回転寿司屋の決闘

 今から35、6年前になりますが、その頃は回転寿司屋さんが日の出の勢いで出店攻勢をかけていた時代でありまして、でもまだまだ“珍しい”存在でもありましたな。
 かく言う私も回転寿司、興味津々ではありましたけど例えば上野アメ横に何軒か固まってお店がありましたけどいつ行っても何処もギッチギチに混雑しておりまして、とても入ろうなんて気にはなりませんでね。

 都電荒川線の線路脇に一軒、回転寿司屋さんがひっそりと営業しておりました。
 名前だけは威勢良く『日本海』なんてデカく出たモンでありますけどこのお店、いつ見てもお客が入っているのを見た事が無い!

 私ね、群集とか満員電車とか、バーゲンセールもそう!人混みが嫌いなんですよ。腹が立つよりも気分が萎えてしまう。

 「やめよ。別に必ず今日行かなきゃいけないって訳でも無いし、明日地球が滅亡するッてんなら話は違うけれどもサ」 

 とは言え……我ながらワガママだなとは思いますけれどもね。ガラッガラに空いていて客が人っ子ひとり居ない!というのも困るんですよ。
 極端に高いか、滅茶苦茶不味いか、どちらかでしょ?
 客が入らない理由なんてのはサ。

 とある日曜日の夕方、『日本海』に行こうか迷いましてね。
 当時は会社の寮住まいで、その寮が“賄いさん”を休ませる目的で日曜日の食事提供無しだったもんですから「さて晩メシは何にしようかな」と。
 目についたのが『日本海』。
 意を決して入りましたよ!

 ムーン

 何とも陰鬱な音とともに自動ドアが開きまして店内に足を踏み入れます。
 お客の居ない店内はシーンとしておりますが、時折、

 カタッカタッ

 奇っ怪な音がしておりましてね。
 当時はベルトコンベアに乗って“板場”から注文した鮨が運ばれてくるのが主流でしたんですが、そのベルトコンベアの上には寿司の皿と同じ大きさの板が互い違いに敷き詰められていて、その段差で寿司がこぼれたりネタがシャリからずり落ちないようになっており、どうやらその板というのがコンベアに固定されておらず、ただ乗っかってるだけのようで、その板がカタカタ言うらしい。

 お客が居ない訳ですから当然注文されてもいない。
 なのに、何故かイ力二巻が乗った皿が一枚だけコンベアを流れている。
 どうやらキロロもびっくりなほど長い間周り続けているらしく表面は乾ききって、イナバウアーも裸足で逃げそうなほどにネタの両端が天井に向かって反り返ってるんです。

 『こんなん、マイナスプロモーションも甚だしいだけやん』

 防犯モニターで見てたんでしょうな。板場から“ザ・板前さん”装束に身を包んだ大男が現れまして、ノッシノッシと私の前まで歩いて来ますというと、これ見よがしに身を乗り出し、暑苦しい事この上ない笑みを浮かべて、

 「いらっしゃい」

 そらね、「あ、ああ」と半笑いで応じるしかありませんわ。「お前、“前職、プロレスラー”やろ?」としか言いようのない大男ですから。

 「いらっしゃい、何にしましょ?」
 『いっぺんでスッと言えや!何を言い直しとんねん?!』
と思いながら見返すと、板さんがチラッとイカの皿に目をやりまして、言外に「イカならお待たせせずに出せますけど」の空気をマンマンに出しよる。
 『誰があんなカピカピのイカを喰うねん?口の中の水分、全部持って行かれるわ!』
 「じゃあマグロと卵、それにタコ、下さい」
 「はい、少々お待ち(イカならお待たせせずに済むんですけどね)」
 板さんはそのまま板場へ引っ込んでしまう。
 どうやら客の不入りが祟って、板さん一人で店を切り盛りしてるようなんですな。
 で、カタカタ言う音とともに注文の三品が殆ど待つ事無くコンベアに乗って運ばれて来るんですが、後を追うように板さんもやって来る。
 『なら、アンタが持って来れば話は早いんじゃねーの?』
 「次、何にしましょ?」
 『間髪入れなさ過ぎ違う?寿司に“わんこそばシステム”を導入すな!味わわせろ!!』
 「じ、じゃ~タマゴもう二皿と鮭を」
 「……(イカ、オススメですよ。早いし)はい、ギョク2、サーモン1ね」
と言って板場に引っ込む。
 『なんでそこだけ英語やねん?!鮭だって鮨屋独特の符丁、あるんと違うんか?』

 ……こんな心理戦ラリーが30分ほど続きまして、ほうほうの体で脱出したんですけどね。

 三ヶ月もたずに閉店&取り壊しになりましたけど……
 
 

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