大破壊体験

 何かを劇的にぶち壊すような、そういった体験をせずに大人になる人間はいるのだろうか。大破壊、何かをぶち壊すような、そういった経験によって、壊す容易さと直す難しさを、そして自分の空けた穴のちっぽけさを知ることによって大人になるものだと思っているのだけれど、淑やかに生きている人は、子供のうちの残酷さを秘めたままに、拳を膨らませているのではないだろうか。

 先に書いておくけれど、オチとか親切なものは用意していない。

 小学の五年生だったか、僕はJR新札幌駅の自動ドアを蹴り破った。
 せっかく頭の出来がいいから中学受験をした方が良いよねってことで、塾に通い始めた僕は、夏休みの間、公共交通機関を使って週三回の講習に通っていた。
 塾には僕なんかよりずっと勉強が出来る人ばかりで、五年生の間はクソ落ちこぼれだったのを覚えている、六年の半ばには大体ボコボコにしたけど、それでも僕より賢い人なんて沢山いたから、世界は広いなと思った。
 塾生とは別に、夏期講習だけ受けに来る人というのもいた。それがあったせいで、僕は夏期講習の間だけ、女の子と通学を共にすることになった、同じ車両だったのだ。
 どっちから話しかけたのかは覚えていない。けれど、隣の席に座って雑談をするような仲になったのは覚えている。きっと大した内容ではなかったと思うけれど、当時の僕はそれが楽しかったのではないだろうか。なにせ、結構、可愛かったから。
 んで、なんか急に嫌いになったので、僕はその子を避けるようになった。理由を説明は出来ないけれど、僕は想いを寄せた女子のことが突然に嫌いになる性質があるらしくて、これのせいで恋愛というもの長らく諦めている。解決法は単純で、初めから好意なんて抱かなければ良いのだ。
 心情の変化に自身で困惑した僕は、その子に何も伝えず、ただ逃げるようになった。待ち合わせていたベンチにも近づかないで、駅構内を鎧のように彷徨った。何度もそうして、顔を合わせないように家へ帰った。
 最後の夏期講習の日、その子に見つかった僕は、逃げようとして自動ドアに突っ込み、ぶち破った。自動ドアはびっくりするくらいガラガラと崩れて、粉々になったガラス片で、足が赤くなったのを覚えている。心配して、驚いた顔で近づいてきた、その子に、どんな言葉を投げたのかは覚えていないけれど、その子の表情は、名前も覚えていないけれど、表情だけは忘れられそうにない。
 その後はバックヤードに通されて、親を呼ばれて、賠償金は払わなくて良かったのが何よりだ。まぁ、子供の力で壊れるような雑魚ガラスにも責任はある。
 これが多分、僕が壊した中で一番デカいものだと思う、忘れているだけでなんかあったかもしれないけどね。


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