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【面白数学】05-日差しの強い日に

7月の終わりだっただろうか。

とても日差しの強い日。

横浜の野毛に用事があり、桜木町駅から野毛に向かい、信号を待っていたときだった。

午後1時すぎ。

向こう側に渡る横断歩道が貫く車道は4車線。車がびゅんびゅんと通る。通り過ぎていくエンジン音たちが耳に残り、うだるような暑さに拍車をかけていた。

あちい。

信号待ちをしている自分の顔は、南西方向を向いていて、陽の光が直接当たって、顔面がぴりぴりした。4車線ある道路たちが向こう側のビルとの間に、大きな空間を作っていた。だから向こう側のビルの影は自分まで届かない。太陽がはしゃいだように顔面を襲ってきていた。

思わず、手のひらで庇をつくり、まゆげのちょっと上に置いた。少しは和らぐかと思ったが、目のまぶしさを少し防げただけで、むしろ他の覆えていない部分との温度差が際立って、逆に、あっちーな、とイライラするほどだった。

背中方向にセットバックすれば、JR京浜東北線の高架下のスペースに逃げ込める。高架がつくる影の恩恵にあずかれる場所だ。ただ、信号待ちのちょっとの時間のことだ。そこまでのことじゃないしな、と思いながらも、念のため高架下との距離がどれくらいかを確認するため背を少しねじり、ちらっと後ろを向いた。

そのとき、地面にあるものを見つけた。

ん?

影。

信号機の影だ。

次の瞬間、そこから左に50センチメートルほどのところに、自分の姿の影も見つけた。

うん、自分の影だ。

もしかして、この信号機の影に、自分の頭の影を重ねたら、少なくとも顔面への直射日光を防げるのではないか。

そうひらめいた。

善は急げと、2つの影の距離を目で確認しながら、信号機の影に自分の頭の影が重なるように、自分の体を少しずつ横に動かしていった。

重なった。

心なしか、後頭部の黒髪の熱もすっと下がった気がする。そうでしょう、そうでしょう、今、この頭は信号機の影に隠れているのだからと思った。

頭の影の位置を動かさないように意識しながら、体をもう一度ねじり反転させて、横断歩道の方向を向いた。

思った通り、顔面は、ちょうど信号機の影に隠れていた。信号機が皆既日食のように、太陽をすっぽり隠してくれていた。信号機を象るフレアのような光の輪郭があるばかりだった。顔面もいたくない。すっきりとした気持ちで、あたりの信号機たちを確認する。車もまだびゅんびゅん走っていて、青になるにはもう少し時間がかかりそうだ。

それにしても、信号機の影に自分の頭を隠すとはいいアイディアだと思った。

しかも、影で合わせれば、合わせる途中に陽の光を見ずに済む。

と心の中でにんまりすると同時に、これは、とても数学的な操作であるなあと思った。

数学の問題で、こんな問題がある。

【問題:辺BCを通った点Aから点Gへの最短距離を求めよ。】

図1

このように、立体の問題が出てきたときの定石は、平面になおして考えることだ。

この場合、展開図にして考えることが多い。

図2

展開図にして、点Aと点Gを直線で結ぶ。すると、これが最短距離になる。

図1の見取り図のままでは、考えたり、計算しにくい、見方だ。平面になおして考えることの有用性を感じられる。

これと似たようなことを、今、自分は、信号機の影に自分の頭を隠すことで行なっていた。

太陽と信号機と自分の頭との関係は、空間的だ。

これらの物体を一直線上に並べると、自分の顔は直射日光から逃れることができる。

つまり、

太陽と信号機が作り出す直線上に、

頭という点を空間的に移動させる問題

と考えることができる。

これを【顔面日光問題】と名付ける。

ただ、この顔面日光問題を真っ向から取り組もうと思うと、目で直接太陽を確認しながら移動しなければならず、眩しすぎて行おうとは思わない。

そこで影の出番だ。

【顔面日光問題】を【頭の影問題】に変換するのだ。

つまり、

太陽と信号機が作り出す影に、

頭の影を平面的に移動させる問題

に変換する。

こうすれば、移動する途中眩しくない。現実的に行おうと思う解決策だ。

数学の問題は、一見すると小難しく見えるが、実は日常のちょっとした工夫とつながっている。そう実感して、おおっ心の中で感動した。

こんなことを頭の中で考えていたら、いつのまにか目の前の車の通りが止まっていた。

信号が青になった。

恩恵に預かっていた信号機の影を抜けて、野毛方面に足を進める。

またじりじりとした太陽が襲ってきた。

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