ナースコール
入院病室や各トイレ、病院によっては点滴を打つ専用の部屋があったりもしますが、そんな各所に「もしも気分が悪くなったらこれを押して看護師を呼んで下さいね」というボタンが設置されていて、それを総称して『ナースコール』と呼びますけれど。
以前勤めておりました病院では、このナースコールにまつわる不可思議な現象が多発していたんです。
夜間救急では一切使用しない、無人で真っ暗なエリアの個室トイレからナースコールが鳴り出す、とか。
まぁ、多少身体の自由が利く入院患者さんで潔癖症的なきらいのある方ですと、わざわざそうした場所のトイレを使う可能性はゼロでは無いので、一応は確認に行かないといけない訳です。
行ってみる、確かに『ナースコール押されたのはココだよ』と言わんばかりに小ぶりの赤色灯が光っていたりもしますが…誰も居ない。誰かが居た気配もない。赤色灯が光っている以外には、ですけど。
でもナースコールが押されるのは、何も決まった特定の個室トイレという事はありませんで、その病院には夜間真っ暗で無人状態になるトイレが大小とり混ぜて4箇所ありましたんですが、その何処からでも、そういった現象が起きていたんです。
また、日曜日や祝日には昼間でもそうした現象が起きていたんですが、実はこれは例外でありまして。
休日には…毎回ではありませんが…企業さんの集団健康診断が行われる事があります。で、その中の検尿コーナーでは当然病院のトイレが使われますが、今時の病院のトイレは個室ばかりか男性用小便器一つ一つにもナースコールのボタンがあるんです。
……そのボタンをね、水を流すスイッチと勘違いする参加者が必ず現れるんですよ。
で、その中でも極めつきのお話。
お恥ずかしい話、私、たいそうな親不孝者でしてね。
まぁ、色々な思い込みやら勘違いやらが幾重にも重なったとはいえ、まる1年近く実家と没交渉になってしまいまして、その間に父親が亡くなっていたんです。
ようやく連絡がついた頃には亡くなってから3ヶ月が経っておりましてね。そら~自分を責めましたし、落ち込みもしましたよ。
で、その事実を知ったその日の夜。
仕事をしてますと、ナースコールが鳴った。
その病院は変わっていて、ナースコールの制御盤が事務所の奥にあるんですな。その制御盤を見ると何処のナースコールが鳴ったのかが分かるようになってるんですけれど
いつものようなトイレの個室ではありませんで、昼間の救急車対応や夜間救急で使われる『救急処置室』のとあるベッドから発せられていたんです。
入口から見ますと左右に三台づつベッドが置かれているんですが、左側の二番目のベッドから。
左側は二番目と三番目のベッドの間が、それこそベッド二台分ほど空けられていて、そこに当直ドクターが診察に使うデスクが設置されとるんですが、私が駆け付けた時には当直の看護師さんが何やらデスクワークをされていて、
「どうしたんですか?」
と不思議そうな顔でこっちを見てくる。実際はアラフォーなのに、20代か、コンディションによっては高校生にも見えん事も無い程のベビーフェースでね。
「いや、ナースコールが鳴ったもんですからね」
「ここから、ですか?患者さんなんて寝てませんし、私一人しか居ませんよ」
言われてみれば、その夜は救急車の受け入れどころか一般の方からの「診てくれませんか?」的な問い合わせすら一本も受けていないんです。
誰も居るはずが無い。
治療用ベッドの場合、トイレのそれのように派手に目立つような赤色灯ではなく、押しボタンスイッチの隅っこに小さなLEDランプがピカピカッと点灯するようになってるんですが、点灯しているのは看護師さんがデスクワークの為に持ち込んだ資料を置いていたベッドだったんです。
「きっと、洪さんのお父さんが様子見にいらしたんですね」
事情を知った看護師さんにはそう言われてしまいましたがね。
激怒してたん違うかな、とは思うんですよ。更に三ヶ月後、ようやく帰郷して墓に参った時に、エライめに遭わされましたんでね。
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