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服を創ろうと、思った。


こうと思ったら、こうとしか思えなく、
なりがちな僕。


空間に携わることがしんどくて、
空間そのものがしんどくて。


そう感じることが許せない僕は、
自分をぶち壊してしまうことで、
許しを乞うとする。



心が壊れてくれさえすれば、
何も湧いてこなくなることを、
知っているから。



年末から年明けにかけては、まさにそんな状況で、
できることならこのまま壁になってしまいたいと、
部屋の角に身体を埋めている時間が続いていた。


数年前からの変化は、そんな時に
自分の心を、自分で守ろうとしたこと。


空間を創り続けようとすることで、
自分が、生きたいと思えなくなっていくことを、違和感として認識したのだろう。


このままだと、何も感じなくなってしまう。
それはきっと、僕にとって悲しいことだ。


自分を保つために、何かに縋るように、
ミシンを買った。



桑沢での卒制で、既製服ではなく、服を作る事を介して、
人の心に寄り添うこと、自分の知らない自分や他者と向き合う事、の空間化を試みた提案を行った。

だけど、仮にそんなお店ができたとして、作り手がそんな服を作れる確信が持てなかったし、
口では言えても、どうやってそれが達成できるのかがわからなかった。


だからまずは、自分のために服を作ろうと、そう思った。



服を作ろうと思った理由はもう一つある。


空間は、自分で考えても、自分では創り上げる機会は少ない。

沢山の人の思考や解釈に触れて、建ち上がるものだ。

だから、共通の言語を必要とされることが多いし、そこには確実性が求められる。


だけど、服は、自分で考えて、自分の手で作れてしまう。

それを既製品として、世の中に売り出そうとすれば、もちろん共通の言語が必要となってくるのだろうし、意図してカタチを生み出そうとする限り、そこでは確実であることが求められる。



だけど、空間デザインと、服飾デザイン、
同じデザインでありながらも、
言語化する目的や重要度が、
建築やインテリアと、服とでは少し違う気がした。


誰かに理解されることの重要度や必要性が対象によって変わるということは、

言語化の目的も変わるのかもしれないし、
もし仮にその必要がなくなった時に、
僕は何を頼りにカタチを生み出すことができるのかを知りたかった。



この2つの目的を持って服をつくり始めた。



そんな中である日、なんとなく南青山のgarçonに立ち寄った。

これまでもgarçonの服には刺激を受けていたし、僕が商空間や商行為と向き合いたいと思う意思の先には、倉俣さんや川久保玲の思想が影響しているように感じている。


その時に、なんとなく試着した服と過ごした時間が、あまりに衝撃で。

それは大学三年生の頃に、Dover street marketで受けた衝撃を想起する瞬間でもあった。


それを僕は、空間ではなく、服との対峙で感じてしまった。


その感覚を、感動を自らの手で生み出したい。


そう思ってからは、
服をつくりたい気持ちが抑えられなくて、
日付が変わって帰宅する日々の中で、
服をつくり続けた。

一着、二着、三着、、、と作ればつくるほど、
超えたい気持ちが湧き出できて、
それを満たすかのように服をつくる。


不思議な感覚だった。


好きになってはいけない人を好きになってしまった時のような。と言ってしまえば少しチープな表現なのかもしれないが。


だけど、好きになってはいけないと決めていたのは、結局のところ自分自身で。



最近読んだ本の中に、こんな言葉が書いてあった。


自分で作ったものを自分で使うことは、デザインの本質ともいえる。


自分で作った服を、自身の身に纏う。
それを繰り返していると、
とある人に服をつくってほしいと言われた。


そんな些細なことではあるが、
自分自身の為だけに生み出したものを見て、
それを価値として認めてくれた人がいることが、

すごく嬉しかったし、少し寂しかった。


この時に感じた、寂しさは、
まだ自分の中でも理解ができていない感情だ。



これから先、どうなっていくのかはわからない。

自分自身が何に喜び、何に悲しみ、
何を欲して生きていくのかは。


何をしながら、生きていくのかは。


わからないんだけど。

わからないんだけど、ワクワクしている。


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