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【面白数学】08-紀尾井町の雨宿り

ある夏の夕暮れ。

霞が関駅をおりて紀尾井町のブックカフェでのイベントに向かって歩いていたとき。

雨の前兆ともいえる独特な湿った匂いがしてきた。

空を見上げる。

自分の真上は晴れているけれど、ちょうどこれから向かう先の空には、濃灰の不穏な雲たちが厚く群がっていた。ゆらゆらとこちらに流れてくる様が如実にわかる。

近年の東京の夏にありがちなゲリラ豪雨の予感だ。

イベント会場まではまだ少しある。歩く速度を速めて、早めに着いてしまおう。着いてしまえばこちらのもの。イベントが終わるころにはきっと晴れてるだろう。

そう思い、ゆるやかな坂道を急ぎだした、そのとき。

前のほうからザーッという重苦しいシャワーのような音が聞こえてきた。だんだん音が強くなる。

先の空、灰雲の色がいっそう濃くなっている。まずい。

と思ったときには、すでに目算できる距離まで豪雨の壁が迫ってきていた。

焦って道脇の店舗の庇に逃げ込んだ。

とほぼ同時に、ズワーーーーっという雨にあたりの空間が覆われた。

なんという雨の量だ。

これはちょっと濡れてもいいからイベント会場まで急いでしまおう・・・

などという雨の量ではない。

あきらめてしばらく雨宿りすることにした。

スマホの時計と空の様子を見比べた。

イベント開始までは、あと15分ほどあった。雨はすぐには止みそうにないが、ゲリラ豪雨の経験上、弱くなるタイミングもあるはずだ。そのすきに、濡れてもいいから、ダッシュしよう。

実は、イベント会場は坂道の道路を登りきった向こうの方にすでに目視できている。横断歩道をはさむものの、距離にして150mほどだ。

空の様子を注視した。顔を庇のきわまで出して、空全体を見た。紀尾井町のビル群が邪魔をするが、なんとか様子はわかった。

向こうの向こうのほうの空には、かすかな青が広がっている。希望の青空。一方まだあたり一帯は暗く沈んでいた。

空をさらによく観察すると、あるものを見つけた。

なんと濃いグレーの雲群の隙間に、ほんの少しだけぽっかりと雲がない空間があったのだ。

その「雲の隙間」は、弱々しくもたしかに雲群の一部を形成し、周囲の雲たちに巻き込まれずに、空間を保ったまま、必死に一緒に流れてきていた。

「雲の隙間」がこちら側に向かってくる。

もしかして、あの隙間の下には、雨がない空間があるのでないか。台風の目のようなイメージだ。

こっちにきてくれと願った。その瞬間にイベント会場まで走ろうと思った。

庇のきわまで頭を寄せて、空をさらによく観察する。目の前に広がる雨の空間、その状況を想像した。

なにしろなるべく濡れたくない。チャンスタイムは、そんなに長くない。この機を逃すまいと頭の中で必死に考えた。

そしてこのような図が頭の中に浮かんだ。

ふむ。

ということは、「雲の隙間」の端がちょうど真上にきたところから少し経ったタイミングがダッシュのそのときだな。

観察しながら、そのときを待った。

来た!

雲の端だ。頭の中で秒数を数える。

1.2.3.4.5.6.7.8.

そして、雲の隙間の端が真上に来てからおよそ50秒後。ついに。

ふっと雨が止んだ。

今だ!ダッシュで150mの坂道をかけていく。ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ。キックアンドダッシュ。

坂道を登りきり横断歩道をきりよくわたり、豪雨の壁が迫りくる中で、なんとか会場の庇までたどり着いた。

そしてまた、ズワーーーーーーっという雨にあたりが覆われた。

うわ、雨の壁、はや!

きた道をさっと振り返った。雨はものの10秒くらいでさっきまでいた庇に到達していた。

助かった。なんとか。。

はあはあ言いながら、受付を済ませ、

「いやあ、タイミングですね。みなさんたどり着けるかな。」

なんて会場の方とお話ししながら、席に着いた。落ち着いたこともあり、今起こったことを今一度頭の中で反芻した。

雲の隙間の端が真上に来てから50秒後に雨は止んだ。

豪雨の雨のスピードは、およそ秒速8mということは知識で知っていた。

ということは、あの雲の隙間を形成していた雲は、上空400mあたりにあったことになる。ずいぶん低空だ。でも確かにものすごい速度で動いていたし、レイヤー的にさらにその上空には雲たちがゆっくり流れていたので、それくらいの低空でもありうるかもしれない。

ダッシュしているときは秒数を測っていなかったが、ダッシュ時間はおそらく30秒くらいだっただろう。


150mを30秒後。そのときまた豪雨が降ってきて10秒くらいで雨の壁は150m先の庇に到達していたから、雲の速度は秒速15mくらい。

端から端まで秒速15mでおよそ40秒だから、雲の隙間の直径は、だいたい600mくらい。ぽっかりした空間だったわりには思ったよりでかい。

そんなことを想像していると、なんだか不思議だなと思った。

あのぽっかりした空間は、400m上空にあった直径600mの雲の隙間だったんだ。そうか、そうか。その下を自分は必死に走っていたわけか。

雨のスピードの知識と、秒数を測る、目視で地上の距離を測るということをすれば、まさに掴めない雲の高さの出来事も、距離÷時間=速度 という式を使って、数値で把握できる。

知識と測定と式。

この3つがあれば、現実的な直感では測れない事柄も、測ること、想像することができるんだ。

そんなことを実感した時間だった。

「豪雨のため皆様少し遅れているようで、開始時間を10分遅らせます。」

イベントの進行役の方からアナウンスがあった。

大丈夫かな。

窓の外をみると、さっきより少し弱まった雨が降っていた。

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