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タクシー運転手とワガママな8人の乗客者たち#19

 乗客 編集者と漫画家 前編 層雲峡への取材旅行


「っはー~~雪がすっげぇ~~って。ダンマルちゃん」

 大雪は降り止むことなくしんしんとだ。俺は大きなため息を吐くしかない。こんな日は、家でのんびりとごろ寝しながら、テレビにツッコミをしながら、携帯でネットショッピングをしながら、ビールを飲みつつ、お風呂に浸かりたい。そのまま布団にダイブして仲良くしたいんだよ。

 ――『今年はかなり寒い上に豪雪予定だって。年間天気予報で言ってましたね。ついさっき』

「こんな吹雪で極寒な外になんか出る馬鹿なんかいないよ、いないいない。帰ろ、かえ――」

 ――『ほら。私の子供の為にしっかりと、稼いで下さいっ』

 弟のダンマルの奴は、こっちに居着いてあっと言う間に、彼女をとっかえひっかえと、モテモテになって、俗に言うところのヤリチンになった。
 小さいときの鬱憤か、何かが、吹っ切れたか爆発したかなのかもしれない。俺が口を出す日が来るとは、流石に、親父フムクロも思わなかったんじゃないだろうか。女性関係と生活態度で何度も、衝突して喧嘩ばかりをして顔すら見られなかった。
 ダンマルの奴と一緒にタクシー稼業を一旦置いて、違う職場で勤めたときにいい出会いと縁もあったおかげで結婚をしてくれた。しかもデキ婚じゃなかったことに、正直なところ驚いた。もっと、驚いたのは産まれた子供が、本当に普通の人間だったことだ。
 産まれたら《17丁目》に奥さん共々と帰郷及び、説得させて、移住させるしかないなと頭を抱えていた。当然、ダンマルちゃんも結婚相手には事情は話していたようだ。俺が彼女と会ったときの印象はのんびりとしている、という見たくれだった。大丈夫なのか、というのが正直な話しだった。でも、よくよくと彼女を知っていくうちに分かったのは、芯のある割と尻に敷くタイプだったという人物像だった。びっくりしたと同時に、俺は安心もした。ダンマルの奴が浮気をする心配もないだろう。なんて下衆にも安堵をしたんだ。

「ダンマルちゃんはほんと、兄使いが荒いな。お兄ちゃん、泣いちゃうよ~?」

 俺は、そう言いながらハンドルをきって、愛車アウディを走らせた。
 11月にしては降ったり、止んだりとした天候で路は割と、ぐちゃぐちゃでタイヤもぐねぐねと、ハンドルもいうことを聞いてくれないのが、本当に辛いと思ったこともない。毎年のこととは言え、だ。

 ――『何を今さら。ほら。今日も、きちんと収入がなかったら、帰って来てもビールも長湯も許しませんからね』

「……――いい度胸だな、おいっ。愉しみを奪うなよなっ!」

 弟夫婦と一緒に同居している身だ。ダンマルが言うことは、あり得そうで流石に怖いものがある。しかも、ダンマルの奴はヤると言ったらヤるタイプの異界人だし。嫁さんも同じ性格だ。ヤることは一貫してヤるタイプの人間だ。うん。こりゃあ、俺がどう足掻こうと勝ち目なんかない。
(お!)
 旭川駅に着くと、あっという間に乗客にありつけそうなくらいに、タクシー乗車口には、立ち客が頭数も多くワイパー越しに見えた。

「ぉあ~~いるいるっ!」

 ――『ああ。駅に来たんですね。初めからここに客待ちしてればいいのに。全く、本当に趣味程度に働くのは、異世界あっちだけにして頂かないと。正直、首を締めたくなるときがあるので。経済的体裁な意味も込めてですよ』

 突然の告白に俺も「殺す気満々だな! おい!」と突っ込むと。前のタクシーが動いた。ああ。乗客を乗せたのか。次は俺の番か。普通のいい天気なら、その次が来ないことも多いが、こんな天候だ。すぐに入れ食いだ。俺のタクシーの後部座席を開けてと立ち竦んでいる。俺は後部座席の扉を開けた。

「本日は有難うございます」

 若いひょろ長い男に体躯のいい横幅のあるいい歳だろう男が2人、親子並みに離れた乗客を乗せた。興味深いと同時に、どんな関係なのかと思い馳せて、俺は彼らに行き場所を尋ねた。

「お客様。どちらに向かいますか?」

 にこやかにバックミラー越しに聞く俺に、耳を疑いたくなる言葉が聞こえた。どうして、この駅でなんかで下車なんかしたのかと。

「層雲峡まで、お願いします」
「運転手さん。時期的に雪が降るもんですか?」

 げんなりとした若い男が俺に聞いて来た。俺も天候から疲れたのかなと苦笑を噛み殺して答えた。

「地元のタクシー運転手も異常気象って嘆いていますね」
「つまりは運がないってことか、……ふむ」

 俺の言葉にメモるのが見えた。他愛もない会話なんかを記録する意味があるっていうのか、かなり使い込んだ手帳だ。紙は取り換えが出来るタイプか。
「先生! 何か浮かびましたかっ!」
 若い男が拳を握ってメモる男に喜々とした表情で聞いた。若い男の言葉にメモっていた男が目をぎょろりとさせて、さらに口も大きく吠える様子が見えた。

「うンン、……っちょっと! こんな場所で先生とかマジでやめて!? 水科さんンんっ!」
「あ!」

 言っちゃった! マジでヤバイといった表情で、俺の背中を見られて、やれやれだぜ、ため息ー~~って気分だ。層雲峡までは、彼らが降りるって言うまでは、走り続けなきゃなんない訳だからね。ここは聞くのがベストなのか。「興味ないですよ」やスルーがベストなのか。果たして、どちらが友好的にいいんだろうか。弱ってしまう。本当に参ったね。

(ダンマルちゃん。どうしたらいいの、これさぁ~~)

 ちょっと、どうにかしたいようなしなきゃいけない空気のような、そうでもないような。本当に、こういう客が本当に、困るんだって。

「すいません! えぇっと……尾田さん?? あの、オレ達は決して、出版関係だとか、担当と執筆作家とかの関係で、取材で層雲峡に行くだとか! そんなんなんかじゃないんですよっ?!」

 うん。これはもうバラしてますよ。水科さん。横の先生って人の顔を引きつってるよ、身体も小刻みに震えてるし。ああ、顔を両手で覆って伏せちゃったじゃないか。これはフォローをしてあげた方がいいのかもしれないな。
 いや、でも出版関係者の乗客なんか、めったに乗車しないし。あたったこともないし、いや、ほらむしろ有名な作家さんでサインとかもらったこともないし、サイン会とか旭川の書店ではよっぽどじゃない限りは主催も開催されない。サイン会とかは札幌ばっかりだ。どうして旭川には来ないんだよ、来いよ、旭川の書店に! ああ。でも、待て待て。俺は彼らが編集者と作家としか情報がない。どんなジャンルの作品なのか、有名なのかなんても全く持っての無知な状態だ。ここは名前をきちんと聞くべきか。本のタイトルを聞くべきなのか。本を貰えないかな、サイン付きで。まぁ、無理にしてもダンマルの奴に自慢が出来るな。よし、一丁。行きますか。層雲峡に!

「へぇ。お客さん達。漫画家さんと、編集者の方なんですか~~この時期の北海道。しかも層雲峡ですか~~取材って、大変ですね~~」

 当たり障りのない会話だ。この調子で始終行こうと決めた。深く踏み込んだら、厄介そうだしな。
「いや。そんな大層なもんじゃなくて、新しい連載に向けての名目での、リフレッシュ旅行みたいなもんですよっ! 長期連載していた作品の執筆も終わったので来たんですよ! 取材名目じゃないと旅行費も出ないご時世ですよ、長年の貢献に出すもんも出さないと、って思いませんかぁ! 尾田さんもっ」
 感情もころころと水科が言うもんだから、問い詰められた俺も苦笑する他ない。
「まぁ。いいリフレッシュ旅行になることを祈ってますよ」
 ハンドルをきる俺に、押し黙っていた漫画家の男が、
「……何か、変わった乗客とか。今まで、一番参ったことってあるよね? 尾田さん」
 低い口調で、よりによって聞いてきた。1番、聞かれたくない人に聞かれちゃったよ。
 だって、これは明らかに取材名目っぽいものに入らないか。
「いえ。お話し出来るような話題はないんですよ。あったとそしても、それは……ネタにされたくないんですよ
 俺も、はっきりと言ってやった。
「私の今までの事情、お客さんの飯の糧にしたくないですから」
 ここまで言えば押し黙るか。引くと俺は踏んで、淡々と言った訳だが。どうにも、物書きってのは、空気を読まないようだ。

「取材費から幾らか融通するし! そだ! 資料提供とか、原作っ‼ どうだい? どぉおおうだいぃ?! 尾田さんっっっっっ‼」

 必死だ。どうにも必死過ぎて逆に、俺が引くし。あんたの横の編集者の人も、茫然唖然となってるぜ。先生さんよおう。
「いやいやいや。あの、私の話し。聞いてましたか? 先生」
 このまま、流してしまいたいのだが。それを先生は許さないようだ。

先方空知センポウソラチは真剣に言っているんだ! 冗談なんか言わないぜ!」

 すごい剣幕に怒られた。俺は水科を見て「先生は冗談は言えない性質で。こんなんだから、離婚もするんですよお~~先生ぇ~~」なんて口も軽く担当作家の隠した方がいいことをぺらっと俺に言い聞かせるかのように告げた。いや。それを聞かされた俺は、どういう反応したらいいのよ。本当に勘弁をしてくれって。

「かはっ!」

 お茶目に言う水科の言葉に、大声で叫ぶ空知大先生。
 ちょっと、可哀想になったし。仕方ないな。ネタにされるのは嫌だけど。
 これも、何かの縁だろう。離婚されたって話しも聞いてしまったし。

「では都市伝説的なのは。如何でしょうか」

「それって《17丁目》って。ことの話しなのかい? 尾田さん」

 俺の都市伝説の話題から、そう察して言ったのは、担当の水科だった。
 どうにも彼は地元の人だ。恐らくだが間違いないだろう。
「水科さんは北海道の出身だね?」
 俺は確信をもって、バックミラー越しに彼の表情を盗み見た。視線がかち合うと、水科が親指を立てた。やっぱりだ。だから、自身のお抱え作家を、自身の故郷でもある、北海道へ旅行を取材名目で誘い出したのか。
 それは、作家の空知の為なのか。それとも自身に何か思い当たる節でもあったのか。ネタ提供をする為だったのかもしれないな。

「なら。担当者が作家さんに、こういうことが地元に言い伝えがあるんだって一言と言えばいいだけの話しだ。俺が絡む必要なんかないですよね」

 巻き込まれることも、巻き込むような真似もしたくなんかないんだ。後悔をしたくないんだ。どうして、こういう面倒な乗客ばかりに当たってしまうんだ。今日はヤケ酒とネットで買い物三昧をして忘れよう。
「お喋りはお終いだよ。水科さん」
 俺は肌がざわつくう空気に嫌な予感がした。なんというか、こう闘争心というか、臨界態勢のような、荒ぶるような、憤りを覚える。なんなんだろうか。この言い表せないような、言葉にならない感情は。

「話しは歴史だ。寓話にも――《原点》があるってもんでしょう? 尾田さん」
「ははは。原点だぁ? 俺ァ、語る気はねぇよぉう?」
「っちょ! っみ、水科君?????」

 水科の横で戸惑う空知の顔はしどろもどろと、横目で錯乱しているかのようだった。流石に、そんな様子の彼の放置も、あれだとは思った。このまま、解決するまで寝させるかとも考えた。
「ほらぁ。空知先生が困ってるみてぇですよぉう。水科さぁあん」
 俺の、視線に気がついたのか。
「オレは先生に聞かせたいだけですよ。オレがどう言っても、どの歴代担当作家は、聞く耳を持たなかったから」
 横に顔をやって窓の外を見る水科の表情は、どこか、悲哀を感じた。多分だけど。いや、恐らくは。作家に本気で惚れこんでいるんだ。信用して、信頼をして、大先生にしたいって信念を感じた。

「ははは。じゃあ、何かい? そちらの先生は――信じたのかい? 眉唾な、こんなオチもないような《寓話》なんかを!」

 信号待ちで、俺は後ろを振り返った。
 そこには、
「はい。だから、僕は担当者の彼と。今、ここにいるんです」
 自身の担当編集者を、心から慕っているといった表情の空知の表情は、とても、眩しくて若さも感じた。今の俺なんかにはない――《興味心》《探求心》を。そして、《道徳心》だ。

「眩しいなァ。いいさ、話してやるよ。ネタになるような、とびっきりなファンシーなのを!」

 ◆◇
 
 俺がいつも通りに《17丁目》にかけもち異世界タクシーで仕事を終えて、また、トンネルを通って帰ろうとしたら。案の定に、ダンマルの奴が泣いて、引き留めてくれちゃって、帰るのも少し遅れて帰るはいつものことだった。
 なんとか、そこは親父フムクロが引きはがしてくれて、俺もダンマルの奴の頭を撫ぜて、愛車アウディに乗り込んで、エンジンをかけて走るまでがデフォーな毎日。
 いつも通りの、いつものやりとりに、いつもの光景に。
 俺も、どこか馴染んでしまっていて、胆も据えてしまっていたから。
 見過ごしてしまっていたんだろう。

「じゃあ。今度の休みにな! いい子にしてろよ? ダンマルちゃん」
「馬鹿! くそ野郎!」
「はいはい」
「事故って死んじまえっ!」
「じゃあ。親父、ダンマルのこと頼むわ」
「はははっ! 誰に物を言ってやがんだぁ? フジタよぉう」
 肩にダンマルの奴を腰かけさせて、すっかり、本物の親子だ。そんな彼はいつも、別れ際に俺の頭を鷲掴みに撫ぜてくれる。それが別れの挨拶だ。

「?? ぁ、あれ????」

 そんなときに、ダンマルの奴が何かに反応をした。
 大きく縦に伸びた耳が、左右に動いていた。ただ、それは親父も同じ反応だった。

「ああ。何か、音がしたな???? この居住区に、来やがる莫迦がいやがるってのか?」

 場所は、ダンマルが隔離された地区だ。そこで、ダンマルとフムクロは一緒にいることが多かった。やっぱりというのか。まだ幼いダンマルには。そこが家で。フムクロの家にいると、夜泣きをすることも多く、寝しょんべんやら、情緒不安定にもなりがちだった。だが、ダンマルの奴の家にいれば、そんなことは全くない。以前のように襲撃をされないのは、俺が結界を張ってあるからだ。二重、三重、四重に張り巡らせて。攻撃されれば、関係者の全てに強力な呪詛をかけて、獰猛にも牙を剥き、抹殺能力の高い術式を、俺は開発し、今は、強固なもので安定に、気づかれないような結界にすることが、今の研究内容だ。ただ。その結果は、もうすぐに出るところまできていた。

「それはないでしょう。ここは《腐敗地区》と比喩されている程なんですから」
「そりゃあそうだが。それでも、通らねぇと先に行けねぇとか。ああ。あれだ! 追ってから逃げてるっこともあんな」

「あのさぁ? さっきから何を話してんの?? じゃあ、俺は帰るかんね?」

 訳の分からない、異界人同士の話しに、ただの一般的な異世界人の俺なんかが、2人の会話に入れる訳もない。たまにある、そんな局面には。俺は気にする必要もないし。いいや、と諦めてたんだけど。今回の、ソレの話しは、もう少し聞くべきだったと。
 
 後になって、頭を抱えた。

 ◇◆

「何かイイね! イイね! イイねぇええ‼」

 俺の話しをメモってる空知先生の目がキラキラと、少年のような目になって輝いていた。俺は肩を竦めてしまう。どこが、そんなにいいのかなんか、訳が分からないからだ。

「層雲峡に着くまでに最短に、まとめた方がいいですかね」


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