「オタサーの姫」と言う言葉が生まれる前のオタサーの姫の話

僕は中学の頃、生徒会室を溜まり場にできるヤツでした。当時は生徒会の一存やら、生徒会役員共やら、生徒会をテーマにしたコンテンツに溢れていたので、小学生からオタクをやっていた僕にとって生徒会というのは憧れの対象でした。

とりわけ生徒会室という部屋には、特別な憧憬を抱いていました。

校舎内唯一の治外法権区域。選ばれた者にだけ入室を許された聖域。個性豊かな仲間たちと、時に厳しく、時に愉快に学校運営について話し合う知的生産活動の場・・・

破天荒な美少女生徒会長とメガネを掛けたクールビューティな会計、スカートが短くて髪色がピンクの庶務に、生徒会でただ一人の男子である僕・・・

アニメの世界と現実を完全に混同していた悲しいズリセンコキ務少年は、生徒会室へのキラキラした夢を抱きながら、中学に入学してすぐに生徒会に立候補しました。その当時は生徒会への入会希望者も少なかったので、希望すればすぐに生徒会に入会することができました。

今思えば生徒会室に憧れがある奴なんてキツいオタクしかいないので入会倍率が鬼のよう低かっただけなのですが、その当時は「生徒会に入れた!」という喜びとアニメのような学園生活への期待で頭が一杯でした。



初めて入室した生徒会室は期待と少し違っていました。
「今日から入会するんだ、よろしくね」と声を掛けてくれたガリガリのニキビ面の先輩(メガネ)の手にはコントローラーが。コードの伸びている先に目をやるとディスプレイにはメルブラの対戦画面が映っていますやはりオタクには格闘ゲームが似合う。

生徒会室の真ん中に置かれた大きめのデスクでは、太った女の先輩が遊戯王5D'sの遊星のイラストを描いています。その横で肌荒れの酷い女性の先輩がテニミュの動画を見ながら大騒ぎ。キャピキャピと甲高い奇声を上げています。


美少女生徒会長は・・・?

メガネのクールビューティは・・・?

ピンク髪のエロ庶務は・・・・・・?


見渡す限り限界オタクばかり。アニメで見た生徒会室とは少し様子が異なります。そこにはデブかブスで綺麗に整頓されたオタクの寿司詰めがありました。それもそのはず、アニメのような生徒会ライフを想像して生徒会に入会する奴なんてオタクの中でも限界が来ている奴しかいないのです。

各学年の中でも一番痛くてキツいオタクだけがドリップされた地獄のエスプレッソ。限界オタクだけを集めた蠱毒の壺が我が校の生徒会室でした。



しかし、当の僕はそんなオタクだらけの空間に落胆したかと言われれば全くそうではなく、むしろ人目を憚らずに堂々とオタク同士で群れることのできる生徒会室に居心地の良さを感じていました。

ここでは誰もオタクを蔑まない。誰も下卑た色恋話をしない。誰もモテないから誰のことを妬む必要もない。

僕は生徒会室に毎日入り浸るようになりました。時には遊戯王で剣闘獣テーマに文句を垂らし、時にはポケモンの育成論を語り、時には当時のヤマカンの新作のフラクタルが全然面白くなかった話をし、日が暮れるまで生徒会室に入り浸りました。



そんな日々を満喫していたある日、当時すごく太っていてメチャクチャ清潔感のないオタクのI先輩(メガネ)と生徒会室で二人きりになりました。
彼はとんでもなく清潔感のない方でしたが、割ったエロゲや要らなくなった遊戯王カードをくれる人だったので、僕はその下水道みたい先輩にかなり懐いていました。

その先輩が神妙な面持ちで口を開きます。

「俺、H子(女性の先輩)のことが好きかもしれない」



H子先輩は僕の2コ上の先輩でした。校内でも最も不潔感のあるオタクが集まった生徒会の男性陣に対しても積極的に話しかけたりボディタッチしたりする明るい先輩(全然可愛くない)で、いわゆる「オタサーの姫」のような存在です。

生徒会室で無防備な格好をしたり(パンツ丸出しで座るなど)、異常に男オタクの目を見て話したりと、一挙手一投足が限界オタクを釘付けにする要素満点でした。

その当時はオタサーの姫というミームがそもそもないので、誰もがH子先輩の振る舞いに対して抱く不快感を言語化できずにいました。その嫌悪感がオタサーの姫という概念に回収されるのは、僕がH子先輩と出会った3年くらい後だったと思います。


I先輩も漏れなくH子先輩の姫所作に心射抜かれた限界オタクの一人でした。不潔極まりない彼はきっとクラスでも女性陣からゴミ以下の扱いを受けていたと思うので、H子先輩みたいに積極的に接してくれる女性を好きになってしまうのは必然だったと思います。

地獄のオタク人生に垂らされた一筋の蜘蛛の糸・・・I先輩には彼女がそう見えていたことでしょう。


H子先輩を好きだと僕に吐露した日から、I先輩による決死のアプローチが始まりました。

どんなアプローチをしていたのかはもう詳しく覚えていないのですが、H子先輩が冗談めかして「I君私のジュース買ってきてよ!」と頼んだときのI先輩の「ちょwwwww俺のことなんだと思ってんだよ!!!!wwwww やれやれ・・・買ってくるとしますかね」みたいなやり取りでマジで吐きそうになっちゃって喉にこみ上げた吐瀉物を飲み込んだのを覚えています。

そういった悪い冗談みたいなやり取りがあまりにも毎日続くものだから、他の生徒会メンバーは完全に憔悴しきっていました。オタサーの姫と取り巻き達のラノベみたいなやり取りを毎日見せられると人は弱り、やがて死にます。


極め付けにキツかったのは、H先輩を好きなオタクは”1人ではない”ということでした。


そりゃそうですよね。節操なく限界オタクに愛想を振り撒いているんですから。クラスでの居心地の悪さを抱えたまま、這い逃げるように生徒会室に逃げてきたオタクからすれば、自分に対して好意的に接してくれるH先輩はまさに女神に見えたでしょう。オタサーの姫だなんて易しい言葉では表現仕切れない程の救われがあったのだと思います。

ハタから見たらたまったものではありません。狭い生徒会室で汚いオタクが二人ともキョンみたいな顔で汚いハルヒと話してる状態です。谷川流産の化物が占拠した生徒会室は、いよいよ地獄となっていました。谷川流産の化物が占拠した生徒会室は、いよいよ地獄となっていました。


それでも最初は耐えられました。何せラノベに出てくる生徒会室に憧れて生徒会に入会したような人が大半だったので、やり取りを見ている方も相応にイタかったのです。観衆も演者も全員イタい最悪のグローブ座です。

ですが、思春期を過ぎ、クラスでの自分とオタクとしての自分の折り合いが付いてくるようになると、いつまでも小っ恥ずかしい厨二病全開のラノベ会話を繰り広げる2人に辟易してきます。

奈須きのこ先生の書く文章がある日から突然恥ずかしくて読めなくなるように、昔好きだったはずのSound Horizonが恥ずかしくて聴けなくなってしまうように、彼らの会話を聴いていることが皆次第に耐えられなくなっていきました。大人になる、って言うのはSound Horizonを聴かなくなることと同義なんです。

ちょうどタイミングを同じくして、生徒会の中でも比較的マトモで面白かった先輩達が一斉に高等部に進学し、環境が大きく変わりました。オタサーの姫に対するフラストレーションもあったのでしょう。進学したばかりの頃はしばしば顔を出していたものの、しばらくすると皆パッタリと生徒会室に来なくなりました。



フィギュアを自作していた先輩は高校に入って彼氏ができました。


生徒会室のデスクでよくヘタリアのイラストを書いていた先輩は、トレードマークだったメガネをコンタクトに変え、ハンドボール部の女子マネージャーになりました。


よく一緒にマックで遊戯王をしていた男の先輩とある日廊下ですれ違った時は、男女混合のキラキラしたグループで楽しそうに会話していました。


皆新しいコミュニティを手に入れ、生徒会室に来なくなりました。元々生徒会室はクラスで居場所のなかった人たちが逃げ込むオタクの駆け込み寺のような場所です。生徒会室よりも居心地の良い住処が見つかれば、そこに移住するのは当然のことでしょう。


そして、仲の良かった先輩が生徒会を離れたタイミングで、僕も生徒会室に通うのをやめました。その頃には僕もすっかりクラスに馴染めるようになっていたので、生徒会室に行く必要がなくなったからです。



その後の生徒会室がどうなったかを僕は知りません。


たった3人だけになった部室で、延々とラノベ会話を続けていたのでしょうか。

それとも、彼らも新しい居場所を見つけて生徒会室を巣立って行ったのでしょうか。


どちらであれ、クラスから疎まれ、追いやられるように逃げ込んだ生徒会室で、彼らは間違いなく青春をしていたと思います。それは僕にとっても同じで、偽ハルヒと偽キョン(2人)が占拠する異常な空間であったとしても、僕は生徒会室が好きでした。

そんな生徒会は晴れてオタサーの姫にクラッシュされることと相なったワケですが、「あんな場所はくだらない、もっと楽しいコミュニティを見つけるぞ」と思えたからこそ、今の僕があると思ってます。

周りに爪弾きにされ、自己肯定感をスッカリ失くしたオタク達が、羽を休め傷を癒す仮住まい。そんな仮住まいからオタク達が巣立つための卒業の儀として、サークルはクラッシュされる必要があったのです。



オタサーの姫にサークルクラッシュされたが、された側は案外悪く無い気分だったよ、と言う話でした。










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