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小説「寝るところ」

  三題噺「骨 爪の垢 睡眠」


 最悪の目覚ましアラームが何かと聞かれたら、やはり玄関チャイムの音だろう。目を覚ました後の、今日は何をして過ごそうかなんて孤独にボンヤリ考える至福は奪われ、起き抜けから人と接しないといけないからだ。よって、この小うるさいインターホンの音を、無視するのには正当性があり、自分には二度寝の権利がある……などと考えていたのは、吸血鬼……ヴァンパイアの女であった。名をマーブルと言う。

 ピーンポーン……

 マーブルは憂鬱だった、現在時刻は夜の八時、宅配便の来る時間ではないからだ。ならば友人が訪ねてきたのだろう、それが憂鬱で仕方なかった。マーブルは、自分の友人には碌なやつがいないと思っている。酒飲み、ニート、バカ、あと普通に犯罪者。マーブルは類は友を呼ぶという言葉を知らないので、友人の悪口に余念がなかった。もちろん、人こそ人の鏡なれも知らなかった(人間の友人はいないのだが)。

 ピーンポーン!

 流石に何回も押されるとなると、マーブルとしても嫌な感じがした。念の為に押したのだろうが、この音を聞き逃すやつがいるだろうか? それとも、一度じゃ反応できないような、鈍臭いやつだと思っているのだろうか? 事実として、マーブルは一度のインターホンで反応できていないのだが、それに気が付けないのは寝ぼけているので仕方がなかった。といった具合で毛布にくるまりモタモタしていると、ドンドンと叩かれた扉の悲鳴と、乱暴な叫び声が家中に響いた。

「開けなさい、このクズ!」

 その声を認識したマーブルは、重い扉を開けざるを得なかった。さもなくば、今住んでいるボロい木造くらい一息で吹き飛ばされてしまうと思ったからだ。扉の先にいたのは狼人間であった、名をダイアナと言う。そいつはマーブルの少ない友人の、碌なやつがいない中で言うと、バカに当てはまるやつだった。無駄にふわふわとした中で、口元から覗く牙だけが鋭かった。

「どうしたんですか、こんな……夜遅くに非常識ですよ」
「貴方は最低よ! 良くもそんなこと……そんな恰好で言えたものね!」

 早々に非難されたマーブルは、ダイアナが何故怒っているのかも、自分が何ゆえに怒られているのかも分かっていなかった。ついでに、お気に入りのピンクのパジャマを「そんな恰好」呼ばわりされたことにも腹が立っていた。お前のその、当てつけみたいな十字架のネックレスの方がふざけていると言いたかったが、暴れられては困るので我慢した。

「取り敢えず、要件を教えてくれませんか?」
「そうね……コホン」

 ダイアナが何やら改まったので、マーブルもつられて背筋を伸ばした。だらしない猫背がびきびきと鳴った。

「骸骨の……スケルトンのおじさんが、死んだのよ!」

   ”寝るところ”

 マーブルが最初に思ったことは、知人が死んでいるのなら、ピンクのパジャマは恥ずかしいかもしれないということだった。長い寿命の末に、人間的な倫理観や社会常識は抜け落ちていたが、知人が死んだときは神妙な空気が必要な気はしていた。

「……」
「……で、あの……どうするんですか?」

 ただ、やはり社会常識は抜け落ちていた。

「そりゃ、ほら、病院いって、葬式で……リンゴ剥いて……生命保険よ!」
「え、家で死んだんじゃないんですか?」
「家で死んでいるところを、プララのやつが見たらしいわ」

 マーブルはダイアナの説明に違和感を覚えたが、かと言って、それを訂正する自信も無かった。確証を持てるのは、スケルトンを加入させる生命保険は存在しないだろうという点だけだった。
 行動の正解は見つかる気配すら見せないが、いつまでも玄関前にいるわけにもいかない。マーブルは吸血鬼っぽい正装に着替えた後に(ピンクのパジャマは恥ずかしいから)ダイアナと共にスケルトンのおじさんの家へ行くことにしたのであった。

 転

「ようやく来たか」

 スケルトンの家に到着した二人を迎えたのは、マミー、或いはミイラのプララだった。こいつはマーブルの少ない友人の、碌なやつがいない中で言うと、ニートに当てはまるやつだった。アイデンティティを保守するように、執拗に包帯を巻いている。

「おじさんが死んだって聞いたんですが……」
「入りな、死体は寝室にあるよ」

 導かれるままに家にあがる。生活感のある家の、一番奥の部屋。そこには確かに死体があった。無残にも骨だけに……いっそ丁寧なほど骨だけであった。衣服は着ていないが、スケルトンが普段衣服を着ていたかだなって誰も覚えちゃいなかった。遺体はベッドの上に寝かされていて、ただ眠っているようにも見えたし、そもそも瞼も眼球もないスケルトンが起きているか寝ているかなんて、ベッドを囲む三人の誰にも分からなかった。

「綺麗だな……骨」

 プララが呟いた。それを聞いたマーブルは、この包帯女が感傷に浸っているのか骨密度を褒めているのか判別できなくて困った。

「牛乳を、たくさん飲んだんでしょうね……」

 ダイアナナはプララが骨密度を褒めたと捉えたようだった。それを聞いたマーブルは、スケルトンはどうやって牛乳を飲むのか分からなくて困った。

「一体誰がこんなことを……」

 マーブルは死人を前にした時の語彙が、これしか思いつかなかった。冷静に考えれば、スケルトンのおじさんは誰かから恨みを買うような人ではなかったから、他殺の線はセロハンみたいに薄い筈である。発言の前に思考を挟めなかったのは、死者を前にするという貴重な体験によって、一種のハイテンションになっていたからだろう。非日常的イベントによって、会話にぎこちなさが生まれ、そのぎこちなさがまた非日常感を高めるというサイクルに陥っていたのだ。そして、こういった雰囲気は会話に事故を生みやすい。

「マーブル、妙だね……私は他殺だなんて一言も言っていないけれど、どうしてそう思ったんだい?」
「……! マーブル、あんたまさか!」
「え、は? 何言ってるんですか」
「犯人は現場に戻ってくると聞いたことがある。マーブル、そういうことなんじゃないか?」

 プララは全てを見透かすような鋭い目つきを包帯の隙間から覗かせて、マーブルをキッと睨み付けた。ダイアナはハッとした表情でマーブルを見た。なんだこのバカ共は、頭が悪すぎる! プララの余りにも力技な揚げ足取りに対し、マーブルは困惑と苛立ちを感じる。しかし同時に、突如として訪れた危機によって、自分の頭が冴えていくのを自覚していた。そして、これから起こるであろう追及で、確実に勝利する方法を思いついていたのだ。それは「吸血鬼である私が、血も吸えないスケルトンを殺すメリットがどこにある?」……これだ! 私には動機が成立しない、血は私に味方している! こうなればプララのバカみたいなキメ顔も可愛いものだった。

「マーブル、あんたまさか、スケルトンからは血が吸えないからって、ムカついてやったんじゃないでしょうね!」

 物は言いようであった、マーブルの切り札はどっかいった。

「ち、ちがっ、ちがっ違いますよ、本当にもう、本当に、何言ってるんですか本当にもう」

 策士策に溺れるであった。勿論マーブルはそんな言葉を知らないし、知らないからこその状況だった。その様子を見たプララとダイアナは、自分達が完全に図星を突いたと確信した。気分はさながら名探偵であり、そこには友情の影もなかった。

「憐れだなマーブル、これ以上の抵抗は無駄だぞ、お縄を頂戴しろ」
「知り合いを殺した後だというのに、あんなピンクのパジャマを平然と着られるだなんて、生粋のサイコパスね……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

 この次の一言が重要になる! マーブルはそれを確信していた。このどうしようもないゴミバカ共を納得させる言葉を思いつかなければ、本当に臭い飯を食うことになるかもしれない。 事実として、ダイアナが110番の存在を思い出すまでには一言の余裕しかなかった。 これは不幸中の幸いと言うべきか、無能中の有能というべきか、吸血鬼として長生きしたところで知識は忘れるばかりだったが、勘だけは養われていた。

「殺したから、なんなんですか?」
「「……」」

 なんなんだと言われると、返答に困った。流れで正義の棍棒を振り回していた二人だったが、そもそもの倫理観が希薄だったのだ。

「そりゃ、まぁ……なんだ、あんまりよくないからさ、もうするなおよって」
「まぁ、そんなところよね」
「そうですよね、死んだだけですもんね、だからなんなんでしょうね、いやまぁ私が殺したわけじゃないんですけど」

 問うたマーブルですらも分からなくなっていた。死人というレアイベントによって不意に浮かび上がった一般常識が、規定されたアクションに走らせていたが、真に根付いていない価値観はタンポポの綿毛のように吹き飛んでいった。

「え、じゃあ……どうするんだ、この……死体はさ」
「生命保険に入っているわけではないですよね……」
「売る臓器もないわね」

 となると、三人の関心は死体をどうやって有効利用するかといった部分に向いた。図々しくも、特殊なことが起こったのだから、特殊性に見合った幸福があるべきだと考えていた。それでいて、死人の物は身体を含めて好きにしても良いというのが、三人に共通する最悪であった。

「放っておいてもいいんじゃないかしら、腐らないし……」
「いやそりゃなんか、勿体ないだろ、折角死んだんだし」
「良い人なのだけが取り柄みたいな骨でしたからね」

 先程までの倫理観など塵ほども残っていなかった。スケルトンのおじさんは良い人ではあったので、誰も嫌っていなかったが、好くほどでもなかったのだ。それでいて潤沢な財産が残っているわけでもなければ、それこそ血が吸えるわけでもなかった。三人にとって死体の行方はどうでも良かったが。それはそれとして、この場を気持ち良く去るには革新的な案が必要だった。

「爪の垢をですね……煎じませんか」
「爪の垢だと?」

 だからこそ、マーブルの語り出しは如何にも妙案を思いついたような口調で、二人の興味を引いた。

「スケルトンのおじさんの優れているところって何だと思いますか?」
「ええと……良い人なところ、じゃないか、それ以外には思いつかないな」
「それぐらいしか思いつかないわね」

 そうです! マーブルは声を張り上げた。どうやら先ほどの冴えが残っていたようだ。自信ありげに人差し指を立てて口を開く。

「そこでですよ、爪の垢を煎じて飲むという言葉があるのを知っていますか?」

 ダイアナとプララは首を横に振った。しかし、その眼は次の言葉への期待に満ちていた。

「なんと、優れた人物の爪の垢を煎じて飲むと、長所を吸収できると言われているんです! スケルトンでも爪ならあるでしょう、これを皆に売りつけるのです」

 おおぉ。マーブルの強気な演説に二人は沸いた。スケルトンの体は犬にやる以外にも使い道があったのか。

「そうと決まれば早速削りましょう! ネイル用の鑢がありますわ」
「そうだな、ゴリゴリに削ってやろう」

 ダイアナはスケルトンの手を取ったが、お目当ての物はなかった。そう、爪は骨ではなく皮膚が硬化したものである。スケルトンにあるはずがないのだ。彼女らは知識不足故に知らなかった。マーブルは意気消沈した、ダイアナもであった。

「爪の垢で効果があるなら、骨を煎じたらもっと凄いんじゃないか?」

 プララがぽつりと呟いた。沈んだ顔の二人に笑顔が戻った、二人して天才、天才と囃し立てる。

「じゃあもう、全部削っちゃいますか」
「行くわよ!」

 ゴリゴリゴリ、と三擦り半。すると、ベッドがドン、と音を立てた。

「や、やめてくれぇい!」

 スケルトンのおじさんの声だった、三人は固まった。まさか生きていたのか、と皆がベッドに横たわる骸骨を注視したが、声の主はベッドの下からズルズルと姿を現した。

「お、お前ら、聞いておったが、良心はないのか!?」

 驚くべきことに、ベッドの下から現れたのもスケルトン、上と下でスケルトンダブルであった。下の方は、上の方を庇うように抱きかかえた。

「え、ええと、スケルトンのおじさんですか?」
「触るでない! これは、わしの給料四か月分で買った……等身大ホネ子ちゃんドールじゃ! 恥ずかしいから、つい隠れてしまったが、よもやこんなことになるとは……」

 ベッドの上の骸骨は、まさしくベッドの上の為の骸骨で、スケルトン専用のダッチワイフであった。これは豆知識だが、スケルトンも基本、服は着る。

「プララ、そういえば、どうやって死体を発見したんですか?」
「借りパクしていた漫画を返そうと思ってさ、窓から入ったら……」
「わしは、”寝て”いただけなのに!」

 なんと、優しいおじさんスケルトンは、エロ骨だったのだ、名実ともに下の方のスケルトンだったのだ。空気は白けきっていた、ハイドロキシアパタイトであった。沈黙に耐えられなかったマーブルが「私も寝ていただけでした」と答えたが、冷たい死後硬直を解くことは出来なかった。プララも「骨抜きにされてたってことか」と言いたかったが、頑張って我慢した。

「えっ、てことは……マーブル貴方、無罪だったの!?」
「まだ言ってたんですか!?

   後

 市場に「やらしいスケルトンの爪の垢」が少しだけ流通して、そこそこウケたらしい。

   没

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