車内販売員
母方の家系というのは女性が太りやすい体質に出ますようで祖母も、その長女たる大伯母もその妹たる叔母も、そして大伯母の長女・Tる子もポッチャリというよりはDBでしてね。
例外は姉妹の末妹であった私の母とTる子の妹・M江くらいのもので。
Tる子は高校を卒業しますと現在のJRの前身であります国鉄の一部門に就職します。
それを機に実家を出まして札幌で独り暮らしを始めるんですが、これが生まれ持った血筋に拍車をかけましたようでブクブクと太りだしましてね。
仕事は特急列車内での車内販売員だったのですが、何しろ初めて社会に出てしかも他人様に物を売る、アルバイトすらした事が無いのにです。そら~ストレスも溜まりましょうし、そのはけ口としてのドカ食いも独り暮らしですから止める者も居ない。
どうなったか?
ある日、車内販売中にお客様と通路上ですれ違う事になった。
特急列車の通路です。左右に四人掛け座席があってその間、お客様の居住性が優先されますから通路はそんなに広くない。
お客様から見ると手前に販売用ワゴンがあってその先にTる子。
こうしたシチュエーションの時、人は無意識に横向きになりますわね?殆どの場合肩幅の方が広い訳で「どうぞお通り下さい」という意思表示に身体を横向きにして通り抜けスペースを広げる訳です。
でもTる子の場合、肩幅より腹幅の方が広かったんです。
どのくらい広かったか?
「あ、どうも」とばかりにお客様が歩を進める。ワゴンをやり過ごしてTる子の前を通り過ぎようとした。
……お客様も横向きに、所謂“カニ歩き”をしていれば何事も起きなかったでしょうに、
お客様の肩幅+Tる子の腹幅が通路の横幅とピタリ一致した…いや、むしろ数センチ上回ってしまったんですな!
人の手を借りなければ抜け出せなくなった、といいます。
そんなヤツ、車内販売員させたらアカンやろ!
なんて爆笑してましたら、笑い事では済まなくなったんです。
Tる子、暫くすると自動車整備工の彼氏が出来まして、彼と同棲する為に折角入った国鉄を黙って辞めてしまった。
こんなのはいずれ親にも露見する訳で、母親である大伯母が二人の“愛の巣”へと乗り込みます。するとTる子は体調不良で寝込んでいる。
慌てて近くにある内科クリニックへ連れて行くと、
「あ~、これはウチではどうにもならない。産婦人科へ行って下さい」
と言われて大伯母は仰天します。
とにかく産婦人科の病院へ連れて行きむすと、スキンヘッドでちょっとガラの悪いオッサン医師が怒り出した。
「初診で臨月ってど~ゆ~事だ?オマエらはアホか!?」
「え~ッ!」
……太りすぎが影響したのか、Tる子はもともと“月のもの”が不順だったそうで、それでも本人、あんな煩わしいモノは来ないなら来ないでラッキー!だと全く気にしないで過ごしていたんだそうな。
で、更に診察を進めて行くと、
「あ!だ~だ(駄目だ)な。脂肪で産道が押し潰されてッから自然分娩は無理だわ。ダイエット?一週間で少なくても30kg搾るな~(のは)無理だべさ!!」
と医師が激怒した。
そこをなんとか、と大伯母が手を合わせてもにべも無い。
「帝王切開しか無ェな」
という事で入院、手術の日取りが慌ただしく決まった訳ですが、いざ手術という段になって更なる問題が起きた。
脂肪に阻まれて注射が効かず麻酔が出来ない。
完全にブチ切れた医師は言い放ったそうですよ。
「しゃ~無ェ(仕方ない)、ノー麻酔で行くべ!大丈夫だ、昔の侍だって腹切る時はみ~んなNo麻酔だったんだからな!!」
……みんな死んではりますけど?
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