ファミリー・ビジネスと英雄神話

昨年の今時期、ライフラインことアジャイ・シェのアウトラウンズ・ストーリーズであるファミリービジネス(以下ファミビジ)を見た私はノックアウトされました。今もほぼほぼ毎日定期的に見返していますが、ライフラインとオクタンというバディの素晴らしさを私に叩きつけるとともに、8分半と短編でありながらも物語としての完成度が非常に高い作品だと思っています。


なぜ私はこんなにもファミジビに心奪われてしまっているのか…(1年間狂い続けている)。あれやこれやと考え続けていたのですが、ふとファミビジは非常に優れた英雄神話ではないか、と思い至りました。
ということで、英雄神話の視点からファミビジを読み解いてみようというのがこのノートの主題です。予備知識としてジョーセフ・キャンベル著『千の顔を持つ英雄』という本を一通り読みまして、主にこれに基づきながらファミビジのストーリーを英雄神話の視点から考察していきたいと思います。
すでにファミリービジネスを視聴されていることを前提に綴っておりますので、見ていない方は先に動画をご視聴ください。
なお、書いている人間はオクライに狂ってますが、このノートではカップリング視点を可能な限り廃して書きます。それでも滲み出る点は許せ。


英雄神話とは

まず英雄神話とはなにか。通過儀礼が示す定形である、

  1. 分離

  2. イニシエーション(通過儀礼)

  3. 帰還

という3つのパートに別れた構成をとる物語のことを指します。
イニシエーションとは一種の冒険で非常に危険なものであり、死と隣り合わせになりますが(あるいは物語によっては実際に死にますが)、イニシエーションを乗り越えた英雄は生まれ変わり、新たな力や特別な宝を得て現世に帰還します。

今ある神話や優れた物語の多くは、上記の構造を共有していると主張したのが参考文献に挙げた『千の顔を持つ英雄』の著者、ジョーセフ・キャンベルです。彼はあらゆる国の神話や民話に登場する英雄の物語の多くが上記の基本構造を有していることを分析し、かのジョージ・ルーカスもこの本を参考にスター・ウォーズを作ったとのことです。

英雄はごく日常の世界から、自然を超越した不思議の領域(X)へ冒険に出る。そこでは途方もない力に出会い、決定的な勝利を手にする(Y)。そして仲間(Z)に恵みをもたらす力を手に、この不可思議な冒険から帰ってくる。

ジョーセフ・キャンベル『千の顔を持つ英雄(上)』54頁

ファミビジの英雄神話は二重構造

ファミビジの英雄は当然アジャイ・シェことライフラインです。ここで上記の基本構造をファミビジにあてはめてみると、

①分離(出立):新たな所属先(故郷)であるフロンティア兵団の薬が枯渇し、ライフラインは薬を手に入れる決意を固める。
②イニシエーション:オクタンと一緒にシルバ製薬に強盗に入るという危険を犯す。その中での力(あるいは暴力。のちのレジェンドとしての素質)との葛藤。
③帰還:薬を手にフロンティア兵団に戻る。

…となります。上記の構造とぴったりですね。
ただこのファミビジ、実は①の分離(出立)のシーンが冒頭の電車で母親に決別の電話をかけるシーンと、枯渇した薬を得るためにオクタンの力を借りる決意をする、の2回も出てきます。こんなに尺が短いのに。

これはライフラインの英雄神話が二重構造になっていることを意味します。
1つ目は、オリンパスないしプサマテ、つまり故郷(親)からの決別から始まります。こちらはゲーム内で現在進行系のレジェンドとしてのライフラインの人生そのものといっていい物語であり、今、ドゥアルトないし母親のチェリッセ・シェをぶっつぶすというイニシエーションの最中です。仮にAパートとします。
2つ目は、新たな故郷であるフロンティア兵団から離れ、レジェンドとしての自分の内なる力を一連の事件で発現し、その力の醜さに葛藤しながらも受け入れながらエイペックスゲームに身を投じる覚悟を固めるお話です。こちらをBパートとします。
アウトラウンズ・ストーリーズはレジェンドたちがAPEXゲームに参戦する背景を語ることを目的としていますので、ファミビジは当然Bパートが主題です。Bパートは、アジャイ・シェが戦うことはできない一衛生兵からイニシエーションを経て、レジェンドとしての戦う衛生兵:ライフラインに転生するお話なのです。

召命

分離(出立)にあたり、英雄には召命がかかります。召命は予想外の失敗や危機的な状況など、様々な形態を取りながら英雄に故郷からの出立の号令をかけます。
まず、ライフラインのボーイフレンドが戦場で瀕死の重症を負うところから始まります。救助には成功しましたが、悪いことは重なります。彼女が所属するフロンティア兵団の薬の在庫が枯渇してしまいました。兵団に資金源はありません。

どうみても偶然としか思えない失敗が予想外の世界を見せ、その人は正しく理解できない力との関係に引っ張り込まれる。

ジョーセフ・キャンベル『千の顔を持つ英雄(上)』83頁

さらにライフラインの幼馴染であるオクタビオ・シルバことオクタンから連絡をよこせと大量のメッセージが届きます。その数なんと89件!彼とはライフラインから連絡を断つ形で4ヶ月間音信不通でしたが、このタイミングでの大量のメッセージは、もちろん召命の一つの形といっていいでしょう(描かれてないだけで毎日大量のメッセージが来ていた可能性もありますが…)。
オクタンはシルバ製薬の御曹司。オクタンに頼れば、医薬品を手に入れることができるかもしれません。

変容の機が熟した精神には使者の姿が自然に現れる

ジョーセフ・キャンベル『千の顔を持つ英雄(上)』88頁

こうしてライフラインは、なんとかして薬を手に入れなければ、新たな故郷も、大切なパートナーも失うかもしれない、という危機的な状況に追い込まれます。そのさなか、偶然にも(?)解決の糸口になりそうな幼馴染から大量のメッセージが届く。早く冒険に出ろと彼女を急かすかのように。

空っぽの薬品庫とシルバ製薬のロゴマークが象徴的

彼女はこの召命に応じます。オクタンの父親に医薬品を寄付してくれるようオクタンに依頼の電話をかけますが、もちろん話は穏便な形で進むことはありませんでした。

出立と守護者

オクタンから夜明け前にシルバ製薬前まで呼び出されたライフライン。そこに奇妙な(ライフラインいわく「ダサすぎる」)格好をした幼馴染が登場し、ウィングスーツを見せびらかします。

もっこりスーツ

この英雄神話でのオクタンの役割は、先程の召命を告げるもの、つまり運命をもたらす使者であり、ライフラインの守護者です。守護者は、英雄神話では英雄が困難を乗り越えるために現れる、自然を超越した力を持つ導き手です。

神の召命を拒まなかった者が、英雄の旅の最初に出会うのは、これから遭遇する力に対抗するための魔除けを冒険者に授ける守護者である。

同上,107頁

自然を超越した力で助けてくれる人は男の姿をしていることが多い。

同上,111頁

オクタンはシルバ製薬に強盗に入り薬を手に入れる、という大胆な提案をします。話が違うとうろたえるライフラインですが、勢いのまま二人はシルバ製薬に乗り込むことになります。冒険の始まりです。
ところで彼らは、正面からではなく、マンホールをどけた先の地下水路?のようなところから侵入を試みます。その先には危険しかないのは直感的にわかるところですが、行くしかない。故郷の窮地を救う宝(薬)を奪いに、真夜中、暗く危険な地下の世界=冥界に下るのです。

イナンナの冥界下り

英雄神話に冥界下りはよくある話ですが、以降の場面はシュメール神話のイナンナの冥界下りを彷彿とさせます。
イナンナという女神は自身を着飾って冥界を下りますが、下るほどに衣服や装飾品を門番に剥ぎ取られ、最深部に降りきる頃には丸裸となってしまいました。そこで冥界の主である恐ろしい姉エレシュキガル、象徴的にはもうひとりの影(闇)としての自分に遭遇します。
イナンナはエレシュキガルの眼の前で冥界の裁判官アヌンタキに殺され、その死体は杭に吊るされます。

それぞれ光と闇を司る姉妹イナンナとエレシュキガルは、…負圧の側面を持った一人の女神を二人で合わせて表していることになる。…英雄は自分とは正反対のもの(思いもよらない自分自身)を発見し、呑み込むか飲み込まれるかして、それと融合する。

同上,161頁

ライフラインも目的地の薬品庫に到着した際、やむを得ず警備員を手にかけます。深い地の底で母親であるチェリッセ・シェ(シェブリックス社)から受けついだ暴力性という、もう一人の恐ろしい自分自身と対面するのです。ライフラインは葛藤します。

自身に秘めていた恐ろしい力を発見し、怯えるライフライン

さらに姉エレシュキガルの象徴も登場します。シェブリックス製の戦闘用ドローン達(=母親の化身)です。ヒールドローンが彼女の衛生兵としての力(光)の象徴であるとすれば、戦闘ドローンは彼女の暴力性(影)を象徴します。

ヒールドローンと戦闘用ドローンが向き合うシーンは彼女の心の中の葛藤にも対応する

戦闘用ドローンは娘たちに容赦なく攻撃を仕掛けてきます。エレシュキガルよろしく、イニシエーションの中では恐ろしい力を持ったもう一人の自分が襲ってくるのです。
戦闘用ドローンは執拗に二人を追いかけますが、時刻はおそらく夜明け前。2人は暗い冥界の殻を突き破り、地上に舞い戻ります。その行為自体が危険なものですが、オクタンが事前に用意した魔除けであるウィングスーツが役立ち、オクタンが負傷しながらも命からがら兵団へと帰還します。

戦利品が万人から力ずくで奪い取ったものの場合や、元の世界に帰りたいという英雄の望みを神や悪魔が快く思わない場合、神話の結末は、多くの場合、笑いを誘う逃走劇となる。ありとあらゆる魔術を使って妨害されたり、その裏をかいて脱出したりし、逃走劇は複雑になっていく。

ジョーセフ・キャンベル『千の顔を持つ英雄(下)』18頁

しかしなおも母親の手は迫ってきます。シェの力の恐ろしさは、暴力性そのものだけではなく,「必要とあらばなんだって」してしまう、あまりに強く危険な意志。アジャイはこの力をいなさなければなりません。
暴力に対し拳銃(オクタンの持ってきた魔除けその2)という暴力で対抗しようとする彼氏を止めに入るアジャイ。まずは母に服従するフリをしますが、母親の恐ろしさを知るライフラインはそれでは治まらないことを察知し、オクタンに目配せします。まさに兵団が皆殺しに合いそうなその瞬間、オクタンはスマートフォン(魔除けその3)を向け,配信を始めます。彼の目立ちたがり屋な側面と、それに惹きつけられた大衆が、アジャイの危機を救ったのです。衆目にさらされ、流石のチェリッセもたじたじ。すごすごと退散していきます。
こうして英雄アジャイは、守護者オクタンとのチームワークにより、引き金という暴力を引くことなく、内なる暴力的な力(母親、シェの血)をいなす(一定和解する)ことに成功したのです。

召命拒否の英雄神話

ところでファミビジはライフラインの英雄神話が二重構造になっていると言いましたが、実はもう一つ英雄伝説が含まれています。アジャイの彼氏を主人公とした英雄神話です。
冒頭で怪我を負い、ライフラインの神話の中ではほぼヒロイン役の彼氏ですが、終盤には彼にも運命をもたらす使者兼守護者から召命がかかります。ライフラインです。彼の英雄神話では,ライフラインが守護者を演じます。ご丁寧に、彼自身も冒頭でライフラインのことを「君は僕の守護天使かな?(You my guardian angel?)」と話しかけます。

守護者を見つけて目がキラキラする彼氏

これに対しアジャイは「助けたのはDOC。私は泥を拭き取っただけ」と答えます。「シェの機械に助けられるとはな」と苦々しく吐き出す彼氏。DOCはシェブリックス製。人を助けるドローンですが、アジャイと同じくシェブリックスの恐ろしい血を受け継いでいます。「助けた機械さえ憎い?」と問うのは同じくシェの血を引く自分も憎いのかを確認するためです。「あいつらは別だ」と返す彼氏の言葉にアジャイは安堵の笑みを浮かべます。
薬の枯渇を憂う彼氏の願いを受け、守護者たるライフラインは薬(宝)を持って彼のもとに帰還します。そして、ともにフロンティア兵団を救う新たな冒険に出ようと召命をかけるのです
彼女の輝く瞳は、彼との素晴らしい冒険の日々を夢見て希望に溢れています。彼女の力があれば、フロンティア兵団は今後も薬を得られる手立てがあるはずなのです。

英雄を見つけて目がキラキラするアジャイ。かわいい

しかし、彼はこの召命を拒みます。彼女がシェブリックス社の令嬢であるという醜い存在であることに気づいてしまったからです。

この一連の流れは、構造的にはおとぎ話の「カエルの王様」によく似ています。

ある国の王女が、森の泉に金の鞠を落としてしまう。そこへカエルが「自分を王女様のお友達にしてくれて、隣に座って同じ皿から食事を取って、あなたのベッドで寝かせてくれるのなら、拾ってきてあげよう」と申し出る。王女は条件をのむが鞠を取り戻せた途端、カエルを置き去りにして走って城へ帰ってしまう。

ウィキペディア「かえるの王さま」

「いいわ。金の玉をとり戻してくれさえしたら、あなたの望む何でも約束するわ。」と王女さまは答えました。でも心の中では「このばかな蛙はいったい何を言ってるの?この蛙がすることって他の蛙と一緒に水の中で、ゲロゲロ鳴くだけよ。人間の仲間入りなんてできっこないわ。」と思っていました。

かえるの王さま、あるいは鉄のハインリヒ

アジャイは醜いカエルで、彼氏は高貴な血筋の王女様。約束通り宝(薬)を持って帰ってきたところで、醜いシェの血を受け継ぐアジャイは,自分と同じ人間になれるわけがない、一緒に暮らせるはずがない。と言っているようです。
彼が今後どうなったかは描かれていませんが、兵団から抜けた可能性が高いでしょう(兵団に残留したらライフラインと鉢合わせちゃいますし)。戦争や兵器を憎む彼の考えもわかりますし、素性を隠していた責はライフラインにあります。男女間の問題は理屈ではどうにも消化できないものでもあります。
しかしともあれ、英雄神話という視点から見れば、元彼は召命を拒み、守護者であるアジャイだけではなく、救うべき故郷(フロンティア兵団)をも見捨てたのです

カエルの王様では、一度拒まれたカエルは再び王女の前に現れます。王女は追い出そうとしますが、王女の父親(王)は王女に約束を守れと諭します。そのため王女は乗り込んできたカエルを拒むことができず、醜いカエル(実は呪いにかけられた美しい王なのですが)と一緒に暮らすことになり、葛藤を産みながらも物語は進んでいきます。
しかしライフラインは引き止めません。自身の内なる醜さを一番良く理解し嫌悪する彼女は、良くも悪くも拒絶されてもなお追いかけるカエルのようなふてぶてしさを持ち合わせていなかったのです。
そのためそのまま彼は物語から退場し、彼自身の英雄神話も幕を閉じます。召命拒否の英雄神話です。

戦う衛生兵:ライフラインの誕生

大事なパートナーを失ったアジャイは、悲嘆に暮れ泣き叫び、せっかく手に入したその醜くも強い力を捨てることもできました。しかしそうはせず淡々と職務に励む彼女ですが、気持ちの整理はつかず、元彼とのツーショット写真も捨てられずにいます。

在りし日の英雄(元彼)と守護者(ライフライン)

そんな中、光と影を併せ持つ存在となった彼女をありのまま受け止め祝福したのは、彼女の冒険を支えたオクタンでした。
「アネキはシェの人間…でもそれがあんたを止めたことはあったか?」という言葉は、信念を胸に前に突き進む彼女の生き様を間近で見てきた幼馴染からしか出てこない説得力を持ちます。

生まれたばかりの赤ちゃんを慈しむ父親のような眼差しを向けるオクタン
一方これは汚物を見るような眼差しを向ける元彼
元彼に拒まれた宝(薬)は歩けないオクタンの手に。後に彼の宝となる義足は,アジャイの手によって調達される

気を持ち直したアジャイを見て、オクタンはまた薬が切れたら、俺たちはどのようにしてフロンティア兵団(故郷)を救うのか?と問いかけます。兵団所属でもないのにこの男、今後も守護者をやる気満々です。
アジャイは偶然目にしたエイペックスゲームのテレビ番組に目を向けます。もちろんこれは新たな召命(Aパートへの召命)です。
そして彼女は、「必要とあらばなんだって…」とつぶやき、エイペックスゲームへの参戦を(事実上)宣言します。優しいけども非力な一衛生兵と、「必要とあらばなんだって」する力強くも暴力的なシェの血が融合し、両方の特性を備えた新しい存在に生まれ変わる。戦う衛生兵:ライフラインの誕生です。
夜が明け朝日が差し込む中、ライフラインの誕生を祝う祝宴とばかりに二人(とDOC)は大騒ぎし、物語はフィナーレを迎えます。全てはうまくいかなかったけれど、大団円です。

新しい家族の肖像。右に英雄、左に守護者、という構図は上記の元彼とのツーショット写真に対応。そのためアジャイのほうが背が低いのに遠近法以上に大きく描かれています


守護者オクタン

ところで、この英雄物語で守護者の役割を担うオクタンは非常に派手で英雄たるライフラインよりも目立って見えますが、英雄伝説の文脈から見ると守護者としての立ち回りを徹底しています。
オクタンは89件送ったメッセージの中で「あんたがいないと退屈」と漏らし、いざ号令がかかると大喜びですっ飛んできます。ちょっと嫌味を言うくらいで音信不通にしていたことも不問にし、再開時は幼なじみに彼氏が出来ていたことにやや驚いているように見えますが、詳しくは詮索はしません。守護者オクタンにとって冒険の本筋以外は全部どうでもいいので、結果的にめっちゃ物分りの良い幼馴染みたいになってます。
そして恐ろしい冥界へ下りる前に、アジャイの所属していたパンクバンド、フライヤーライヤーズの曲が入ったプレイリストを渡します。彼女はAパートの暗い地下鉄の中(冥界)で、前に進めと自分を鼓舞するフライヤーライヤーズの曲を再生します。その鼓舞する役を、Bパートではオクタンが担ってくれているわけです。兵団に入る直前のように、彼女は一人ではないのです。

ラストでもう一回念押しされる、闇夜を抜けて朝日に向かい演奏する二人

冥界の底で自身に秘める影の力を発見し怯えるアジャイに対し、オクタンは安心させるように肩に手を置き、「それがどうした?」と声をかけます。あなたが嫌うその力もまたあなたである、恐れる必要はない、と。
彼はその力をアジャイが飲み込めることも長い付き合いの中で確信しているのか、レジェンドとしてのライフラインの誕生を予知するかのように、一貫して彼女の内なる力を肯定します。彼は「戦う衛生兵」として花開くべき彼女の素質を見抜いているのです。

今更気づいたのか?というような言い方。アジャイ本人よりもこれから誕生するライフラインのことを知っています
「いくぜ~~!!」と雄たけびをあげてテンションぶち上がっているにも関わらず、先にアジャイが車を飛び出すところを確認してから脱出する冷静さがあります。英雄が死んだら意味がないので、守護者であるオクタンが先に死ぬ立ち回りを徹底しています。プロ意識が高い

計画性はないのに、必要な魔よけを全て携え、英雄が迷えば進めと鼓舞し、葛藤する不安定な局面では励まし、適切なタイミングで冷静にカバーに入り,最後に自分はこれからもあなたを守護し続けると告げる。有り余る献身。守護者として100点満点です。

彼はこの物語で守護者の役割を演じているだけ、といえばそれまでですが、そこに違和感がないのは、オクタンが度々アジャイの守護者としての役割を率先して果たしてきたからでしょう
詳細はこちらの記事をみて頂きたいですが、ファミビジ公開前にも①アジャイの初めての家出に付き添う(パスファインダーズクエスト)、②危険なライブ会場についてくる(オーバータイム)、③古いマービンのバッテリーを入手するためにパーティに潜入する際についてくる(シーズン7エピソード)、といった具合に、アジャイに危険な場面に突っ込むときは勝手についてくるエピソードがもりもり出てきます。単にファミビジで守護者の役割を仰せつかったからそれに徹しているわけではありません。彼のライフワークです。

ではなぜ彼は率先してアジャイの守護者を買って出るのか。
1つは、彼女の冒険(英雄伝説)に着いていくこと自体が非常にエキサイティングで、退屈を嫌うオクタンにとっては至福の時だからでしょう。オクタンはアジャイと違い、(絶対的な力を持っていると思っている)父親と向き合うことが怖いので、危険なスタントはいくらでもできますが、一人で冒険はできません。本当は冒険をしたいのに冒険に出られないから、いくらスタントに励んだところですぐに退屈してしまうわけですが、守護者として彼女の冒険についていくことで一時的にせよ満たされる。今回の冒険で彼も宝(興奮剤)と出会い、少しだけ父を出し抜くことができました。

負傷した足(義足)と飛び散る興奮剤はのちのレジェンドとしてのオクタンのトレードマーク
父ドゥアルトも来ちゃったので無理のある隠れ方をするオクタン(DOCも一緒に隠れます)

いまひとつは、アジャイがイニシエーションを経て生まれ変わるのをオクタン自身が待ち望んでいることもあるでしょう。オクタンはこうみえてなかなか冷静かつ客観的に物事を見れる目を持ち合わせており、先述のようにライフラインとして生まれ変わる未来をアジャイ本人よりも正確に見抜いていました。だからアジャイが怯える場面でも冷静に励ますことが出来ていたのです。
しかしその目は同時に、自身は英雄としての素質が大きく欠けているという残酷な事実も嫌というほど突きつけてきます。素質がない=自身がイニシエーションに踏み出す勇気がないことをよく自覚しているので、アジャイにその願望を投影している側面もあると思います。ある意味ファンボです。

親(闇)の力に屈しそうになるアジャイに、ここ一番のショックを受けるオクタン
オクタンの着てきた変な服は、ピッチリしたスーツともっこりした股間、赤青の配色はスーパーマンを彷彿とさせます。守護者として100パーセント振舞っているにも関わらず滑稽にも英雄のコスプレをするのは、彼もまた英雄になりたい思いを内に秘めていることを示しているようです

そんなわけで穿った見方をすると、オクタンには自身が英雄としての素質を大きく欠いていることを自覚しながらも英雄伝説へ身を投じたい、というちょっと複雑な欲求があり、それを一定満たせるから喜んで守護役を買って出ている側面もあるんじゃないかなと思います。

もっとも、オクタンは英雄としての素質がないから守護者としての役割を消極的に担っているというわけでもなく、この職務をまっとうすること自体に喜びを感じているところもあります。
これまで見てきたように、危険を恐れず落ち着きのないヒャッハー目立ちたがりな側面(光)と、冷静で客観的、時には残酷な判断を下す側面(闇=父親であるドゥアルトと同じ資質)のいずれもがアジャイの危機を支え、無事に兵団の救済とライフラインの誕生に至りました。オクタンなしでは成し遂げられない偉業で、その道程をオクタンもめちゃくちゃ楽しんでいます。もうずっとニッコニコ。

大喜び

彼女の守護者を100%全うする時、彼は完全に自分の力をコントロール下に置き、十全にその力を発揮できる。本当の自分になり、自分を肯定できる。すなわちライフラインの隣りに立ち彼女を守護する時、彼は主観的に最も自由です。そしてオクタンは守護者としての自身の才に相当な自負があるんじゃないかと思っているのですが、この点は後日別の記事として書きたいと思います。

なお、本編のオクタンとライフラインはかれこれ1年くらい大喧嘩をしてしまっていますが(早く仲直りさせろ)、そのさなかでさえも、下記コミックのようにアジャイに危険が及べばインディーズの守護者をやっています(多分)。もはやオクタン自身の欲求や英雄伝説の文脈を超えてアジャイが大事な存在であることもまた確かでしょう。クセになってんだ、アジャイを守護するの…


結論:ファミビジは素晴らしい英雄神話である

以上見てきたように、素人の考察ではありますが、ファミビジは非常に優れた英雄神話であるといって良いのではないかと思います。ファミビジのストーリーを作った方も英雄神話を意識して作ったのではないかと思えるほどに素晴らしい構成でした。そもそもAPEX自体がレジェンド=伝説的人物(英雄)たちの群像劇なので、おそらくは強く意識していたのではないかと思います。
現在のライフラインのストーリーにもつながるAパートの神話もチラチラさせながら、Bパートを英雄神話に忠実になぞらえて進め、母=自身の内なる力との葛藤や、完璧なプロ守護者たるオクタンの献身的な支え、そしてエイペックスレジェンズにふさわしい英雄、戦う衛生兵ライフラインの誕生が見事に描かれています。さらに花開いたライフラインと対比として、元彼の召命拒否の英雄神話もこの短い尺の中で練り込んでくるあたり、構成力の高さに舌を巻きます。更には映像の美麗さと声優さんたちの名演が、この素晴らしいストーリーを支え、完成度を高めています。いいねえファミビジ…今後も何回も見直すことになるんだと思います。
あと早くオクタンとライフラインは仲直りしろ。

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