悪漢⑨

 晴れて勤め人となったAさん、とは言え始めの三ヶ月は試用期間でありますから“仮入社”であります。
 そこに全くの業界未経験な上に尚且つエクセル初心者って~のがトッピングされる訳ですからね。しかも入社してみてびっくり!内勤者がAさんしか居ないんですよ。
 そりゃあ最初の一月で残業が200時間を超え、仕事を覚えれば覚えるだけ任される分量が増えていくもんですから翌月も200時間代後半、最終の三ヶ月目には300を超えたそうで。
 まぁ、殆ど会社に泊まり込んで週に一度しか帰宅しなければそうなりますわなって話で。
 労働基準法って?…………まだ食べた事は無い、の世界ですよ。
 ま、Aさん自身「就職出来たら、今度こそ真人間になろう」という決意の下で入社してましたから、苦労したという感覚も無いんだそうですが。
 そうして試用期間を勤め上げたAさんは、零細企業の中途入社な新人内勤者としては破格の、初任給30万円+残業代(時間上限無し)の条件で正規雇用を勝ち取った訳です。

 試用期間の間に、メインの取引先である『三重化学』という会社の担当者達からも信頼されるようになっていったんですが、それがかえって困る場合もありましてね。
 Aさんの会社から出荷される製品は三重化学本社を経由し、船便で韓国支社に届くようになっていたんでありますが、その韓国支社長から、
 「ダミー(不良製品)で良いから、明日の正午までに10ケース送ってくれないか?」
という無茶な注文が来ましてね。
 注文来たのが土曜日の夕方5時過ぎで、翌日正午までに韓国へ、なんて送れる筈が無いんですよ。
 案の定、国際宅配便の業者は何処へ問い合わせても「無理です」という返事で、Aさんも電話で韓国支社長に泣きを入れたそうですが、
 「分かった。もう韓国へ送れとは言わん。代わりにこっちから人を出すから、成田でそいつの手に渡るようにしてくれ!」
などと又しても無茶な要求が返って来まして。
 宅配便ってのは“お宅にお届けします”だから宅配な訳で、成田空港で佇む一個人に……しかも人相風体も分からんのに……手渡し出来るようには出来とらんのですよ。
 案の定、出荷の度に毎度やって来る担当ドライバー君には、
 「あ~、無理ッす!ウチ、そ~ゆ~のやってないんで」
と即答されましてね。
 色々あたりましたが、唯一色よい返事をくれた〇帽便は諸経費モロモロで総額8万8千円を提示され、そんなのこちらが受け取る金額からしますとトリプルスコアの赤字になるので即却下!
 で、最終的にはいつも出荷でお世話になってる黒〇ヤ△トさんのお客様相談室へ文字通り相談をもちかけまして、これで“打つ手無し”ならギブアップ宣言しようと。
 最初はやはり「無理です」トーンだったんですが、あちらの電話オペレーターさんがポロッと漏らした、
 「手荷物でしたら空港内に受け渡しカウンターがございますので、そこへ送って頂ければお手渡しも可能なんですけれど」
の一言に、Aさんが食い付いたんです。
 「ちょっと待って!……その“手荷物”っていうのに規定というか定義みたいなモンはあるのかしら?」
 「は?」
 「いや、だからね。重量は何kgまでだとか、サイズは縦何cm、横何cm、高さ何cmまで、を手荷物とする、みたいな」
 「規定はでございますね…………特に無いようでございます」
 「規定が無いって事は、段ボール10箱の総重量100kg弱でも『手荷物だ!』と言い張れば罷り通るって事になるよね?」
 「そう……明確な規定がございませんので、そうなります」
 「それだ!」
ってんで、Aさんは手荷物受け渡しカウンター宛てで受取人へ届く荷札の書き方をオペレーターさんから聞き出しまして、勇躍ドライバー君を呼んだんであります。
 「えー?ホントに届くんスか!?」
 「疑うんじゃないよ!アンタの所のお客様相談室が届くって言ってンだから」

 結果は、無事、翌日の正午に荷物が着いたとの報せが舞い込んだんであります。
 この奇策に思い至った事に上司たる工場長さんは「呆れた執念だな」という反応でしたが、先方の韓国支社長さんは「まさか本当に届くとは、実は半信半疑だってんだけど、アンタ凄いわ!」と感謝して下さったそうな。

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