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タクシー運転手とワガママな8人の乗客者たち#22
乗客 編集者と漫画家 後編 取材の終わりに…
『ダンマル、ちゃ……ちがっ。俺、こんなことになるなんざ思って――』
精一杯の言い訳を俺がダンマルに言った。いや、違う。違うな。自分を肯定する為に、自分にそう言い聞かせたかったんだ。こんなにも残酷で、馬鹿みてぇなことをしておいてアレなのは。重々に承知なのは。頭の中では理解してるってのにさ。
『思いもしなかったんだってっ』
「なんて。嘘だよ、……あいつらを倒す、殺す為なら少々の犠牲なんか、どうでもいいさって、俺はこんとき、思ってたもん」
当時の俺の心境を、初めて会った乗客なんかに、どうして俺は話したりしてんだよ。教会の神父みてぇに懺悔して、赦されたいのか。それとも――ただの欺瞞か。こいつらを巻き込んで、背負わせようなんて。まあ、どうだっていいよ。蜂の巣を突いたのは、あンたらだろう。
「焼け野原になったって。復興すんだろ、どうせって。本当に思ってたんだ」
俺は、この過去の動画を上映するにあたって、辺りには四重にも結界と魔法陣を張り捲らせている。どんな奴らにも、やらかしてしまった俺の失敗を観せる真似なんかしなくたっていいだろう。
『本当だって! ダンマルは信じてくれんだろう?! お兄ちゃんをっ!』
今に思えば、俺って奴は最低に兄貴だろう。慕ってくれている弟を、騙そうとして、懐柔しようなんて思っていたんだから。
『御託はいい。早く、この糞みてえな術式を止めろっっっっ!』
雨はダンマルに降り注ぎ、コートを焦がしていった。白い煙が上がっていて、見える皮膚の箇所は、イズミノミフとゴリラ同様に真っ黒に、グロく焼き爛れている。でも、術式を発動させている俺には、何の被害もない。
『早くしろ! 糞莫迦野郎っっっっ!』
いつにもなく大きく口を開くダンマルの口腔内は、鮫のように獰猛な鋭利な牙が生えている。姿や、格好が日本人のように化けても、結局は中身は変わらない。怪物なんだ。凶悪な怪物なんだ。《17丁目》の住民だ。
『無理だよ。ダンマルちゃんっ』
「初めて扱った魔術式は暴走してて。もう、これが俺なんかの手で仕舞える程の、生易しい状況じゃななかったんだよなァ。今に思えば、本当に。馬鹿やっちゃったなぁって他人事に思ってた自分をぶん殴りたいわ」
『俺。この、止め方――知らねぇ、もん……』
『――~~っはぁ!?』
俺の言葉の意味に、数秒だけどダンマルが制止してしまった。顔の表情も、無になっている。本当の達磨のように。
「ねぇ? この、……周りが赤いのは。どうして?」
「! 違うっ‼ これは燃えてんだっっっっ‼ 空知っ‼」
宙ばかりに気を取られてたが。ここでようやく、水科と空知が地上を、辺りの光景を見渡した。
「思い、出し……たっ! っこ、これはっ、……20年くらい前に起きた――」
深夜にどこからともなく起こった火災があった。その炎はあっという間に、燃え広がり、大火災になった。火傷を負い、息を吸い込み、建物の下敷きになった死傷者も、諸々と大量に出した――《北海道丑三つ刻大火災の夜》
「犯人は――俺だよ」
俺は大きく息を吸って吐き捨てた。ニュースで、この話題が出る度に、自分の幼さと馬鹿加減に呆れてしまう。
「っそ、そんなことがっっっっ??」
「冬だってのに、火が収まらずに広がり続けた。あの火災の、犯人だって?!」
「だから。そぉうだって言ってんでしょうが」
『おいおいおい。ヤケに明るいじゃねぇかァ。フジタぁ?』
ここで来てしまったのは。親父だった。
正直に言うなら、こんな場面に来たことに感謝をするところだろうが。
俺は自分の身の危険を察知したもんだから、愕然としてしまう。ヤバイなというのが全てのことを要約している。
『ぉ、親父、……どうやって。ここに来――』
『そんな言葉を吐いてどうすんだぁ? フジタよぉう。王女誘拐の手引きに、禁忌術式を現実世界でヤリやがった罪は、すこぶるに重いぜぇ? 覚悟はいいかい……糞餓鬼がよぉう』
禁忌魔術師の正当衣裳。真っ黒いロングコートに、真っ黒い兜を被り、全身の至る箇所に魔法陣を纏う姿は勇ましく。俺の恋焦がれる――父親の後ろ姿だ。
『フムクロ。私も手伝おう、……あんな莫迦でも。私のかけがいのない兄だからねっ!』
『本当に出来の悪ィ~~莫迦ってのは。ムカっ腹に来るほどに可愛く見えちまうっわァ‼』
『同意はしかねるね! 莫迦は莫迦だ、流石に懲罰を与えるべきだっ!』
長い耳に、小さな身体の本来の姿にダンマルも戻っていた。まず、ダンマルがしたのは狼狽えるゴリラからイズミノミフの奪還だった。
『っだ、大丈夫ですか!? 王女様っ‼』
『これが! 大丈夫に視えようかっっっっ‼』
『……です、よねぇ……っはぁ~~っ』
少し息吐いたダンマルにゴリラが襲い掛かる。不意打ちを吐いたダンマルの目が丸くなったのが見えた。
『●$#¥××!!』
『!?』
『油断してんじゃねぇよォ! ダンマルぅう!』
『っす、すいませんっ』
『ま。いいけどよぉう』
反撃しょうとするのをフムクロが手をかざし、シャボン玉のようなもの生み出すとゴリラを中に取り込み、一気に縮小させた。さらに、そのシャボン玉を落下させると、シャボン玉は木っ端微塵に割れた。ゴリラ共々にだ。
『っは! 悪ぃねぇえ~~っふっは!』
嘲笑うフムクロの表情は、明らかに悪役のものだ。正義の使者には見えない。少なくとも、フムクロのことを知らない奴にとってはだ。
『一丁。この辺り一帯に潜む連中を全て《捕縛》だぜぇ』
フムクロを包む魔法陣が一斉に光りを放ち、全方面に奔った。
かと、思えば。フムクロが指を動かすと。フムクロが言うところの《連中の全て》が球体の中に入ったまま集まった。ゴリラにダチョウ、キリンにサイといった、様々の形状に《17丁目》の回し者が集結をした。
『流石ですね! 相変わらず手際もよく、まだまだ現役でもいけるんじゃないですか?』
『っは! 止せよ、老体にゃあ厳しぃってもんよ』
「ぁ、あれが、……尾田さんのぉ、父さんなのかい?」
「はい」
「っい、いいねぇ~~! デッサンっ、デッサンをキャラデザにいいよ! ぃいいよぉう‼」
空知が萌えたようで鼻息荒くデッサンを描いていく。
「親父は。どんな生涯だったかなんて聞いたこともないし。聞く必要もなかった、……ずっといれば、……一緒にいられればよっかたんだ。俺は」
どんな顔で、俺はこの場面を視ていたのか。
「まぁ。結局ところ《王家》と違って、ただの住民には《寿命》はあったんだから。それは知っておいてもよかったんじゃないのか? あんたは」
俺の肩を水科が数回叩く。
「ああ。《王家》は――不老不死を超越した王者だもんな」
依然と硫酸の雨が降り続け、辺りを燃やし続けた。合間に、雪が降り注いでいるのが幻想的でまるで嘘のような、映画の1シーンのようなものに俺は思えた。見惚けてしまった俺に親父が叱咤した。
『おい! フジタぁア‼ 何を惚けてんじゃあ‼』
『!? ぁ、ああ。ごめんっ!』
『ご免で済んだら警察なんざ要らねぇんだよっ! 愚息がっっっっ!』
「この言葉が。そのとき1番、ショックだったよ、……失望されたことが。させてしまったことが1番の――俺の奮い立たせる言葉だった」
「……そっか」
『俺なんかのせいで。エライことになっちまった、……親父。俺は裁かれるのか? 罰せられちまうのかな??』
俺は辺りを見渡した。大きな火が昇る建物に、逃げ惑う人間達。焼け焦げる人間の遺骸も多く、大火傷を負っている人間達に手を差し伸ばす人間達の姿が、俺の涙で揺れている目に映し出される。
『さぁな。少なくとも現実世界じゃあそれはないだろうなぁ。ただの自然発火で終えちまうだろうよ。だがだ。王女の誘拐による行為で異世界で裁かれる。よって、手前を《逮捕》の上で連行だ』
悪役達と、俺を捕獲したフムクロにとって現実世界はあまり関心はないようで、そのまま俺共々に戻ろうとしたことで、俺は腕のフムクロの腕を解いた。
『おいおいおい。ここで抗っちゃうのかぁ? 何、何々?? 反抗期なのかぁ? フジタぁ????』
引きつった笑顔を向けるフムクロに対して、ダンマルは違う。俺に失望の眼差しを向けたんだ。
「そりゃあ。無駄に抵抗する兄貴がいたら、腹が立つってもんさ。なぁ」
「え? ああ。でも、面目はないよね、この場合は。王族の彼女が見ている以上、ごまかすことも出来やしないもんね」
要点を言い当てる空知に流石は漫画家は違うなとか、納得してしまった。起承転結をきちんとさせて、完結させる手腕はすごいなとか漫画家の描いた最終回は感動の締めにため息を吐いてしまうもんな。
「でも。ここから主人公は活躍するんだ! ねぇ、そうだろう!? 尾田さんっ!」
『往生際が悪いぞ! 藤太ぁア!』
それには目を光らせてダンマルの奴も吠えたのを記憶している。ただ、それに背いても、俺にはしなきゃなんないことがあるんだ。
「まぁ。そうかな? 俺がしなきゃなんなかったのは――」
『俺は今から、現実世界を閉鎖する‼』
俺ははっきりと言い捨てた。この火事が起こって90分近く経っている。
その間に、多くの財を、多くの家族を失った人間も多いだろう。その責任は俺が負うよ。多分、こんなときの為に俺は力を手に入れたんだろうな。
いや。
違うな。
『全てが癒える、その期間を捕縛しっ。ズレを修正し続けよう!』
与えられたんだよ。
俺の性格を見据えた奴が。
『俺自身が羅針盤になって軸を創造し。括る楔になろうっ』
《神様》《仏様》って奴が。
『《異世界招待券》を使用し、《見知街》を移動結界の上っ。移転による地震を未然に防ぎ、当たり障りのない日常を保証するっっっっ!』
金色に輝く折れ線のあるチケットを宙に掲げた瞬間。閃光が放たれた。燃えた家が、黒焦げの遺骸が、大火傷さえも何もかもが巻き戻り。逃げ惑う人間達もいなくなった。
ただ、だ。
『っぐ! っがァああぁ‼』
全ての記憶が俺の中に吸い込まれた。
「あ~~痛そうだねぇ~~これなんか」
「ビックリしたけど。あまり痛みはなかったですよ。多分、俺――痛覚がないんだと思います」
腕を組んでしみじみに言う俺に「もう、終わりなのか? そんな訳ないだろう?!」って不満そうに水科が言う。
腕を振りかざして、大きく口を開けて、俺にそう吐き捨てた。
ああ。
確かに続きはある。
『王女様。お怪我はぁ~~、……今すぐに治癒をしましょうじゃねぇか』
慣れない敬語で話すフムクロに俺は少し、笑った。全て終えたことに力も抜けて。宙から地上に真っ逆さまになった俺を、ダンマルの奴が抱きかかえたままに降りてくれた。人間の姿にお姫様抱っこには、流石にツッコミたかったが、俺にはそんな元気もない。
『良い。治癒は、あっちの莫迦にしてもらうとする』
『……――いや。あの、アイツぁ~~そういった治癒とかは無能もいいところで。とんと不向きでしてね? でしって、って! 王女様ぁアっっっっ!?』
イズミノミフはそう言って、お姫様抱っこされたままの俺の手を取った。
『あたしと添い遂げるのじゃ』
『……俺は人間風情ですが?』
『嫌なのか』
『身分が違うんで』
『はぁ?』
唖然とするのは親父もダンマルの奴も一緒だ。これは明らかな求婚だからだ。流石に手を出しちまったことも、後悔の1ページに追加される。
「王族が人間に形状が似ていることに理由があるんだ。異種性交渉による血の浄化って変な風習っての? だから、異世界の奴らは人間の形状した生き物が大嫌いなんだよなぁ。王族を崇拝してやがるから、それ以外を認めねぇの。ぅんだから、人間の討伐が頻繁に起こるんだよ。一応、ダンマルは没落した王族の血脈が流れてんの。だから、人間の遺伝子もあっからかなり似てんのね」
『俺の運命の女はあンたなんかじゃないんで』
勿論、丁重にお断りをした。
◇◆
「ここで終わりなのかぁ~~もうちょっとで、こう! インスピレーションが浮かびそうだったのにぃ~~‼」
タクシーの後部座席で先方が頭を掻きむしった。知ったことかと、俺も、またタクシーを走らせた。層雲峡まであと少しの距離だ。一刻も早く、この荷物を下ろしたくて堪らない。
「あんた、シたときにケアをきちんとしたかい?」
ぎくり! と俺の身体が強張った。今の俺にあのときシタ記憶なんかないっての。何十年前の話しだと思ってんだよ。馬鹿かよ。
「王女が戴冠式を行い、女王陛下になったことも知っているハズだ。あんたはっ」
苛立つ。
肌が泡立つ。
手に力がこもってしまう。ハンドルを粉砕してしまいそうだ。
「本当にさぁア! もういい加減に黙ってくんないかなぁ?!」
何とか、落ち着かせようと俺も試みる。でも、何とか抑えられるのは色々な修羅場を潜ったからだろう。あと、年齢もあるかもしれない。
「次世代の女王となる王女を出産したこともっ! 異世界でタクシーの仕事をするあんたなら、耳にしているハズだっっっっ!」
確かに知っていた。突然の風の便りに絶望もした。イズミノミフは未婚の上で、当時の女王陛下に刃向かい出産をしたらしい。赤毛で、二重の面持ちの人間の女の子を。
「だから。それが俺となんの関係があるってぇ?」
父親の正体を王族も、母親である女王陛下も知らず。祝福されて産まれた――俺の娘。
「娘の、王女の戴冠式があるんだっ!」
全部、俺のせいにして後悔をし続けようと誓った。ただ、風化していく記憶に頃合いかとも思っていたところだ。切り取った《見知街》を。元のピースに戻そう。
楔が在る限り。現実世界から長時間は離れることは出来なかった。
俺が柱で、支える神の役割だったからだ。今の俺は分身でもある。
だから本体に戻って。
会いに行こうか。
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