悪漢⑦

 Aさんが連れて来られたのは某仏教系宗教団体が運営する『第二福祉団体』……全部とは言い切れませんが、この手の貧困ビジネスの組織の多くが名刺にこの『第二福祉団体』を刷り込んでいるらしいんですが……の“寮”でありました。
 まぁ、大元が仏教系宗教団体だからと言って、確かに立派な仏壇が設えられた説教部屋みたいな小部屋はありましたけど、特にそれっぽい日課がある訳でもありません。
 入って初日こそ“入寮契約書”だの“生活保護申請書”の記入なんかでバタバタしましたけれど、二日目に役所へ行って面接を受けて以降は暇なもんでありまして、朝晩の食事以外は特にする事がありません。
 常駐の寮長さんと他一名の職員さんは居りますものの通いの職員さんなので管理体制はユルユルでありまして、外出も自由なら外泊も実質自由同然。
 新入りのAさんのような人は生活保護決定までの2週間~1ヶ月の間は身動きが取れませんけれど、決定さえ下りてしまえば。
 そんな中、Aさんが心掛けましたのは出来るだけ外出する事と役所主催の就職セミナーや法律相談会等の行事には必ず参加する、という事でありました。
 役所サイドにしてみますと早期に寮から出させて、なるだけ早く仕事に就かせたい訳ですから、その意欲さえ示してやれば役所サイドは喜んで色んな力添えをしてくれるだろう、という計算があったといいます。
 そこでAさんはポケットサイズの能率手帳を購入してそうした役所主催の諸行事の予定をビッシリ書き込んでいきます。
 そうした計算の裏には、生活保護費を受け取りに毎月役所に行きますと、保護費の入った封筒と一緒に「早く寮から出なさいよ」という趣旨のビラを手渡されていた事と、法律相談の度に担当の弁護士さんが寮を運営する宗教団体を「ロクな所じゃない!」と悪し様に罵っていた事実があります。

 だったら自治体がそうした団体と手を切れば良い筈ですが、じゃあ行き場を無くしたホームレスが夏は熱中症、冬は凍死などで行き倒れなどされてはそれはそれで困る訳で、国なり自治体がそうした“保護シェルター”的な施設を用意しきれない以上はある程度“お目こぼし”しなきゃあならない事情がある訳です。
 実際、自治体が保護シェルター建設を計画したケースが何例かあった訳ですが、いずれも地元住民の激烈なる反対運動が起こって頓挫した、という実例もありますんでね。

 さて、こうしたAさんの行動は早くも3ヶ月目にして実を付け始めます。
 二度目の法律相談でAさんの自活への強い意思を確認した弁護士さんが役所職員に向けて彼の住民票作成を提案したのです。
 Aさんの住民票は、最後に住民登録されていた場所が今はコインパーキングになっている上に10年以上放置されていた為、今は抹消されている状態でありまして、ならば本籍地の役場と役所同士が話を通し、新たな住民票作成に必要な書類を送って貰う手続きが行われました。
 そして新しい住民票が出来ると同時に「アパート探すにも仕事探すにも身分証明書は必要」という事でマイナンバーカードの申請を……これはAさん本人の手で行わないといけないので……させられ、カードが出来ると就職活動に必要な銀行口座ですとか携帯電話……当座はプリペイドカード式のでも良かろうという事で……の入手へと繋がっていきます。
 ここまでの動きが完了しましたのが寮に入りましてから10ヶ月目までの事。その後いよいよ役所にとっての“本丸”でもある退寮に向けたアパート探しへとフェーズは移っていく訳ですが、これも役所から委託を受けた住宅探し専門のカウンセラーという方々が居りまして、Aさん自身のこだわりが「就職活動の為にも交通(特に鉄道関係)の便利が良い所」一点のみだった事も相まって実は一ヶ月ほどでアパート決定から引っ越しまでが完了してしまいます。
 つまり、Aさんの寮生活は1年弱で終わりを告げたんであります。

 ちなみに、の話になりますけれど。
 実はAさんが世話になっていた寮を運営する組織というのが貧困ビジネスの中でも特に悪質とされていたようで、Aさん在寮中のとある生活保護費受け取り日にテレビ番組の取材が入りまして、彼がアパートに移り住んだ後にそれはゴールデンタイムの番組として全国に流れる事になります。
 Aさんの番組を観た感想は、
 「必要以上に悪く見えるよう構成・編集されてるな」
だそうで。
 社会に向けた良し悪しはともかく、施設職員の寮生に対する態度は良く言えば悪くなく、悪く言えばほったらかしでありまして、番組で描かれていたような職員による寮生に向けた虐待及び弾圧行為は無かった、といいます。

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