後のNッ目氏は「今度やったら偽計業務妨害で逮捕する事になる」もんですから迷惑電話は出来なくなり、次は病院別館の健康診断センターに押し掛けて騒ぎ立てるという暴挙に出、その度に110番通報されて“お縄”になるという転落ぶりをみせましたとさ。

 で、次の迷惑電話は、と言いますとこれがド変態でありましてね。
 よく一人住まいの女性宅ですとか昼間奥様しか居ない時間を見計らって電話をし、「今、どんなパンツはいてるの?」ですとか卑猥な事を言うってのがありましょ?
 あれの類いなんですが。

 その病院は毎夜決まった時間に事務員が院内を巡回する事になっていて、その間は当直看護師さんが代わりに電話番をしてくれる事になっておりまして、そのタイミングを狙って掛けてくるんです。
 どんなのか?と言いますと、とにかく女性の看護師さんに「ウ〇コ」と言わせたい!
 若かろうが“超”のつくベテランさんだろうが構わない……そこがまた輪をかけて変態なんですけどね。
 その夜の当直看護師さんは、『誰もそこまで求めてへんて』な程にメイクが濃い。『顔面と首の質感、まるっきり違うやん』な、本人だけは“いい女系”の自覚マンマンな方で。
 巡回を終えて事務室に戻りますと電話が鳴っているのに取ろうとしてない。
 「どうしました?」
 「“奴”なの」
 看護師さん、ナンバーディスプレイを指さしながら目をウルウルさせとる。
 『お前、来年大学受験の息子が居るやないか!何を大卒新人のOL的なリアクションとっとるねん?おかげで頬ヒビ入っとるやんか』
とは言えず。
 ……とは言え、そんなオバ……もとい!看護師さんはともかく、私もカチンと来てましたんで……あ!変態電話に対して、ですよ……任せなさいと。
 どうしたかと言いますと、自慢のファルセット(裏声)を駆使しまして“看護学校出たての新人ナース”に扮して電話に対応したんであります。
 どんな声か?……あのオフコースと同時代のバンド、名曲『心の旅』や『虹とスニーカーの頃』でお馴染み、チューリップのアルバム曲で『友だちのあなただから』というのが全編ファルセットで歌いきるという珍曲でして、それを聴いて頂くと分かり易いかな、と。

 で、当然バレると思いましょ?これが思いの外ハマリまして。
 途中、向こうが怪しみかけたりしますと「ん~、どうしてそんなこと言うの?」(え~?じゃないとこがミソよね)とか言ってケムに巻きつつ翻弄する訳です。
 ……ま、「お前は何しに病院事務員しとるんだ?」というツッコミは甘んじて受けますよ。
 小一時間、相手の話に相槌を打ちながら悩み相談も応じながらも絶対に「ウ〇コ」リクエストには応じない。
 ドンドン向こうの「お姉さん」の声が上ずりテンションが上がって来ているのが分かる……『アホや、完全に信じきっとる』……ついに、
 「お姉さん、もう、もう、お願いだからウ〇コって言って!!」
 もはや絶叫じみた哀願です。そこでようやく応じて上げる訳です。
 「じゃ~あ~、言うね。……ウ〇コ(ここは恥じらい満点の小声で)」
 「あ~、お姉さん、もっと!」
 「(欲深い奴ゃの~)もぉ~……ウ〇コ、ウ〇コ、ウ〇コ」
 この時点で奴はドクドクドピュッ!状態ですが、そこで許してやる私ではありません。
 「ウ〇コ、ウ〇コ、ウ〇コ、ウ〇コ~ッ!」
 連呼する毎に徐々に男の声へと戻していき、最後の「ウ〇コ~ッ!」に至ってはハバロッティばりに高らかに歌い上げてやる。
 「あ~お姉さん……え、ええ~ッ?!」
 それが奴の断末魔でしたな。

 私はいったい何をしてるんでしょう?




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