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隣の異世界は有名人だらけ

ある日現れた異世界はあまりにもでたらめで都合のいい世界だった。池尻大橋を知っているかな。東急田園都市線の渋谷と三軒茶屋の間にある駅だ。まぁなんというか、ちょっと落ち着いた住宅街。なかなか上品なマチでボクは結構気に入っている。

いや気に入っていた、そうあれが起こる1週間前までは、えぇと何をどう話したらいいのだろう。地下鉄の階段から地上に出た瞬間の光景。それは一言で言えばデタラメの世界だった。

そこには246と高速、そして今まで乗っていた田園都市線という3種の交通インフラをそのままにそれ以外は全く別の世界が広がっていた。道沿いに並んでいるはずの店舗やオフィスビル、マンションの代わりにあったのは、密林といっていいほどの緑だ。いくら地球温暖化が進んだとはいえ、さすがにこれはないだろう。さっき渋谷を出て5分と経っていないんだよ。もしこれが現実だとすると、神様あなたはおイタがすぎるでしょ。だから、これはロマンじゃない方の夢。昨日の徹夜の疲れで電車に乗った途端に眠っちゃったんだ。

あ〜ァここまで来ちまったか。ボクにはもともと妄想癖みなたいなものがある。臆病で優柔不断な性格は後悔の多い人生につながる。あくまでも個人の見解、というかボク自身のことだけどね。その結果、努力の苦手なボクは妄想癖という逃げ場を用意したというわけだ。これでどうだ。

ダメだ。やっぱり夢じゃない。過呼吸というやつだろうか呼吸が苦しくなってきた。なんとかこのパニックをやり過ごそうと無駄な努力を繰り返している後ろで奇声が上がった。

「なんやなんや、おんしゃ何者や」なんだ?このいかにも西日本出身者を思わせるアクセントは。あわてて振り返ったがだれもいない。あぁついに幻聴まで始まったか“苦労は買ってでもしろ”が口ぐせだった哲じいちゃん。あんたの忠告を守ったせいで、ついに孫のボクはこんなになっちゃいましたよ。

「なにをゴチャゴチャ言うとるんかいのう」
ハァまた幻聴かよ。ったくもう、うるさいわっ。この!

「どいて勝手に切れとるんやあんさん、冷静になりぃや」
また、幻聴だ。周囲を見渡してもだれもいない。

「チャッチャおかしな人やき。キョロキョロなにしとうせ」
声だけが聞こえる。そうちょうど安いヘッドホンで聞いてる感じ。方向が特定できない。気味が悪くなってきた。

「エエとね、なんか声は聞こえるけど見えないんだけど、あなたダレ?どこにいるの。幽霊ってわけはないよね」とりあえずで聞いてみた。

「うちか?うちは土佐の坂本いうもんじゃ。それにしても見えんかなぁ。おんしの眼の前におるんじゃが」
この口調ときて、土佐の坂本?。一般的な日本人として思い当たるのはひとりしかいない。別に司馬遼太郎先生のファンでもないけど。でもまさかね。

「っていうとあの坂本リョーマとかいう?」

「エッ知っちゅーのかおまさん。うちの名前」
というわけで坂本龍馬が仲間に加わった。ってゲームじゃないし。まだパーティを組むには早いわな。第一に時代が合わない。

「ええっと、坂本さんというのはあの千葉道場の坂本さんで、勝海舟さんのお知り合いの…ですか」

「よう知っちゅーなぁ。そうちや。うちってそがに有名かえ」
そうきたか。まぁなんて都合の良い展開なんだろう。これはもう夢で確定だな。そうそうなんか子どもの頃からこういうの待ってたような気がする。でも夢の中ってなかなか思い通りにいかなくて、でも今なら行けるかも。

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