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タクシー運転手とワガママな8人の乗客者たち#23

 乗客 女王陛下(元) 前編 麗しの妻


「うっわ。盛り上がってんなぁ~~すっげぇー~~」

 俺は久しぶりに、王都リベリオンをタクシーで周ったんだが。どこもかしこも群衆で、途中から歩くことにした。別に、娘の戴冠式に来た訳じゃない。名前も顔も、出産にすら立ち会ってもいないし分からない。当の母親からの音沙汰もなかったし。あの夜で孕んだなんて思いもしなかったんだよ。

「お祭りだよ、親父」

 ダンマルの家が在った場所。とても見やすく、太陽の光りが当たる場所だ。墓参りに寄っただけの話しだ。人目見ようなんか思ってもいないさ。
 久しぶりなだけあって雑草も生えてやがった。俺も、腕捲りをして、大きく息を吐いた。

「最近さ。乗客に昔の話しばっかしちゃってたらさ、何か訳の分からない《17丁目》の日本人に化けて暮らしてる奴にさ、あの日の夜の子どもが俺なんかの子どもを産んで、その子どもが戴冠するって言われちゃったんだよね。今、あンたが生きてたらって、本当に思うよ。フムクロ……」

 一緒にダンマルも連れて来たがったが。あいつは子どもが突発性の発熱で、看病の為に来れなかった。

「今度は。ダンマルの奴も連れて来るから」

 1人での墓参りは久しぶりだ。正直に言ってしまえば、堪らなく俺は――寂しかった。

「ふぅん? ようも、来れたもんじゃなァ? フジタぁ??」

 背後からの声に俺は驚きを隠せない。絶対に応えても、振り返ってもダメだとも思ったもんな。しかし、どうしてこの場所がバレたんだ? どうしているってバレた? マジでどうしてだ? 変な汗な全身に噴き出たよ。

「ぇええっと」

 身体は硬直してしまった。返事を返さない俺に相手の女は言葉を吐いて問い詰める。ゆっくりと向かって来る音が生えて入る雑草が足に擦る音で分かる。じりじりと距離感が詰められている。どう、逃げるか。どう謝れないいのか。いや、俺になんで会いに来た。憎いんじゃないのか、告白をこっぴどく振った俺ことなんか顔さえ見たくもないんじゃないのか。なぁ、どうして。声なんか掛けて来たんだ。

「莫迦めが。誰もらん場所に問い掛けて感傷に浸るなど、どうかしておるのではないか?」
「――……親父フムクロの魂が在るさ」
「ならば。お前の娘にも声をかけよ、フジタ!」

「ははは! 嫌なこったっ」

 俺は雑草を抜き始めた。顔を見ずに怒る声を言い洩らす女に笑い声で言い返した。本音を少々、声を弾ませて応える。

「誰かと勘違いをされてらっしゃいますなっ。俺にゃあ娘も嫁も何もいない、しがない独身貴族なんですよぉんンん!」

 地面を見ていた俺の正面に足が映った。
 瞬間。
 顔面をつま先で蹴飛ばされた。

「っが!」

 俺の身体が暴力によって吹っ飛んだ。ゴロゴロと転がってしまうし、地面に直に当たった腕も痛いったらない。

「っぼ、暴力は、反対だぜ? なぁ、イズミノミフさんよぉう!」

 渋々と俺も彼女の名前を呼んだ。とても懐かしい名前だ。そして、ようやくここで俺も顔を上げて彼女を見た。長い黒髪と勝気の目。成人女性に成長していたことにびっくりはしない。だって、その姿は一度見たことがあるからだ。あの一夜で。はっきり言ってしまえば、どうにも、もろ俺の好みのタイプだった。子どもの容姿と顔もだが、大きく成熟した大人の彼女は今にも押し倒したくもなる。今も俺のことを好きという妄想は脹らませないように押し留めていた。出会ったときと同じ好きなままならいいが、それ依然に嫌われているという自信がある。犯してしまった過ちと仕出かしてしまった結果は――多くの誰かを怒らせ、悩ませただろう。

「っふ、じったぁ~~♡」

 彼女の中身は、あの頃同様に「っと! ぉ、おい!」と俺が戸惑うぐらいに積極的なままだ。
 今度は頭部から地面に落とされた。身体の上にイズミノミフが跨っている。見下ろす彼女の目に映る俺の顔は情けないくらいに真っ赤だった。

「私は女王ではない! 娘に譲ったからな!」
「あのさぁ? 17歳で、戴冠って普通なのかよ!?」

「うむ。私も十代でさせられたぞ。母上が父上を追って地上に降りてしまったからな! だから、《王家》は不老不死と呼ばれるのじゃよ。年老いた者が残らんからなっ!」
「知らねぇよ、そんな事情なんてのは」

 イズミノミフは高笑いをする。見上げて俺も本当に可愛いと認めざるを得ない。いい女になったんだなって思った。嫁に、来ないかな。戸籍ならどうにかしてやれなくはない。

「言っとくけど。俺もダンマルちゃんと同じくらいあの夜以降からは女とも沢山寝たし。多分、子供も何人かいるんじゃないかなって、たまに思うし。そんくらいの男なんですが。それでも愛してるって、言えんのかい?」

 言葉を投げかける俺の両頬に手を当てるとイズミノミフの顔が近寄ってきたもんだから、俺も目を閉じた。触れるであろう唇に訪れる感触に身震いと戦慄いてしまう。そして、触れるだけの口づけを受けたが、すぐに唇が離れて、俺の顔を真っ直ぐに見る。

「構わんよ。お前は私の男であろうがっ」

 満面の笑顔に陥落しない男がいるだろうか。欲情も何もしない男がいるだろうか。そんな聖人は、ここにはいない。存在なんかしないさ。

「ぅんーなぁ。イズミノミフって言い辛いしさー……和泉って名前どう? 尾田和泉!」
「!?」
「あぁっと、……だから、そのっ」

 俺は上半身を上げた。落ちそうになるイズミノミフを腕で支えた。

「俺なんかと苦労する生活に満足出来ますかね? 快適な王宮生活以下の下民並みの質素で地味で嫌になるかもしれないぜ?」

 彼女は俺の鼻先を無言に掴んで捻る。一体、どんな趣向でこんな真似をしているのかが俺には、全く、理解が出来ない。しかし、子どものように楽しそうな彼女は堪らなく愛おしくも可愛らしい。

「ふぃふふぃ?」

 そして、またキスをされた。ソフトな触れるだけのキスを。
 こんな優しいくちづけは、初めてだと思う。

「構わん! ほら、娘に見つかる前に行くぞ!」
「娘に見つかる前にってのはどういう案件なんだよ? ちょっとくらい説明をしてくれないか」

 俺の質問に口先も引き吊ったまま、言い辛そうに答えてくれた。恐らくは娘にも迷惑をかける事案なんかもしれない。正直、申し訳ない気がしてくる。俺のドン引きを他所に、緊迫する状況を説明をしてくれた。

「王家の掟で。戴冠式前に掴まると王女殿下の継続が決まってしまい。娘が20歳になるまで逃げられんのじゃ! つまりはタイムリミットが、ヤバいのじゃ!」

「いいじゃん。続ければ?」
「っざけんじゃねぇええのじゃあぁア!」

 あっけらかんと言った俺の顔面に思いっきり、イズミノミフの拳が炸裂をする。DVは嫌だなぁ。

「乗客である私をここから連れ出すのじゃ!」

 額にキスを散らすイズミノミフに俺も額にキスをした。彼女の頼みを聞くことにした。俺と一緒に北海道に駆け落ちをしたいと望んだことを承諾したんだ。

「お客様。どちらまで?」
「ったく! お前は、昔となんら変わらんなァ!」

「ははは! そうですか? 女王陛下様は、少しばかり発育もよく――成長されましたね」

 俺が会った当時の彼女は小さく、幼かった。まぁ、そんな彼女に手を出して、アレも出しちゃった訳ですが。誘ったのは彼女だし、なんて。遠まわしに俺が悪いだけじゃないって、頭の中で肯定をし続けた。

「……私は。お前の好みの女になれたのだろうか?」

 顔や耳まで真っ赤に言うイズミノミフ。いや、和泉ちゃん

「和泉ちゃんはどう思う? 俺のこの顔は、まだ好きなのかい?」
「っき、貴様ぁ~~‼」
 腕を振りかぶって、和泉の拳が手加減もなく勢いよく俺の腰を殴打する。
「って、ててて! 痛いってば、和泉ちゃん」
 俺の悲鳴に和泉もようやく、はたとした表情で止めてくれた。

「それで? あのタクシーはどこじゃ? フジタ」
「ああ。車はここまで来るににゃあ人が多過ぎたんで、遠くの場所に駐車したんだけど? 何?」
「遠くとは何処なんじゃ?? いや! 言うよりも早く行くのじゃ!」
 強い口調で言うと和泉は俺の腕を引いて、強い足取りで歩き出した。俺も、彼女に引っ張られるがままについて行く。

「そっちじゃなくて。こっちなんだけど?」

 俺が言うと和泉も指示した道へと向かった。
 
「必死過ぎない? そんなに俺なんかの奥さんになりたいの?」

「当たり前じゃ! 一度でも身体を交じれば、それは夫婦の契りなんじゃぞ!? 馬鹿も休み休みに言ったらどうじゃ! 馬鹿者めがっ!」

っおっもぉうぃいなぁ~~)
「うへぇええ、……まぁじっすかぁあ」

 処女を拗らせた女、そのものに和泉はなり果てていた。可愛くないってことは思わないし、むしろ、たった一度の……濃厚だった行為に子どもだった彼女もよく耐えたとも思うし。まぁ、成人女性に擬態化していたけどもだ。
 そんでもって、俺なんかの子どもも身ごもって、産んだっていう強者でもある。そんな女に心惹かれない男がいるだろうか。本気の年季が違うんだ。
 しかも、40代の手前の男にとったら、10歳以上も恐らく、多分――年下の幼妻だぞ。悪い物件なんかじゃないが、肩書きが少し地雷で重いが、それは子どもの頃の俺が植えつけてしまった恐怖が原因だ。仕方がない。

 しかし、娘の成人の儀。戴冠式を向かえれば、晴れての一般人となり。肩書きもなくなる。和泉は自由だ。和泉だけ《自由》だ。娘の自由と引き換えに。

「ひっどい母親もいたもんだなぁ~~」

「ふん! どの口が言うのじゃ? ったく、本当に昔から変わらんな、お前は! 飄々と腹正しいったらない!」
「……女王陛下様は俺の心の変化をお望みでしたか?」

 グイグイ、と引っ張り続ける和泉も無言になってしまう。俺は思わず宙を見上げた。なんつぅかね。警護船みたいな、物々しい飛行船が空を埋め尽くしているんだもん。何、コレ。マジで、俺。見つかったら処刑じゃん、こんなのあり得ないって。人生も何もかも――終了のお知らせよ。

「!?」

 うん。なんつぅか、驚いたね。和泉が俺への命令は三つだった。これだけは守って欲しいってさ。

 1.誰も巻き込まないこと。

 2.都市の崩壊を極力抑えること。

 そして、最後の条件は。

 3.何があっても、自身を守り抜き。この《17丁目》から脱出させること。

 色々で、策はないけどもだ。無茶難題と過言ではない、俺じゃなければだ。それを分かった上での申し入れなのか。ただの本当に口走ったことなのかは不明だが。旧女王陛下様の願いとあれば極力のことはしょうとは思った。俺の嫁だし。

「ちょっとばっかし。俺にゃあ不利しかない話しじゃないっすかねぇ」

「それぐらいが丁度よかろう? お前が人間だとは思ってはおらんし、これくらいの枷があっていいぐらいじゃろう?」

(話しを聞いてねぇし)
「枷なんか欲しくないんだよなぁ」

 背中にあたるささやかな膨らみに興奮をする。だが、今はそれどころなんかじゃない。一刻も早く、この場所から出ないと和泉に殺されてしまう。そして、この《17丁目》でも殺されてしまう。

 さて。こういう場合は、なんっつぅか。ダンマルちゃんに助けのアイデアを頂く他ないっしょ。持つべきは兄弟。弟ちゃんなのさ!

「む? 何をしておるんじゃ? お前は」
「電話ぁ!」
「……誰にじゃ?」

「弟のダンマルちゃんっすよぉ!」

 走りながらかける携帯電話はなんてし辛いのか。立ち止まってゆっくり携帯の液晶をタップしたいが、それは出来ない。なんとか押せて耳に押し当てた。

 ――『はい? どうかしたんですか、兄さん』

「あのさぁ? すんごい窮地でさぁ~~? んで、ちょっとばっかし知恵をば授けて貰おうかなって感じなんだわ~~」

 俺の言葉に、ダンマルの奴も言葉を失った。なんか、とても怖いんですけど。だって、俺がどこにいるのかを、コイツは知ってるんだもん。

「ぅおぉー~~い? ダンマルちゃ~~ん?」

 ダンマルに声をかけるも返事がない。これは、本当に恐ろしいな。

 ――『……兄さん? ひょっとして? 何か仕出かしてます??』

 とても低い口調のダンマルちゃん。あー~~こりゃあ、察しましたわ。気づかれましたわ。

「うん。盛大にやらかしちゃいましたなっ! てへ♡」

 ――『おーまーえーっわぁああア~~っっっっ』

 明らかに激怒の声のダンマルちゃん。
 本当によかった。子どもの突発的発熱、グッジョブだ。

「んなカリカリなさんなっての。お兄ちゃんが、後処理しなかったことなんかないだろぉう?」

 ――『……だから心配なんですよ。貴方は、無茶ばかりをするから』

 俺は肩を揺らして笑う。

「こう見えて。お兄ちゃんってば――最強なのよ? お分かりでしょう? ダンマルちゃん」

 ――『分かってます。だからです、敵に同情します。でも年齢も年齢ですから、きちんと手加減はして下さいよ? それで、相手はどこの何方なんですか? 状況を教えて貰えますか? 藤太さん』

 なんて、ようやく聞き返した様子に俺も、ガッツポーズをした。

「相手ぇ~~? そりゃあ、あンた」

 この後に言った言葉に、ダンマルちゃんは激怒したが。最終的に協力を得た。これで俺は本当に、最強×最悪になった訳だ。

 娘には悪いが。
 俺はお前にゃあ負けない。

 嫁さんを連れて帰る。

 俺は和泉を背中に背負ったまま走った。本当になんだって、愛車アウディを置いて来ちまったのか。正直んところ後悔しかないね。

「お前。きちんと車を停めた場所に向かっておるのだろうなぁ??」

「ええ! 勿論ですよぉう?」
「……そうは見えぬが??」

 疑いの声で和泉が俺に言う。確かに、あンたの勘は正しいよ、覚えているが道を反れちまってるかんな。道を普通に行ったところで、囲まれて殺されるのがオチってもんさ。

 なら、状況を確認してダンマルちゃんと協議をした方がいいってもんでしょうよ。

 ――『それで。兄さんは暴れたいんですか? たいんですよね??』

「待って? ちょっと、待って?? ダンマルちゃんってば、何を言ってくれちゃってんの」

 明らかに確定的な、断定的な言い方ってもんだ。お兄ちゃんをなんだって思ってんの、って話しさ。もう35歳以上のおじさんなのよ、お兄ちゃんってば。無理だって出来ないお年頃なのよね。身体もガタガタなんだからねっ。

「暴れるのは二の次さ。今んところ大事なのはカミさんだし」
「っふ、フジタぁああ~~♡♡♡♡」

 歓喜に肩に顔を埋める和泉はまるで猫のようだ。撫で声が聞えたのか。苛立った口調が鼓膜へと棘ある言葉を投げかけた。

 ――『盛らないで下さいよ? 状況が状況なんですからね?』

「盛ってなんかねぇ~~っしぃい?!」

 ――『どうだが怪しいものですね! ったく!』

 電話の向こうのダンマルちゃんは激オコだ。いつもの短気と、俺の心配で一杯一杯なのは分かるよ。俺だって、こう見えてちょっと焦ってるんだからな。

「段々とさ。女王陛下探しが慌ただしくなってきてやがるよ。ダンマルちゃん!」

 ――『姫も、……娘さんも必死なんだ。母親探しをするのは当然でしょうね』

 母親を見つけなければ、以後の20年近くは玉座に腰を据えなきゃなんねぇ。どこにも行けない籠の鳥になっちまうってこった。次の世継ぎを生まない限りは縁談が続いて窮屈で苦しい生活に陥る。しかし、母親を見つけ出せば。またしばらくは自由を得ることが出来る娘だ。若さを愉しめただろう。

「だよなぁ~~草生えるな」

 ――『それでも兄さんは、母親を強奪する真似をされるんでしょう? 悪魔ですね』

「そこな」

 俺達の会話に「ごたごた煩いぞ! お前らっ‼」と和泉が吠えた。恐らくは蚊帳の外でつまらないんだろう。

「いいから! 早く車に着くのだ‼」
「はいはい。その通りです、女王陛下様っ」

 俺も、「ダンマルちゃん。とりあえず、辺りの地図や周囲の包囲網なんか脳に送ってくんない?」と無茶苦茶に聞こえるかもしれないが、出来ないことを要求する気はない。うちの弟は万能なんだ。甘くみてくれちゃあ困るねぇ。

 ――『ったく! お土産は期待出来そうにありませんね。いい小遣い稼ぎに期待していたというのに』

「残念! 買ってあっりっまぁ~~っすぅうう」

 意気揚揚という俺の脳に地図やらなんやらと、希望したものが送信されて来た。流石は弟だわ。素直に脱帽するよな。

 ――『とっとと。終わらせてお土産を無事に運んで来て下さい!』

 女王陛下様よかお土産ですか。流石は金の亡者君だわ。

「ああ。そうするつもりだっつぅのっ!」

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