#60 手のひらの上のホタル
5月下旬の土曜日の夜、田のあぜ道を500メートルほど歩いて、私たちはホタルの飛ぶ小川に着いた。この小川の周辺は、村で唯一のホタルの生息地だが、その数は毎年激減している。今夜は、いつものホタルの時期より10日ほど早かったのでさらに少なかった。しかし、ホタルは小川や田んぼの上を飛んでいた。草むらからも光を放っていた。
小4の孫のりこは、草を揺らせて地面にホタルを落とした。左の手のひらが体の前にくるようにして、落ちたホタルをそのてのひらに乗せた。その上におにぎりを作るように右手をのせ、やさしく手を結んだ。そして、右手の親指の間から、手の中のホタルを覗き込んだ。「りこちゃん、ホタル見せて・・・」とせがむ、5歳のいとこのはやたに、りこは自分のホタルを渡した。りこと同じようにして、手のひらの上でのホタルを、はやたははじめて見た。りこは、「はやた・・・。ホタルの光はゆっくり大きくなるで・・・。見えた?」と言った。「うん」と言ったはやたの小さな指の間から、ホタルの光はもれていた。しばらくして、結んでいた右手をとると、はやたの手のひらからホタルは飛びだし、風に乗って水面近くを、水平に飛び去っていった。
向こうの草むらでも、りこはホタルを見つけた。りこは、草を揺らせて落ちたホタルをはやたにあげた。りこも、ホタルを拾い上げて、手の中で見ていた。話しかけてきたはやたに、りこは「今は、ホタルだけ見るの。しゃべらないこと。」と言った。暗闇は、カエルの鳴き声につつまれていた。しばらくして右手をとると、左の手のひらから、今度は田んぼのむこうにホタルは飛んでいった。場所を変えながら、私たちの小川でのホタル観賞が続いた。
私たちは、小川の橋の上についた。そこが最後のホタルの鑑賞の場所だった。りことはやたは、手のひらの中のホタルを真剣に見入っていた。しばらくして、手のひらのホタルを放つ時になった。
りこのホタルが風に乗って水面近くを、水平に下流に向かって飛んでいった。後を追うように、はやたのホタルも飛んでいった。二匹のホタルのそれぞれが、そのしっぽから緑がかった黄色い光を放ち、水面にも同じ光を映しながら、光の糸を残して飛び去った。
私たちは、カエルの鳴き声を聞きながら、ゆっくりと家に帰っていった。