飾り窓

Psy-Borg2~飾り窓の出来事③

時計を見て、明日の予約状況を確認する。クローズまであと約1時間。

終わってから清掃や残務などをこなし、店を閉めて外に出るのは明け方近くになるだろう。

「メンテ終わってんですけど、帰っていいですかぁ」

いつの間にかスタッフルームに戻ってきていたレイジが後ろに立っていた。俺は椅子の上で少し飛び上がり、そちらを向いた。

「と・・・と言ったって今お客さんご案内したばかりだろう。今日は飛び込みがなけりゃこれで終わりだから最後までいろよ」

動悸が止まらずに胸を押さえながら答える。

「メールがウザいんすよ」

理由になっていない。

「それに、今のお客さんいつも写真撮って終わりだから、問題ないっすよ」

「き…今日は違うかもしれないじゃないか!」

一応店長らしく嗜めるが、レイジは面倒臭そうに、「あ、それはないっす」と言った。相手がどんな人間かわからないのにこの断定はなんだろうか?

「さっきチアキから電話あったでしょう」

一瞬なんのことかわからなかったが、ついさっき女から電話があったことを思い出した。

「あいつ多分これから10分おきに連絡してきますよ」

奴がついこの間、違う女とやり取りをしていたことを思い出してつい不機嫌になる。

「プライベートの連絡先を店にするなって言っただろう」

「俺がここで働いてること知ってるんすから、仕方ないっしょ。それに俺電話嫌いだから、絶対番号教えねえもん」

こいつが取っ替え引っ替え付き合う女は概ねこの色街の商売女だ。店を教えれば勝手にチラシや情報誌で調べてくる。そこへまた電話が鳴った。

「はい、飾り窓でございます」

「ねぇレイジまだぁ」

応答せずに受話器を置く。

「とにかくだ、お前がどこの誰と、どう付き合うかは勝手だが店には電話してこないように言っておけよ」

レイジは軽く肩をすぼめると「はい、了解しました」と言って、ユニフォームを脱ぎ始めた。

「おい。まだいいとは…」

レイジは備え付けの電話を指差して

「あと1時間、それ続けます?」と言った。

俺は大きく溜息をついて

「わかったよ、 ただバイト料はその分差し引くからな」

「はい、お願いしまぁーす」

なにをお願いされているのかよくわからない。

レイジは着替え終わると「お疲れ様です」と言って部屋を出て行った。まったく御曹司でなければブン殴って追い出すところだ。

レイジの父親である晋二郎氏は一代でマリアフレーダー社を作り上げただけあって、息子と違って如才なく気も効いて、低姿勢。喋りも達者だ。レイジとは違い、ずんぐりとして、頭は禿げ上がり常にニコニコとしている。

「こいつは前のに似たんですわ」

とレイジを指差して言っていたが、すぐに相手の警戒心を解いてしまうその性格は、おそらく長年の人格形成の賜物と言っていいだろう。彼に直接会った人はみんな好感を持ってしまうだろうと思ってしまうほどだ。

ただ一度、うちに納品されたラブドールを「御社の商品」と言った時に

「うちの娘達を物扱いなどしおって。この痴れ者が!」

と烈火の如く叱責されたことがある。

そういう意味では、変わり者ということで、レイジとは実の親子ということなのかもしれない。俺はスタッフルームを出て、入口のシャッターを半分閉めていつもより若干早くにCLOSEの札を下げた。

つづく

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