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スリップダメージ

 僕は極度の先端恐怖症だ。もっと正しく表現するのなら失明恐怖症になるのだと思う。自分の目を潰しそうな針や角に敏感なのだ。顔に向かって指を指されたりなんかすると、殺意と言い換えられる程の嫌悪が湧く。
 高校の時、僕に裁縫針を向けてきた家庭科の先生を殴ってしまったことがある。それ以外に学校で暴力を振るったことは一度もないと思う。流石に退学かと思ったけど、なんとかなった。

 僕はおかしな人間だ。
 それを前提にするけど、僕は常識人のフリをするのが好きだ。「お前はおかしなやつだな」なんて他人に言い放つのが好きなのだ。とても大きなものを騙しているような気分になる。(僕が普通の人よりもおかしなやつの事が好きだというのもあるけれど)
 何でそんなことが好きかって、結論から言えば僕が悔しがりなんだと思う。根本的な劣等を抱えていることに気が付いた時、たまらなく悔しくなるのだ。シャンプーが手に出せない。袋に紙を入れられない。 皿にラップをかけられない。そういった欠陥をアイデンティティとして受け取ることが出来るようになるまでは結構な時間がかかった。

 欠陥を隠すには、取り繕う能力が必要だ。僕は嘘と言い訳が得意だ。大人に叱られた時、ストーリーを構築して、最も自分が悪くないように語る努力をしてきた毎日だった。学校に行って、当然課題をやっていなくて、こんな訳があったんだと言って、居残りを命じられて、勝手に帰って、こんな訳があったんだと、その繰り返し、繰り返しだった。
 こんなの最低の行いだけれど、小説を書くとき、物語の辻褄を合わせるのに役に立っている……気がする。

 シャンプーを手に出すことは出来なかったけれど、塗ることは出来たし、袋に紙を入れる時はクシャクシャに丸めると良い、皿にラップをかけることは出来ないけど、乗せるだけで妥協できた。
 それで言うと、先端恐怖症だけは、どうしても取り繕えなかった。
 僕は酒や食い物を頭からぶっかけられようが、つばを吐きかけられようが 、友達を傷つけられたって笑って見過ごせる。でも尖ったものを顔に向けられるのだけは許せない。
 対策と言えば、顔を背けたり目を瞑るくらいだ。片目を瞑ると少し楽な気がする。

 僕が恐怖する対象は沢山ある。ショーケースの角や、コンビニの鉄フックは目に刺さりそうで怖い。
 最近だけど、日常生活を送る上で机の角や階段なんかに小さなストレスを抱いていることに気が付いた。スリップダメージだ、世界が毒沼ダメージ床、眼球を抉る針の筵。出来る事なら角の無い丸い部屋に住みたい。角丸なテーブルとかで構成された部屋だ。良さそうじゃないか、埃は溜まりにくそうだし、ティンダロスの猟犬も来なそうだ。


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