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#cluster のQuest2単体対応を機にVRデビューしてみた(後編)

 こんにちは! 最近はclusterのワールドクラフトに夢中になっています、紅花(こうか)です!

こちらの記事は、下記記事の後編となります。

よろしければ前編も合わせてお読み頂ければ幸いです!
▼前編
#cluster のQuest2単体対応を機にVRデビューしてみた(前編)
https://note.com/koka_safflower/n/nbd5509b30934



1章/未来がそこにあった

    初めて購入したQuest2。狭い自分の部屋にいるはずなのに、目の前に広がるまったく別の空間・・・。

これが未来か!!そう思いました。

忘れもしない2021年12月9日、私はclusterにQuest2でログインするべく本体のセットアップを行っていました。ホーム画面だけでも圧巻で、clusterをまだ遊ばないうちに衝撃を受けるとは思いませんでした。あるはずのない美しい庭園がそこに広がっているのです。

その時の私のツイートがこちら。https://twitter.com/Koka_safflower/status/1468915546884554752?t=4Zs1723q0TMOuXtNhPjY5A&s=19

そして、いよいよclusterです。

実はclusterがQuest2単体対応を実装した12月9日より前にQuest2は手元に届いていたのですが、ずっと箱を開けられずにいました。特に深い理由はなく、単純に箱を開けてセットアップするのが面倒で放置してしまっていたんです。

でも、12月9日当日、Twitterでclusterのアップデート情報を知るやいなや、それまで放置していたQuest2をすぐさま起動しセットアップを行いました。それくらい強い動機がないとなかなか動かないものですね…人間というのは

という小話はさて置き、clusterをインストールしたあとは、まずはキャリブレーション(アバターが正常に動くように頭の高さを測定し調整する機能)を行います。

バーチャル空間の鏡に映る自分は現実の自分の姿ではなく、いつもスマホやデスクトップで使っている自作アバターです。自作のアバターの等身大の姿をあんな至近距離で見るのは初めてで、自分の動きに合わせてアバターが動くのを目の当たりにして、それはもう感動でした。

キャリブレーションを完了させ真っ先に飛び込んだのは「Hello Cluster」(通称「ハロクラ」)というcluster公式イベント。この日、Quest2対応を記念して特別開催されました。

馴染み深いハロクラのイベント会場が360°広がり、そこに自分が立っています。そして、いつもよく見かけるclusterユーザーのみんながその場に存在していました。

ソーシャルVRを「肌で」感じた瞬間でした。自分の部屋から一歩も出ずに、しかし紛れもなく確かに存在するもうひとつの社会のなかに足を踏み入れたのです。

ちなみにツイートにもあるように、イベントが始まってすぐにQuest2本体が痛恨の充電切れを起こし、(ほぼ)初のVR体験は強制終了となりました。笑

<身体の動きってすごい!>

    それから何回かclusterにVRで入ってみて、初めてまともにVR体験をしたことで、かねてより聞いていた「スマホやデスクトップでのバーチャル体験とは別物だ」という意味を理解できました。

「没入感」なんていう生易しいものではなく、いたってシンプルなことでした。

動きがバレる」んです。フルトラッキングではないとはいえ、ちょっとした動きがもうモロにバレます。手をプラプラしたりキョロキョロしたり、思っていた以上に自分の動きがアバターに如実に反映されることに驚きました。

自宅にいるのに、外出している時のような「自意識が働いている感覚」を覚え、ソワソワと恥ずかしい気持ちになりました。

また、我ながら非常に日本人らしい感覚だと思うのですが、頷いて相槌を打つ、首を傾げる、お辞儀する、このあたりをエモートや文字に頼らず動きとして表現できるだけでもヘッドマウントディスプレイを被った価値があると感じました。

意味が正しく通じるかどうかは生まれた国や環境の文化にもよるのでまた別問題とは思いますけれど、clusterで日本人とコミュニケーションを取る分にはまず困らないでしょう。逆にいえば、身体の動きには人の育った環境や文化が顕著に現れてしまうということですね。

ほかにもたとえば、きぐるみ(喋らないタイプ)を着てる人って一言も発することなくジェスチャーだけで喜怒哀楽や伝えたいことを見事に表現するじゃないですか。

それだけ身体の動きというのは情報量が凄まじいんだなと再発見しました。

<VRの肝は空間共有>

    突然ですが、私は家族以外とのビデオチャットが苦手です。

ビデオチャットは肩や胸のあたりから上の部分、すなわち顔が中心に切り取られているので視覚情報としては顔の表情と頭の動きが主要な情報ですよね。

視線は基本的に相手の顔や自分の顔に注目した状態が続き、たまに資料の画面共有などで画面内の別の場所に視線が移動します。飲み物を飲もうと画面から視線を外してしまえば、そこには相手が存在しない現実の自分の部屋が目に入るだけです。

つまり、コミュニケーションの情報源をすべて狭い四角の画面に頼りっきりです。それもほぼ互いの顔のみ正直私はこれがとても疲れます。

これに対して、VRでは空間そのものを共有します。

そのため相手や自分がどこにどんな風に立っていて、どれくらいの距離の場所にいるのか、どこを見ているのか、足先や手先、腕がどんな動きをしていて、身体全体や腰の位置はどちらの方向を向いているのか、そこは明るい場所か暗い場所か、周囲の空間や物や人はどんな様子かなど、視界に入るものすべてが相手とのコミュニケーションに関わる情報源になります。

 一見気が散るようですが、不思議なことに落ち着いてコミュニケーションを取ることが出来ました。

人間のコミュニケーションや認知について詳しいわけではないのでただの素人の妄想ですが、もしかして人ってコミュニケーションを取る時、常に本能的に安全確認をしているんじゃなかろうかと思います。

相手は自分にとって無害な人間か?周囲に危険はないか?そうやって視界に入る多くの情報を瞬時に処理しながら目の前の人間と信頼関係を築くのかもしれない、と。

どちらにしろ画面を越えて相手が飛びかかってくる事はありえませんし、上記のことは私個人の主観的な意見ではあるのですが、より現実に近い実質的なコミュニケーションを図るための手段としては平面のビデオチャットよりも空間のVRに軍配が上がりそうだなという感想を持ちました。

<VRだけあればいい?>

     では、スマホやデスクトップでclusterに入ることを今後やめるか?と聞かれれば、答えはNOです。そもそも前編で述べたように、clusterにおいてスマホやデスクトップで得られるバーチャル体験というのは空間認識と身体性を十分伴いますので、平面といえどビデオチャットとは似て非なるものです。

それに、スマホユーザーとVRユーザーが同じ空間で出会うという面白くて斬新な状況が成り立ってしまうのですからやめられません。

また、スマホやデスクトップでのバーチャル体験には、ヘッドマウントディスプレイによるVR体験とは異なる最大の利点があります。

それは、生身の身体の自由です。

ヘッドマウントディスプレイは目の前がゴーグルで塞がるだけでなく、固定のためのベルトで割としっかり後頭部から前方へ覆い被さります。(別売りのストラップ等カスタムをしない場合、)これがお世辞にも快適とはいえない装着感で、バーチャルの身体の自由を得た代わりにリアルの身体の自由が奪われるという感覚に陥り、特に閉所恐怖症などではない私でも少し不安を感じました。

骨格によりますが、東洋人ですと大体鼻のあたりに少し隙間が出来るので、視線を鼻先に落とすと隙間から現実世界の部屋の床がチラリと見えます。これについて一部のQuest2ユーザーからは没入感が低下し不満だという意見もあるようですが、個人的にはかえってその方が安心感があって助かるくらいでした。

ヘッドマウントディスプレイを被ってさらにヘッドホンも装着するとなると、パススルー機能(外部の景色を白黒映像で確認する機能)を積極的に使用するなどでなければ、いよいよ誰かに肩をたたかれて呼ばれるまで現実の周囲の様子には気づくことができません。

同居人やペット、子どもがいる場合など、現実空間をシャットダウンしてしまうと都合が悪いということは往々にしてあります。その点、当たり前ですがスマホやデスクトップなら現実空間への知覚をほとんど残しておけます。

また、体力の面でもヘッドマウントディスプレイは重さによる頭と首への負荷や、VR酔い、眼精疲労といった消耗をします。

現状私にとって、スマホやデスクトップの方が身体的にも精神的にも楽であることは確かで、寝転がってバーチャルしたい時もありますし、他のことをしながら片手間でバーチャルしたい時もあるので、自分の性格やライフスタイルに寄り添いながら都合良く使い分けしていきたいと思っています。

2章/VR(メタバース)のこれから

    バーチャル空間上の同人誌即売会「Vket」開催でおなじみのVR法人「HIKKY」取締役CVO「動く城のフィオ」さんが、2019年頃、バーチャル空間のことを「空間のインターネット」と呼んでいました。まさに言い得て妙で、それが2022年でいうところの「メタバース」なのではないかと思います。

人間の現実の身体と生活スタイルを主軸として、その現実の延長線上、地続きにバーチャルなインターネットの空間が広がっています。ただ、時と場合によってアクセスする手段(デバイス)が変化するだけ。

杖は人間の腕の機能を拡張するものだという文章をどこかで読んだことがありますが、パソコンやスマホ、VRデバイスはさしずめ人間の脳の活動領域を拡張したものといったところでしょうか。

ある人にとっては、目であり口であり、またある人にとっては手であり足でしょう。使う人間によってさまざまだと思います。

たとえ将来に技術が向上し、より軽量でスタイリッシュになったヘッドマウントディスプレイがスマホのシェア率を圧倒的に上回ろうとも、結局は人間ファーストであるという点で、現代社会における紙とペンを使うかペーパーレスかみたいな話と同じことなんだと思います。どこまで技術が進歩するか分かりませんが、少なくとも向こう30年はそうでしょう。

となると、バーチャル特有のデジタルディバイドや、ハンディキャップ、ディスアビリティ、多様性なるものも当然存在することになり、福祉的な考え方がバーチャル(メタバース)にも今後必要になるのではないかなと個人的には思います。

こんなことを書きましたが、現に1日何時間もVRで過ごす方だっているのだし、人類がどう適応していくのかなんて私にはわかりません。でもVRであれ何であれ、すべての人が自分らしくいられる方法で存在できる空間や世界であってほしいと願いますし、実際そうなるよう自分に出来ることを少しずつ行動していきたいというのが今の私の夢です。

以上、VRデビューした感想でした!最後までお読みいただき、ありがとうございました!


ライター:紅花(こうか)



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