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Episode 01: ミュンヒナー・デュンケル〜古き時代の遺伝子〜

ビールの絵を描いてみよう。
と言われたとき、みなさんはどんな絵を描くだろうか?よく見るのは

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こんな感じ。黄金色に輝くビール。居酒屋さんのビアホールで飲む生ビールも多くはこんな色合いだろう。ところが、こんな色のビールが生まれたのは最近の話。最近、と言っても2、3年というわけではなく(そんなわけあるか!?)、せいぜい200年足らずというところ。19世紀中頃までのビールの多くは

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こんな感じの茶色い色、ないしはもっと濃い色のものであったのだ。

今回はこんなダークなビールのお話。ドイツ起源のビアスタイル「ミュンヒナー・デュンケル」である。

ラガーとエール

デュンケル(Dunkel)は英語でいうところの"Dark"、つまり、色が濃いという意味のドイツ語である。つまりミュンヒナー・デュンケルという名前の意味は「ミュンヘンの色の濃いビール」というわけ。ドイツ発祥のビアスタイルには実はこういうド直球な名称が非常に多い。これはまた別の機会にも触れることにしよう。

さて、ミュンヒナー・デュンケルは、濃色の「ラガー」の代表選手である。ビールを発酵工程で大きく2つに分けると、「ラガー」と「エール」に分類される。「ラガー」は比較的低温(10℃前後)で発酵・熟成が行なわれ、できあがったビールはシンプルでスッキリした味わいのものになる。「エール」は比較的高温(20〜25℃)で発酵することで、華やかで豊かな香りをもつ複雑な味わいのビールができあがる。発酵や熟成にかかる時間はエールの方が短い。

一方、ラガーは長期間一定の温度で発酵・熟成を行なう必要があり、手間と時間がかかる。このこともあり、世界的には圧倒的にエールの方が多く作られている。これに対し、ドイツでは、ラガーが誕生したと言われる16世紀以降、ラガーが多く作られてきた。(近年、IPAなどエールを中心に醸造するブルワリーも誕生しているが、これらはここでは例外とする。)

カニと緯度とラガー

さて、では世界的な潮流と異なり、ドイツではなぜ、ラガーが主流となってきたのだろう?

ミュンヒナー・デュンケルが作られていたミュンヘンは、ドイツ南部のバヴァリア、現在のバイエルン州の州都である。ミュンヘンの緯度は北緯48度くらい。これ、日本と比較してみると、日本最北端の地の碑がある稚内市の宗谷岬でも北緯45度程度。ということはそれより北。実は北緯48度は樺太(現在のサハリン)の南部、旧真岡支庁の北部あたりに相当する。樺太の下の方って、カニのハサミみたいな形をしているけれど、下に赤丸で示した辺り、ハサミの付け根あたりがだいたい北緯48度ってことになる。

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余談だが、樺太の真岡のあたりって、カニ缶の工場なんかがあったって、死んだばーちゃんから聞いたことがある。カニ缶作ってる辺りがカニのハサミみたいな形なんてさぁ…というどうでもいい話は置いといて…

北緯48度。そりゃ寒いよ。

実際には、ドイツは大陸で偏西風の影響も受けやすいため、気候的には樺太とは異なるものの、原理的に日照時間は同程度だから、まぁ、寒い。ミュンヘンがこの辺りなんだから、ドイツ全土がそもそも北海道よりも北にあるような位置関係と考えればいい。

そんな気候だから、低温で長期間の発酵・熟成を行なう必要のあるラガーの醸造には向いていたというわけ。(誤解を避けるために一つ付け加えると、ドイツは夏の間はかなり暑くなるので、仕込みは寒い時期に行なわれ、その後ビールはひんやりとしている洞窟で貯蔵されていた。)さらには、スッキリしてシンプルな味わいというのも、この地の方々の嗜好や食べられていた料理にもマッチしていたんだろう(これは鶏と卵みたいにどちらが先かは議論があるかもしれないけれど)。

デュンケルの味わい

さて、今回は記念すべき第1回目ということで、書いてる私自身も力の入れ具合がよくわかっていないのだが、さすがにそろそろ「ミュンヒナー・デュンケル」というビアスタイルそのものの話に移った方が良さそうだ。

色がダーク、ということは、原材料として高い温度でローストされた麦芽が使用されている。麦芽は高温でローストするほど色が濃くなり、ロースト由来の、例えばコーヒーやチョコレートのような香ばしい香りが強く感じられるようになる。デュンケルでは、ミュンヘンモルトと言われる115℃くらいまでの高温でローストされた麦芽が主原料として使用される。その結果、ビスケットとか、焼きたてのバゲットにも似た香りのビールができあがる。

一方、使用されているホップはドイツ由来のノーブルタイプホップ。その香りは上品でスパイスや花のような香りと表現される。ホップによる苦味もエグみがほとんどなく、クリーンでスッキリとしていることが求められている。さらにラガーであるから、発酵由来の複雑な香りもまったくと言っていいほど感じられない。

ということは、麦芽以外の原料に由来する香りが我先と前に出てくるようなことは考えにくいので、当然ながらビスケットやパンに似た麦芽の香り、それに麦芽由来の優しい甘みがよりフィーチャーされたビールに仕上がっているというわけである。そういう意味で、いわゆるモルティなビール、モルト風味が豊かなビールを代表するスタイルであるとも言えるわけだ。

冒頭で、昔のビールは濃色のものばかりだった、という話をしたが、それは麦芽の色を濃くしないように、低温で焙燥する技術が確立されていなかったからだ。(この話は別のビアスタイルの回にも触れることにしよう。)それに加えて、ミュンヒナー・デュンケルの場合、その仕込み水にも理由がある。実はミュンヘンあたりの水というのは重炭酸塩を多く含んでいるため、ホップが効いたビールづくりには向いていない。よりエグみが強調されてしまい、美味しいビールにはならないのだ。そのため、ホップではなく、より麦芽の特徴が強調されたビールがこの地で好んで飲まれてきた、と考えられるわけだ。

代表的銘柄

 Hofbräu Dunkel(ドイツ)
 Spaten Dunkel(ドイツ/下写真)
 Plank Bier Export Dunkel(ドイツ)
 石川酒造 多摩の恵デュンケル(東京都/JGBA2021**・IBC2021*銅賞)
 長島地ビール デュンケル(三重県/JGBA2021銅賞**)
 泉佐野ブルーイング KIX BEER デュンケル(大阪府/JGBA2021銅賞**)
 小樽ビール ドンケル(北海道)
 地ビール 独歩 デュンケル(岡山県)

* IBC: International Beer Cup
** JGBA: Japan Great Beer Awards

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かつての南ドイツでは、こんな味わいのものがよく飲まれていたのかぁ、と古き良き時代に思いをはせながらグラスを傾けてみてはいかがだろうか?

さらに知りたい方に…

さて,このようなビアスタイルについてもっとよく知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。(本記事のビール写真も同書からの転載である。)

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また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。会場で会いましょう。

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