「大人の楽しい魔物狩り……狩られ」第3話

「…………」

 その一瞬、バーチャルであることを完全に忘れる程の心臓が握り潰されるような強い不快感を覚える。

「あ……ひらよ……」

 友沢が今度は虚を突かれたように呟く。

「え……?」

 不快感に支配されたその一刻、注意力が完全に失われていた。

 その時、俺のすぐ後ろにカエルマンがいることに全く気づくことができなかった。

「……やば……い」

 感覚でわかる。ブレイドのモーションもシールドのモーションも間に合わないタイミングだ。

 無理だ……

 今朝方、トラックに轢かれそうになった時と同じような強力な臨死感覚に襲われる。

「…………」

 だが、幸いにして、その臨死感覚は杞憂きゆうに終わる。

 俺を食おうとしたカエルマンは動きを止め、その腹からブレイドが生えるように突き刺さっている。

「大丈夫ですか?」

 カエルマンの背後からひょこっと顔を出し、そう声を掛けてくれたのは、白川さんであった。

「あ、有難う……」

「いえ、とんでもないです」

 白川さんは秀麗な顔に付着した数滴の返り血を腕で拭いながら淡々と応える。

「平吉さん、危なかったですね……」

 少し離れた場所にいた宇佐さんも来てくれた。

「討伐クリア条件を達成しても攻撃は止まないみたいですね」

 確かにそのようだ。

「とりあえずさっさと帰還しましょうか」

「そうですね……戻りましょう」

 俺は宇佐さんの提案に乗る。

「うっ、平吉さん、何ですか!?」

 宇佐さんが怪訝そうな顔で俺に抗議する。

「あ……ごめん……」

 すぐにその場を離れるように無意識に宇佐さんと白川さんの二人を反対方向に押し退けていた。

 とにかく二人にを見せたくなかった。

 帰還までの間にも、後方から決して少なくない数のプレイヤーの断末魔が聞こえてきた。

 撤退時の背後を狙われたのだろう。俺達のグループは幸い、友沢のスキル<視覚強化>のおかげで後方に警戒しつつ手早く戻ることができた。

 ◇

 帰還すると、最初の部屋とは違う部屋に誘導されていた。

 通路のどこかで分岐していたのだろう。実際のところ、最初に通った通路のことなど大して覚えていなかったので、部屋に入るまでは気づかなかった。

 俺達のグループ四人が部屋に戻ったのは、開始からだいたい1時間45分だった。

 それからタイムアップの3時間まで待機させられた。

 待機中は重い気持ちで過ごすこととなった。

 途中まで楽しいとさえ思えていた感覚を終盤の星野さんの遺体を目撃した件で全て塗り替えられてしまったからだ。

 制限時間に到達すると、耳元で施錠を解除するような音が聞こえた。

 コントローラから手を離し、ヘッドギアに手を掛ける。多少、不安もあったが、ヘッドギアは普通に取り外すことができた。

「お疲れ様です」

 最初の灰色の空間に戻ると、最初に耳に入ってきたのは、ファシリテイターのねぎらいの言葉であった。

「どうでしたか? キメラは? 少々、刺激的だったでしょうか?」

 少々どころではない。周りを見渡して見ても、多くは疲弊している様子であった。

「それでは、早速、戦績発表に移りたいと思います。まずは戦績優秀者の発表です。戦績は主に討伐数等により独自に貢献度を算出し、順位化されます」

 部屋の中央にパネルが出現し、ランキング形式で順位と対象者が表示される。上から確認する。

「……!?」

 あまり想定していなかった結果が目に入る。

「お前、一位やん!」

 俺と同じく終盤の出来事以降、テンション低めだった友沢であったが、早速、反応してくれる。

「平吉さん、おめでとうございます。悔しいです」

 宇佐さんも祝福してくれる。

 二位から五位までの順位は、二位:宇佐。三位:水谷。四位:正保(まさやす)。五位:林となっていた。

 確かに今思えば、俺と宇佐さんのガチゲーマー二人組だけで四十体くらいは狩っていたような気もする。

 この中で直接、面識があるのは課長の水谷であった。
 水谷はゲーマーでもないのに、三位に位置している。
 水谷はできる男御用達の短髪に、女性に人気の切れ長の目で、端正な顔立ちをしている。
 同期であるが、平社員の俺とは異なり、すでに管理職の課長である。三十四、五で課長になるのはこの会社では最早らしく、日比谷部長にも大変気に入られており、いわゆる出世ルートに乗っているというわけだ。
 つまるところ優秀な奴は何をしても優秀ということか。

 四位、五位の正保さんと林さんは直接的な面識はないが顔は知っている。二人ともゲーマーっぽい顔をしているので、同族であろうか。正保さんは近くにいなかったので能力は不明だが、林さんはスキルの衝撃波で派手に暴れていた。

「平吉、やるじゃねえか」

 俺の直接の上司である木田課長からも祝福され、少し気恥ずかしい思いをする。

「優秀者の方もそうでなかった方も有難うございました」

 ファシリテイターが少し感情を込めたような声で感謝を表明した。

「今回の戦績は今後のミッションに持ち越され、毎回、それまでのミッションの積み上げ方式による順位を発表していきます。最終的に一位であった方には特典がありますので、ぜひ一位を目指して頑張ってみてください」

 特典とはなんだろうか? 現金化できるものだとしたら少し欲しいが……

「次に被害報告です。制限時間内に戻って来られなかった数名もここに含まれます。クリア条件は正確に満たさないといけません」

 パネルの討伐数ランキングが被害者一覧に切り替わる。運悪く被弾してしまった人と制限時間に帰還できなかった人達が一覧で表示される。

「続きまして……規定によりスキルコアの回収が行われます」

「……?」

 スキルコアの回収とは何だ? と素朴な疑問が生じる。

「!?」

 疑問の解消にはならないが、不自然な変化が生じ始める。部屋にいる人間が消滅し始めたのである。

「なんだなんだ!? 全員、消えるのか!?」

 友沢も困惑気味に予想を口にする。

 だが、その予想は外れる。

 半分以上のプレイヤーは消えてしまったが、プレイヤーが五十人程度になったところで消滅はぴたりと止まる。

「どういうことだ?」

 日比谷部長がファシリテイターに問う。

「非常に心苦しいのですが、出撃せずに部屋に残った方々を処分しました。キメラに捕食されて死亡するとスキルコアを回収することができないので」

 何を言っているのか理解できなかった。いや、本能的に理解したくないと感じたのかもしれない。

「元々、クリア条件に<外の世界に出て>ということを明示したと思います。しかし、そもそも他の勇敢な方々が死地へ出向く中、安全な場所に残る、または短時間でこの程度の操作も身に付けられない、環境の変化に順応できない、そういった方々は貴重なスキルコアを浪費する可能性が高いので」

 平淡に冷たく言い放つファシリテイターに対し、日比谷部長が核心に迫る質問をする。

「ミッションだかを何個かクリアしたら元の世界に戻れるのだろう? だとすると、ゲームオーバーとなった人達はどこへ行くんだ?」

「どこって、あの世? ですかね。そんなものがあるのかは保証できませんが」

「ふざけるな!! ゲームオーバーになったとしても、現実で死ぬようなことはないと答えたではないか!!」

「ふざけてもいませんし、質問には正確に回答致しました。確か、類似の質問として、【バーチャルでゲームオーバーになったら現実で死ぬということはないか】と言う質問はあったかと思いますが、そもそもバーチャルこちらでゲームオーバーになるということはありません」

 最悪だ。

「……察するに、皆様、何か誤解されていませんか? 今、皆さんがいる《こちらがバーチャル空間》で、先程までキメラと戦っていた《あちらが現実》なのですが……」


【あとがき】
本作は「創作大賞2024」応募作品です。
審査の大賞は3話までですが、本作は4話以降も一旦の結末まで掲載します。


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