【お題小説 北 サボテン 観賞用のトイレ】

「これ…どうしよう…」

ルキは、奇妙なトイレ型の鉢から生えるサボテンを眺め、ふとため息をついた。

時を遡る事30分前。
上京してまだ一週間。男の一人暮らしのワンルームには、最低限の家具家電しかなく、シックな色合いを好むルキの部屋はモノトーンでまとめられていた。しかし、毎日通勤電車の人波に飲まれ、まだ友人も居ない、上司に怒鳴られてただ帰ってくるだけの日々に、早くも疲れ果てたルキは、癒しを求め、休日、町の町商店街にある花屋に、植物を買いに来ていた。店内は色とりどりの綺麗な花で溢れていたが、あまり色の濃い植物は自分の好みに合わないし、そもそも仕事で忙しい自分に枯らさずに育てられるだろうかと問われるとどうも自信がない。

「あの…。グリーンだけで、尚且つ世話が簡単な植物はありますか?」

悩むのは早々に止め、店員に尋ねることにした。

「それでしたら、こちらはいかがでしょうか」

周りに花でも咲きそうな笑顔の爽やかな店員に薦められたのはサボテンだった。サボテンなら確かにグリーン一色のものが多いし、それでいてシンプルで、今のレイアウトにも合うかもしれない。今は棘の少ない種類もあるし、丸っこいフォルムを眺めているだけで、少し癒しになりそうだ。聞くと、サボテンはもともと砂漠等の乾燥した地域で育つ植物の為、水遣りなどはほとんどいらないそうで、これなら世話も簡単そうだ。日当たりの良い窓辺の机にでも飾ろう。値段が500円と手軽な事も、上京したてのお財布事情には有難かった。一つ決め、早速レジに向かう。

「実は今、500円以上の商品をお買い上げの方にちょっと変わった鉢植えが必ず当たる、というクジをやっていまして…」

会計を終え、帰ろうとしたら、くじ引きをやっているという。”ちょっと変わった鉢植え”というのが気にはなったが、折角なら、とやってみることにしたのだが…。当たった鉢植えを見て、ルキは言葉を失った。

観賞用トイレ型鉢植え】

な…なんだこれは。こんなものに先ほど買った可愛らしいサボテンを植えろというのか。一瞬お返ししようと思ったが、よく考えたら、鉢植えも買ったらワンコインで収まらない。まぁいいか…と思い、持って帰ったのだ。帰宅後、あまり気乗りはしなかったが、飾ってみる。見事に細部まで再現された小さなトイレの便器の部分に、計算されたかの如くサボテンのポットが綺麗に収まった。なるほど、これならアイデンティティを主張していたトイレタンクの部分は隠れるし、ぱっと見は、卵型の白い植木鉢に見えなくもない…か。さっきはどうしようかと呟いたが、意外と様になっているかも、などと一瞬でも思った自分に苦笑しつつ、ささやかな彩りが加わった部屋で、趣味の小説の執筆を始めた。


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